第84話 銀行プレオープンで大波乱!

「キャーッ! 火事よー! 裏門が燃えてるわー!」


 3月19日の月曜日。

 今日はギルドビル2階に支店を構えたソントック銀行のプレオープン日だ。

 先着300名には記念品が進呈されるとあって、早朝から大勢の客が膨らんだ財布を持って押し寄せている。前庭に収まりきらない人の群れは、ビル横手の駐車場から裏庭まで届き、若い冒険者たちが警備を兼ねて行列の整理をしていた。


 そんな混然とした開店5分前のギルドビル裏口で火災が発生した。


「か、か、か、火事、火事ぃい……すすす水術士たちは消火に向かうでやす!」

 報告を受けたギルマスが絵に描いたように狼狽して指示を出した。

 ギルドビル正面玄関でラムンと一緒に待機していた俺の声もうわずる。

「お、お、お、落ち着け。直ぐに術士が消してくれる。ももも問題ないっ」


 しかし、そうは問屋が卸さなかったのだ。


「マスター!大変です! 強盗団が裏口に現れました!」

「な、なんでやすってーーーーー!?」

「ご、強盗団だとぉ!?」

「裏門の火災は奴らの放火です」

「げぇ、火付け泥棒!」

「警備の者たちは何をやってるんだっ?」

「客を人質に取られてるので冒険者たちは動けません!」

「あわわわわわわ、ど、どどど、どうしやしょう?」

「とにかく落ち着くんだ。まずは強盗団の数と装備を確認させろ」

「了解でやす!」

 ギルマスは俺に言われたことをそのまま職員に伝えて現場に向かわせた。


 ざわ・・・ざわわ・・・ざわざわ・・・ざわわわわ・・・・・・


 裏庭での動乱が行列伝いに前庭の群衆にも波及し場は騒然となる。

 その騒ぎは裏口の炎から生まれるドス黒い煙によって加速していく。

「あれ火事じゃね?」「キャーッ、燃えてる、燃えてるわー!」

「火事じゃないぞ、放火だ!」「強盗!銀行強盗よー!」「銀行強盗ぅ!?」


「「「「「「 逃げろぉぉぉおおおおおおおおお!!! 」」」」」」

 

 一人が我先にと正門へ向かうと集団パニックとなった客たちが、我も我もと慌てふためきながら開け放たれている大きな門へと続いて行く。


 しかし、誰一人として正門をくぐれる者はいなかった。


「おっと、ここは通行止めじゃあ!」

 都市アトレバテスで悪党をやっているエイベルが巨体で立ち塞がった。

 彼の周りには20人を超える強盗団が取り巻いている。

 

──囲まれた! 正門も裏門も銀行強盗が占拠してる!


 現状を察した群衆は恐怖で頭が真っ白になり動きを止めて固まってしまう。

 やっと目はしがきく者がギルドビルの中へ避難しようと思いたった時には、既に遅かった。正面玄関へ続く階段の前にはもうエイベルたちが陣取っている。

 正門にはケインを含むスチームカー強盗団6人が残って睨みを利かせていた。

 逃げ場は何処にもなくなり、冒険者たちも手が出せないでいる。


──もうダメだぁ、せめて命だけは助けてくれ!


 絶望的な状況にソントック銀行初のお客たちは、心を折られ気力を失った。

 ある者は腰を抜かして座り込み、ある者は立ったまま気絶した。

 そんな完全に降参状態の人々のもとへ甲高い耳障りな声が降ってくる。


「とっちゃれとっちゃれ」


 大男エイベルの隣にいる小柄な老人はそう言うなりクケケケと奇怪に笑う。

「ジジイの命令が出たぞ。お前らぜんぶ取ってこいや!」

 首領のエイベルが号令を下すと手下たちはヒャッハーと奇声をあげて従う。

「よーし全員財布と金目の物を出せー!」

「隠すんじゃねーぞー」

「素直に従えば命まで取りゃしねーよ」

 悪党の手先たちは剣を突き上げながら絶望の底にいる群衆を恐喝した。

 

 俺はそんな悲惨な光景を正面玄関の前で立ち尽くして見つめていた。


 どうしてこんな大事な日に……

 

 寄りにも寄ってココで……


 銀行強盗なんかが起こるんだよぉ……



 それもこれも全て─────────「計画通り」ニタァ



 これこそ俺が銀行を大成功に導くために立案した究極イベント!

