第85話 青い魔女ヴィンヴィンのターン

「エマさんが、奇跡を使ったのデス」



 今、何が起きているのか俺にはサッパリ理解できずにいた。


 悪党たちにたった一人で対峙したエマがメイスを掲げて何か唱えると、剣を抜いて向かってきたエイベルの動きがピタリと止まった。

 銀行の客たちから金を巻き上げようとしていたチンピラたちも、手から剣を落とし愕然としながら身動きできなくなっている。


「一体どうなってるんだこれは?」


「エマ司祭が『聖域』の奇跡を執行したんだよ」

 おわっっっ、いつの間にかボクっ娘神官のソフィアが隣に来てたわ。

「その聖域ってのはどんなミラクルなの?」

「支配圏にいる人の心を浄化して害意を持った行動をとれなくするのさ」

「おおっ、そりゃ凄いじゃないか」

「凄いなんてもんじゃない。こんなのもう大司教か枢機卿レベルの奇跡さ!」

 

 ざわ・・・ざわわ・・・・・・ざわざわざわ・・・・・・・


 状況が飲み込めてきたギルド関係者と周囲の一般人が、これは何とかなりそうだと活力を取り戻し再起動し始めた。

「司祭様どうか天罰を落として下さい」

「エマニュウエルさん頑張れ!」

 ギルドビルの前庭にエマを応援する声が次第に大きくなりながら響き渡る。

 エマは手を挙げて群衆の興奮に応えてから声を発した。


「もうしばらくの辛抱です。そのまま動かないで下さい」


 懐妊効果の神々しい姿で奇跡を起こした司祭のエマから、もう大丈夫と保証された人々は形勢逆転を確信し、さらに沸き立った。

 いつしか、エマコールが起こるほどに。

 あぁ、さすが俺の最も愛する嫁だわ。改めて惚れ直したわ。

 いつものデレたエマも良いけど厳格な聖職者のエマも最高に燃えるな。

 さっそく今夜、ベッドで司祭プレイをお願いしよう。ムフムフフ


「悔い改めますか?」


 ゴメンなさい!ゴメンなさい!

 ……いや違う、これは俺の妄想が説教されたわけじゃない。

 どうやら、お仕置きシスター愛のムチムチ黄金伝説を脳内で堪能中に、事態が進んでいたようだ。今はエマさんが最後通牒を敵に突きつけたところか。

 だがしかし、放火強盗団は魔乳司祭の慈悲など歯牙にもかけない。


「かばち……たれ…なやぁぁああああ!!」


 害意の塊のようなエイベルは、気力を振り絞ってエマの奇跡に対抗してみせた。

 とはいえ、悪口を言うのがやっとの体たらくだったが。

 首領がそんな状態なので他の手先たちは推して知るべしというありさま。

 そして、エマは改心しない悪党たちに心を痛めながらも決断したようだ。

 

 ──神罰を下すしかないようですわね……


 エマは再びメイスを掲げ、祈りを捧げようとする。

 しかし、そこへ乱入する者が現れた。



「私の出番も残しておきなさいよ」



 おわわっ、いつの間にかツンドラ女王様のヴィンヴィンも隣に来てた!

 どうやら、最後の美味しいところを持って行くつもりだな。

 でもこれは、俺が望んでいた展開でもある。

 青い肌のためにこの国の人間から敬遠されがちなヴィンヴィンを、ここで救世主として活躍させておけば今後の生活に好影響がある筈だからな。


「エマ、一度こっちへ下がってもらえるかな」


「分かってるじゃない、イクゾー」

「え、何がですか?」

「愚劣な連中は改心なんかしない。悪党は死ななきゃ治らないってことよ」

 キル・ゼム・オール!

 マジかぁぁぁぁぁあ、仕方ないのかもしれんけど、一般人がトラウマになるよう事態は避けて欲しいんですけどねぇ……


「イクゾー様がお望みですから、あとは貴方に任せますわ」

 エマは聖母のような笑みを見せてから悪党から守るように俺の前に立った。

「私の方はいつでもいいわ。一声かけてから奇跡を消してちょうだい」

 そう言うと今度はヴィンヴィンがエイベルたちの前に一人で立ちはだかる。


「このまま魔法で攻撃すれば良いんじゃないの?」

「ヴィンヴィンさんも聖域の影響を受けてるから攻撃はできないよ」

 まだそばにいたソフィアが察しの悪い俺に教えてくれた。

 振り返って説明しようとしてたエマの残念そうな顔が愛しすぎる。

 

「アンタたち、私のギルドでよくも好き放題やってくれたわね!」


 ツンドラ女王様が凛と響く気高い声で悪党たちを罵倒した。

 今も動けずにいるエイベルたちは屈辱で顔を歪めるだけだったが、大勢の一般人とヴィンヴィンをまだ良く知らない冒険者&ギルド職員は困惑し狼狽した。

 

──神の御業で強盗を無力化した司祭様がなぜ下がったんだ?

──どうしてここで青い肌の頼りなさそうな魔法少女が出てきたの?

