第83話 祝・エマ懐妊

目出度めでたい! 実に御目出度い! このき日を寿ことほさちあれかしと祈ろう!」


 エマの妊娠が発表された夕食の席で、パーティーメンバーから祝福を受けた魔乳司祭は、穏やかな笑顔で礼を言うと丹精を込めて作ったご馳走を皆に勧めた。

 ヴィンヴィンに続いて二人目の妊婦誕生とあって、晩餐は大いに沸き立った。

 中でもエマを崇拝するピーナは、ヤバキノコを喰ったかの如く浮かれまくる。


「気が早いですよ、ピーナ。その言葉は子が産まれた時に頂きますわ」

「申し訳ありません。あまりにも嬉しかったものでつい……」

 とうとうエマから突っ込まれた女忍者は、それでは祝い酒だとばかりにブランデーを一気飲みし、空のグラスで一人空に向かって乾杯していた。


「赤ちゃん効果スゴイです! エマさんから後光が射して見えますよ!」

 レイラちゃんの素直な感想通りだった。

 淡紅色ライトピンクだった髪が、プラチナピンクに変化してキラキラと輝いているのだ。

 持病だった魔力循環障害も完治したのか、眼鏡をかけていない顔もお肌艶々。

 それらがエマの気高い美しさを、神々しい麗しさにまで引き上げていた。


「胸も垂れてないし小さくなってるわよ~♪」

 なん……だと……ぅ!?

 毎日揉んで、いや、毎日見てると逆に気付かないという罠にハマったか。

 このあとベッドで確かめナイト。

 3シャーク6スーン(108cm)のメーター超えは死守したい。


「ついにエマさんが完全体になったのデス!」

 おい、何かカッコイイけど最後に爆死しそうで縁起が悪いぞ。

 とはいえ、完全体エマの実力を一度見てみたいわ。

 いつか俺の経験値が上がったら、一緒にクエストデートしような。


辺鄙へんぴな町のギルドに移籍すると聞いた時は、行き遅れをこじらせて狂ったのかと心配したけれど、結果オーライだったわね」

 ヴィンヴィンは持ち前のツンドラ女王ぶしを奏でながら、小悪魔のように微笑む。

 でも、考えてみればマジで結果オーライだよな。

 たまたま婿が俺だったから良かったようなもんで、そうでなきゃこのセクスエルム・シスターズの家は今頃お通夜みたいな展開になってたぞ………ゴクリ


「アタシも最初は止めたのよね~。ホント良い感じに転がってくれたわ~♪」

 女監督マネージャーの判断もナシだったか。まぁ俺でも止めたと思うわ。

「きっとエマさんには大丈夫っていう確信があったんですよ!」

「その通りだ。エマ様が道を誤ることなどある訳がない」

「ふーん、実際その辺どうなのかしら?」

 青肌魔導師は優雅に小首をかしげなら愉快そうに尋ねた。

 正直これは俺も気になる。エマは未知の婿にパーティー全員の運命を委ねた。

 堅実で厳格な女司祭が何でこんな博打を打ったんだ?


「……主のお告げがあったのです」


 oh my GOD!

 いきなりスケールが別次元まで突き抜けたぞ。

 マジで神様とのホットラインが繋がったっていうのか?

 俄かに信じがたい話なのは俺だけじゃなかった模様。

 周りのみんなも神妙な顔で口を閉ざしエマの言葉を待っている。


「ベルディーンの聖堂で祈りを捧げていた時、天使様が降臨されました」

 天使……何かどっかで……あっ、あのイカサマ天使か!!

「北東の都市で冴えない中年男の勧誘に乗りなさいと告げられたのです」

 明らかにラムンのことだな。

「そうすればワタクシたちの望みが叶うであろうと」

 そういうことだったのかぁ。

 どうりでエマだけは出逢った瞬間から俺への好感度MAXだったわけだ。

 運命の相手だとイカサマ天使に吹き込まれてたからだったんだな。


「どうして黙ってたのよ~、エマさん意外とドSだったのね~♬」

「ほんと司祭のくせに人が悪いわね」

「天使が降臨したなんてエマさんスゴイじゃないですかー!」

「そ、そうだっ、ここは天使降臨に驚きエマ様を讃えるところだぞ!」

「ワイバーンの首肉おかわりありまスカ?」

 肉乞食はさておき、確かになんで黙ってたんだろうな。

 聖職者として自讃こそすれ、隠すようなことじゃないだろうに……


「天使のお告げではなく、悪魔の誘惑かもしれないと疑ったからです」

 