 さあ、お膳立ては完全に整った。

 この絶体絶命のピンチをここから引っくり返して大逆転してやる。

 ケインとエイベルよ、俺を敵に回すなんて相手が悪かったなぁ。ククク


「先生! お願いします!」


 俺はギルマスに呼びに行かせた『最終兵器彼女たち』を召喚した。


「何かと思えば、どうやら本当に私の出番みたいね」

「御意!」

「なんという悪行でしょうか。神罰を下さないといけませんわ」

「神罰の前に大きな声で叱ってやって!」

 ここにいる全員にエマを注目させてから、その力を見せつけないとな。

 激おこ魔乳司祭はエイベルたちの近くまで進み出ると高らかに宣告した。


「まさに神をも恐れぬ暴挙! 今すぐ止めないと神罰を下しますっ!」


「こいつ新聞に載ってたセクス何とかっていうねーちゃんじゃねーか」

「尼さんに何ができるっつーんだよ。俺の出べそを直してくれんのかぁ?」

「ケッ、こんな田舎町でくすぶってる上級冒険者なんて屁でもねーぜ」

「神罰はもうお前の胸に下ってんぞ! ウヒャヒャヒャヒャヒャ」

「とっちゃれとっちゃれ」

「ジジイが命を取れ言うちょるわ。ワレに恨みはなーが……死んどけや!」

 致死量の殺気を放ったエイベルが剣を抜いて一歩近づく。

 エマは仕方ありませんねと一つ溜息をつき右手のバトルメイスを天高く掲げる。


 そして、この場にいる悪党たち全員に────祝福を授けた。



「 聖 域サンクトゥアリウム 」



一方、その頃、ギルドビルの裏側ではローラとレイラちゃんが活躍していた。


「あー、怪しい車が本当にいるよー」

 ギルドビル裏口に面した通りを巡回していたレイラが不審車を発見した。

「裏口で何かやってますネ」

 ローラは裏門の前でごそごそうごめいている不審者に目を向けた。

「あー、並べた薪に油を撒いて火をつけちゃったよー!」

「きっとバーベキューなのデス! 早く行って肉をもらいまショウ」

「あ、ローラ待ってよー」

 こうしてダークエルフと長身の女剣士は裏門へと急いだ。


「肉はどこでスカ?」

「あぁぁぁん? なんだテメーは?」

 もくもくと煙が上がる裏門の外側には3人のチンピラが立っていた。

「……おかしいデス。ここには肉の匂いがまったくしないのデス」

「おじさんたち、ここでバーベキューしちゃダメなんだよー」

「お前バカだろ。俺らがバーベキューやってるように見えんのかよ」

「まったくレイラはおバカさんですネ」

「ひどーい。ローラが言ったんじゃないのー」

「ふふふ、お詫びに教えマス。これはBBQじゃなくて放火してるのデス」

「えー、じゃあこの人たち悪い人なのー?」

「そうですヨ。それも極悪人ですネ」

「てめーらなにゴチャゴチャ言ってんだ! ブッ殺ぐはぁっっっ!」

 レイラの腹パンを喰らった悪党がゲロを吐いて崩れ落ちる。

「肉を期待させて裏切った罪は重いのデス」

 闇エルフの足元には糸の切れた人形のように二人の男が寝転がっていた。

「火の向こうで助けを求めてる声がするよ!」

「飛び越えるのデス」

 組んだ両手にレイラが右足を乗せた瞬間にローラは腕を振り上げる。

 その勢いのままジャンプしたレイラは燃え盛る炎を余裕で超えていった。


「なんだオメー、どっから湧きやがった!?」

 突然舞い降りた天使のごとき女剣士に仰天した強盗団にレイラは容赦なく襲い掛かる。肩を貫かれたり腕を切り落とされた者はまだ運が良かった。首や腹に攻撃を受けた者たちは恐らく助からないだろう。


「なんだコイツ強ぇぇぇえええええ」

 あっという間に4人の仲間を失った悪党たちは、レイラの実力を悟るとその悪党ぶりを見せ始めた。

「全員で囲め! 一斉に襲うぞ!」

 強盗団はレイラを包囲すると、慎重にジワジワ距離を縮めていく。

 剣戟の間合いに近づくにつれ緊迫感が高まり、一触即発の予感に周囲の者たちが息を呑んだその時、燃え盛る裏門の炎が───言葉を放った。



「肉のない所に煙は立たないのデス!」ドンッ



 油がまかれた大量の薪が赤々と燃え上がる獄炎の中を涼し気にゆっくり歩いてくる人の姿に、銀行の客やギルドの面々はおろか悪党たちまで度肝を抜かれた。

 ローラは全身に炎をまといながら火炎地獄を抜けて、平然とこの修羅場に登場すると、理不尽な怒りを強盗団へ向ける。

 

「よくも……よくも騙してくれたのデス」ゴゴゴゴゴゴ


 火 = 焼肉という固定観念を持ったはぐれダークエルフは、触れることすらなくレイラを囲んでいた悪党たちの3人に土をなめさせた。

 何が起こったのか分からないが、仲間が倒れたことは分かった強盗団は、やっと我に返り悪党の本領を発揮する。


「テメーら動くんじゃねー。人質の命がどーなってもいーのか!?」


 悪党の中でもひと際ずる賢そうな男が一般人の首に剣を当てて怒鳴った。

 しかし、女剣士もダークエルフもまったく動じない。

「ローラ、お願いねー」

 相棒の人間ではありえない俊敏性を知っているレイラが、戦闘中とは思えない呑気な声で対応を任せる。

 ところが、頼りになる筈の妖術師からは真逆の答えが返ってきた。


「あ……今ちょっと無理みたいですネ」


「えー、なんでー?」

 頬をふくまらせて不満顔のレイラにローラは愉快そうに答える。



「エマさんが、奇跡を使ったのデス」

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