──エマ司祭じゃなくて大丈夫か、いくら青い魔女でも多勢に無勢だって

──強盗団だけじゃなくて一般人も被害を受けるんじゃないか……ゴクリ


 エマの奇跡で興奮状態だった群衆の熱気が急速に冷え込んでいく。

 だが、そんな人々の心の揺れ動きなどまったく意に介さないヴィンヴィンは、言葉で安心を与えるのではなく、行動でこの場の全員を黙らせることにした。


 エマが声をかけてメイスを床にコツンと叩きつけると、聖域の奇跡は消滅し強盗団は再び行動の自由を得た。怒り心頭のエイベルは狂ったような咆哮をあげながら正面玄関への階段を駆け上がり突進していく。

 そして間合いに入って大剣を振り上げたその時─────獲物が浮き上がった。


ᚺᚢᛁᛟᛏᛖᚱᚢᛞᛖᛁフィオテルディ


 故郷イースラントの言葉を唱えた青い魔女は体をすぅ~と真上に移動させる。

 上空10メートルの高さでピタッと停止すると、そこからはギルドビル前庭の状況が手に取るように俯瞰ふかんできた。

 あんぐりと口を開けて呆然と自分を見つめる数百人の一般人。

 何でこんな怪物たちが片田舎のギルドにいるんだと絶望している強盗団。

 聞いてはいたがここまで凄かったのかと感動している冒険者&ギルド職員。

 ワクワクと高揚しながらもハラハラと心配している婚約者。


──あぁ、愚民たちを見下ろすのは良い気分だわ……でも仕方ないわね…


 ヴィンヴィンの開かれた両手がスッと前に突き出された。

 この場にいる全員がこれから起こるであろう出来事に不安と興奮を覚える。

 対照的に上空の女王様は、ひたすら冷静に淡々と断罪の言葉を口にした。

 

ᛖᚲᚢᛋᚢᚾᛁᚱᚢᛖᛞᛖᛁᚲᚢエクスニルエディク


 ピシャァァァアアアアアドガァーーーーーン!!!


 幾筋もの雷光が同時に煌めいて人々の目を眩ませた次の瞬間。

 空が割れたかのような轟音が人々の肉体を震わせ鼓動を一瞬止めた。


 俺は視力と聴力と気力が回復するのに十秒かかった。

 それから実体験することになる光景はまさに圧巻。まるで映画のクライマックスからエンディングのようだったと後に追憶することになる。


 ギルドビルと群衆を阻むように陣取っていた強盗団は首領のエイベルのみならず漏れなく地に倒れ臥している。

 一般人とギルド関係者は、誰一人怪我を負うことなくただ茫然と立ち尽くしていたが、麻痺した脳が復活すると言葉にできない感動を雄叫びに詰め込んだ。


「「「「「「 うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!! 」」」」」」


 生きた人間が浮遊するという文字通りマジックからの、悪党だけ一瞬で雷撃必殺という神業を目の当たりにした人々の狂喜乱舞が止まらない。

 俺は一緒に腹の底から叫びたくなる衝動を必死に抑え、ラムンに指示を出す。


「倒れている強盗団を一人残らず捕縛して収監するんだ。急げ!」


「へ、へい! 警備担当は奴らを魔獣用の檻にぶち込むでやす!」

 ギルマスの命におうと応えて冒険者たちが仕事を始める。

 手かせ足かせを嵌められ引き摺られながら連行される悪党どもの哀れな姿を見た群衆たちは、スカッと大いに溜飲を下げ拍手喝采で讃えた。


 よしっ、ここだ!

 セクスエルム・シスターズの名をここで大衆の心に深く刻み込むんだ。

 俺はラムンの顔を見てコクリと頷き、今だやれと命じた。

 ギルマスは群衆の前に進み出ると両手を挙げて注目を集め大声で語り始める。


「強盗はギルド専属パーティー『セクスエルム・シスターズ』が撃退しやした!」


「……セクス」「……エルム」「セクス」「エルム」「セクス!」「エルム!」


 ────人々が噛みしめるように呟いていた救世主パーティーの名は……


「どうぞ安心してギルド銀行に皆さんのお金を預けてほしいでやす!」


「セクスエルム!」「「セクスエルム!」」「「「セクスエルム!」」」


「大切なお金はセクスエルム・シスターズと私たちが必ず守りやすっ!!!」


「「「「「「 セクスエルム! セクスエルム! セクスエルム! 」」」」」」

 

 ────いつしか個々の小さな声援から群衆一体となった大唱和へと昇華する。


「「「「「「 セクスエルム! セクスエルム! セクスエルム! 」」」」」」


 一般人には獰猛な人食い魔獣にすら見えた恐ろしい強盗団を、奇跡により一瞬で沈黙させ、さらに大魔法により一撃でアッサリと倒した。その人生一の衝撃と死すら覚悟した窮地からの生還に群衆は酔いしれ熱狂する。


「「「「「「 セクスエルム! セクスエルム! セクスエルム!」」」」」」


 観衆のボルテージは頂点に達した────ここでカーテンコールだ。

 エマと裏庭から移動してきたレイラちゃんとローラを前に押し出して行く。

 ギルマスの所まで進みエマたちが人々の歓声に応えると、ヴィンヴィンの雷撃にも似た割れんばかりの拍手喝采が巻き起こる。


 上空の女王様はガイナ立ち、いや、腕を組んだ仁王立ちで満足そうに微笑む。

 その青肌魔導士のさらに上空から花びらがヒラヒラと落ちてくる。

 6階金庫フロアの窓という窓から冒険者たちが降らせ始めたのだ。

 風術士による人工の風によって大量の花びらが群衆の上にまで華麗に舞い踊る。


 それはこのイベントのフィナーレを飾るのに相応しい幻想的な光景だった。

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