「成る程、さすがエマ様。慎重で思慮深くあられる」

「そうかしら。聖職者なら信じるのが仕事じゃないの。疑っちゃ駄目でしょ」

「なんでエマさんは怪しいと思ったの~?」

「降臨された天使様がワタクシのイメージと少々違っていたので……」

 わかるわー。メッチャ共感するわー。

 あの天使は基本、信じちゃいけないよな。

 俺も奴のせいで転生初夜で死にかけたもん。


「でも信じて良かったよね! イクゾー君と会えて赤ちゃんもできたし!」

 本物の天使以上にエンジェルなレイラちゃんの無邪気な言葉が、パッと雰囲気を明るくしてくれたので、俺たちはまた気軽で楽しい晩餐を続けた。

 そして料理もすっかり平らげ、皆ほろ酔いでフワフワしていた頃だった。

 ヴィンヴィンが余計なツッコミを俺に入れて来たのは。


「イクゾー、1年で上級冒険師メジャーになる賭けをしたそうね?」


「あ、私も今日その話をギルドで聞いたよー」

 金庫警備リハ当番だったヴィンヴィンとレイラちゃんも知ってしまったか。

「カレンという冒険者に絡まれて、成り行きでそうなったんですよ」

「負けた時は、ギルドとパーティーから追放になるそうじゃない」

「勝算は十分にありますから心配しないで下さい」

「ほんとかしら、1週間で五等になるのすら怪しいものだけど?」

「その最初の賭けはもうクリアしましたよ」

「へぇ、アナタに達成できるクエストなんてあったの?」

「人探しを少々」

「ピーナに頼らずちゃんと自分で探し当てたんでしょうね?」

「もちろん僕自身が推理して発見しましたよ」

「む、確かに失踪人を見つけたのはエロ助だ」

「お兄ちゃんスッゴーイ!」

「さすがイクゾー様ですわぁ」

「そう、でも1カ月で四等に昇格するのは厳しいのではないかしら?」

「四等になるには魔獣を倒さなきゃいけないもんね」

「戦えないイクっちに討伐クエストは、いくら変態でもドMが過ぎるわよ~♬」

「ワタクシは成功を信じておりますけど、ご無理はなさらないで下さいね」

「大丈夫さ。来週、北の森の魔獣狩りクエストに行くから、戦果を期待しててよ」

「私も一緒に行きたーい!」

「三等冒険師のレイラちゃんがいると、僕の功績にならないんだ。ゴメンね」

「そっかー。じゃあ一人で行くの?」

「ルークたちを助手に雇ったよ」

「あのポンコツでは戦力にならんぞ。どうするつもりだ?」

「もちろん策はあるさ。今は言えないけど、まぁ見ててよ」

 この話はここまでという感じで打ち切った。

 妊娠したエマに余計な心配や心痛をかけたくない。腹の子に響く。

 ご馳走様と言って席を立つと、皆も各々の行動に移る。

 俺はエマに二時間後に部屋に行くよ伝えて二階へと階段を登った。



「でかした! でかしたぞぉ! 天晴れだ! エロ助の名に偽りなしだ!」

 エマ懐妊パーティーと化した夕食の後、俺とローラがピーナの部屋に集合すると、思い出したように女忍者がまた興奮して賛辞の言葉を投げつけてきた。

 さすがエマ同盟の副盟主。エマ愛が満ち溢れとる。


「どうどう、まずは落ち着け。差し迫った大問題が発生したのだ」

「何だとっ! 1年で上級冒険師メジャーになる賭けとは別にか?」

「そうだ。そんなのは比較にならない程の災厄が降りかかろうとしている」

「まさか、とうとう私がわざわいを呼んでしまったのか……!?」

 あぁ、そんな勘違いもあったな。

 俺はすっかり忘れてたが、本人はずっと気にして不安だったのかもしれん。

「安心しろ。それはない」

「では一体何が起こっているとういうのだっ」

 ピーナは夕陽のように赤い目を見開き俺に詰め寄ってくる。


「ティアが貴族を、それも伯爵をハメようとしている」


「馬鹿なっ!? どういうことだ、詳しく話せ!」

 二日後の来週からティアと妊活習慣に入ること、その期間にティアが伯爵と会って来ること、恐らく俺との子を伯爵の子だと騙して爵位を得ようとしてることを、女忍者に淡々と伝えた。


「……それは事実なのか?」

「分からん。だがこう考えれば、これまでのティアの言動に全て筋が通る」

「確かにな。最下位の爵位ですら買うともなれば莫大な金が必要だ。子供と引き替えの方がよほど現実味がある」

「やはりそうか。ピーナ、その辺も含めてティアの身辺を探ってくれ」

「むぅ…それはできん」

「何故だ?」

「仲間の身辺調査はエマ様に固く禁じられているのだ」

「しかし今はそんなことを言ってる場合じゃないぞ」

「すまぬ……エマ様との誓いは破れない……」

 さすがエマ同盟の副盟主。エマ崇拝が半端ない。

 これは責められないな。同じエマを愛する者として。


「分かった。この件は俺がティアと正面対決してケリをつける」


「ティアが爵位を用意できないと、ハーレム婚計画が頓挫して、エマ様が窮地に立たされてしまうことを忘れるなよ。懐妊された今は尚更だ」

「いざとなれば金は俺が用意する」

「出来るのか?」

「出来る出来ないじゃない……やるしかない!」

 いま仕込んでる事業と企画書段階の事業を、前倒しして全力で押し進める。

 それで金は作れる筈だ。あとは土下座して分割払いをお願いしよう……


「ティアのことはそうするとして、まずは二日後の銀行プレオープンだ」

 準備に抜かりはないか、とピーナに目で問いかけた。

「全て順調だ」

 女スパイは、当然だろという表情で俺を見返してくる。

「了解。引き続き明日の日曜から当日の決行までフォローを頼む」

「任せておけ。お前も明日は教会での仕事をしくじるなよ」

「こっちは楽なもんだ。保険にローラもついてるしな」

「肉船に乗ったつもりで楽しむのデス」

 そんなん楽しめるのお前だけやで。

「はぁ~、とにかく油断はするなよ」

 おう、と返事をして俺は立ち上がり、すべてはエマのために、という合言葉を唱和してエマ同盟会議を締めくくった。




「あ!リコーダー仮面だ!」

「えっ、ウソ、本物っ!?」

「おおっ、ウェラウニの笛吹き男じゃねーか。祭りだ祭りだお祭りだぁ!」

「キャー、こっち見てー! あ、本当に見たっ、ウケる~!」

「あれが新聞に載ってた笛吹き男か? マジでこの町にいたんだ!」

「町を救って下さった英雄様じゃ。ありがたや~ありがたや~」


 3月18日の日曜日の午前。

 ウェラウニの町の大通りには、極彩色豊かな衣装を着て、孔雀の羽根が付いたつば広の帽子をかぶり、顔の上半分を隠す仮面を付けた男が、笛を吹きながらのし歩いて行く異様な姿があった。


 何を隠そうこの俺である。


 8日前に魔獣ソウスカンクを追い払い英雄となったリコーダー仮面が再び現れたことで、休日の平穏の中にあった町は突如騒然となった。

 その喧騒の中心で、お馴染みの『聖者の行進』をリズムよく奏でていく。


♬ ピーポッパッポー ピーポッパッポー ピーポパッピーポーパーピーポー


 ノリの良い曲に、沿道で見守る住民たちからも拍手や口笛が乱れ飛ぶ。

 子供たちはまた俺の後ろについて歩き出した。

 大人たちも今度は何が起こるのかと暇なものは遠巻きについてくる。

 中には弦楽器や打楽器を持ち出して一緒に奏でる猛者もさまでいた。

 ククク……計画通りっ!!


 こうして大勢の民衆を引き連れて、目的地である中央教会へ向かった。

 正門を抜けて教会の前庭へ入って行くと、騒ぎを聞いてミサに参加中の信者たちが出てくる。少し遅れて、ジェローム筆頭司祭も威厳を保って姿を現した。

 俺はリコーダーから口を離し、司祭の前まで行くと膝を折って身を屈める。

 そして差し出された司祭の右手の指輪に口づけをした。


 それを見ていた住民たちは、おおぅと感嘆の声を挙げてざわめき始める。

 町を救った英雄がこの教会の敬虔な信徒だと悟ったのだ。

 よしっ、ここでもうひと押しというか、もうひとヨイショしておこう。


われがこの教会にて神より授かりし聖なる縦笛を謹んで返還いたす!」


「「「「「「 うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお 」」」」」」」


 俺の言葉に先日の英雄譚の裏話を感じ取った民衆が興奮の歓声を響かせた。


 ──神のお陰だったのか。

 ──やるじゃん神様!

 ──神は見ておられる……エイメ~ン。

 ──でもなんでリコーダー?

 ──たまにはミサに出てやるか。


 周囲の町民からはそんな声が漏れ聞こえてくる。

 うむうむ、これで良い。

 今回の目的は、ウェラウニの笛吹き男が教会のライバルではなくしもべだと広く認知させることだからな。

 これで落ちぶれつつある教会の権威も回復に向かうだろう。

 その貸しはあとでタップリ返してもらうぞ。ジェローム爺さん。

 さあ、あとはリコーダーを司祭に手渡して終わりだな……ん、んんん?


 もっとこのイベントを続けたいと願う住人が楽器を演奏し始めたようだ。

 しかも、この曲は俺が前回やったマリオのテーマ……

 あ、打楽器まで演奏に加わってきおった。

 これは完全に俺を誘ってる!

 ここまでされたら、期待に応えるしかないだろ。


♬ ピポッパッ ピポッピッ ポゥ!


 軽快なメロディーとリズムに民衆たちは熱いムーブとクラップで応える。

 リアクションの良さに煽られた俺のリコーダーもまた熱気を帯びていった。

 曲はいつの間にか『聖者の行進』へと変わり、いつしか俺の知らない曲へと移って行く。もう俺のリコーダーは必要なかった。

 住民が持ち寄った楽器と教会所有の楽器がかき鳴らされ、集まった民衆たちの大合唱が休日の町に響き渡り、誰もが踊り狂う。まさにお祭りだった。

 そんな愉快な時をしばし過ごした後、俺はこのイベントを締めにかかる。


 パンパンパンと大きく手を叩き皆の注目を集めて声を張り上げた。

「最後に神へ捧げる我が曲を聴いて欲しい!」

 町の英雄の号令を素直に受け入れた民衆たちは静まり返って耳を澄ませる。

 

♬ ピーボーパーボーピ―パーポーピーーポピーー パーポーピーー


 サイモン&ガーファンクルの名曲『コンドルは飛んで行く』。

 俺は情感たっぷりに奏でてみせた。

 哀愁が漂いまくるメロディーが住民たちの目頭を熱くさせていく。

 途中からギターとフルートとパーカッションが加わって厚みを増したサウンドは、祭りの終わりを惜しむ人々の心を否応なく鷲掴みにして震わせた。

 そして俺の独奏でフィニッシュを迎えると盛大な拍手が巻き起こった。


 その喝采の中、俺は歩を進めジェローム司祭の前でひざまずくと、聖なる縦笛を恭しく両手で差し出した。

 司祭は笛を受け取ると、俺の頭の上で十字を切って祝福の言葉を口にした。

 ここでまた民衆の拍手の音が大きくなり、歓声も天まで届いた。


 ──あぁ、どうやら、やり遂げたな。


 心地良い達成感が静かに湧き上がってくる。

 あとは上手いことこの場から立ち去るだけだ。

 そこがちと心配ではあるのだが……


「失礼、デイリーアトレブの記者トーヤです。是非コメントを頂きたい!」


 お、ちゃんと言った通り取材に来てくれてたか。有難い。

 でも、お前の取材には答えられんのだ。すまない。

 声と口調を変えてはいたが、そばで話をすれば直ぐにバレるだろうからな。

 というわけで、俺は練習しておいた指笛を鳴らした。


 ピュ~~~イ!


 すると、教会に隣接した中央公園の茂みの中から一頭の馬が走り寄って来る。

 そして俺の前でヒヒ~ンといなないて止まった。

 直ぐに飛び乗って姿勢を正し、前を見据えて覚悟を決めた。

「ハイヨー、シルバー!」

 お約束の掛け声で馬はゆっくりと走り出す。

 町の英雄のために民衆は左右に分かれて花道を作ってくれた。

 ここに来てまだ1カ月も経ってないが、ホント良い奴らだ。良い町だ。

 必ず俺が発展させて市へ昇格させるからな。必ずだっ。


「アディオス、アミーゴ!」


 誰にも理解できない謎の言葉を残し、俺は、リコーダー仮面は走り去った。

 あとに残されたジェローム司祭の顔は、興奮冷めやらぬ民衆たちからの賛辞とお布施でゆるみっぱなしだったという。



 北の森でローラと合流し変装を解いて普段着になった俺は、町には戻らずそのままセクスエルム・シスターズの家に帰宅した。

 特命で外出中のピーナ以外は揃っている許嫁たちとランチを食べ、その後はずっと皆と一緒に家でまったりしていた。

 明日の銀行プレオープンに備えて英気を養うためだ。


 銀行を大繁盛させるためのイベントはしっかりと用意してある。


 絶対に成功させて銀行だけでなく、ギルドを、町を、セクスエルム・シスターズを一段上に押し上げてやるぞ。この俺様がな! ククククク……

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