第86話 紫の魔法使いジナイーダ・ハラードの秘密
「好きなだけ食べるでや~す! 今日は全部ギルドのおごりでやすっ!!」
ギルマスの有難い言葉に裏庭のあちこちからイェーと歓声が上がった。
そして待ってましたとばかりにバーベキューの肉にかぶりつき、ウメェーという歓喜の叫びがそこかしこから飛び出した。
肉にはうるさいウチの闇エルフもご満悦で極上肉を頬張っている。
「酒もいっぱいあるでや~す! 潰れるまで飲むでやすよ!」
100点満点の成果にヘブン状態なギルマスの財布の紐はユルユルガバガバだ。
まぁ、滞納野郎から奪った裏金を使ってるだけのことではあるが。
そんな感じで、嵐のようだった銀行プレオープンを計画通りに大成功させた俺たちは、業務終了後に打ち上げパーティーを開催していた。
今ここに集まっている仲間たちとの親睦はメッチャ大事だ。
このギルドを、ひいては町を発展させるには強力な仲間がたくさん欲しい。
という訳で、俺は目ぼしい冒険者とお近づきにならねばならん。ムフ
「ルーチェさん、料理やお酒は口に合いますか?」
「酒はともかく、肉や野菜は鮮度が高くてとても美味しいよ」
都市アトレバテスの第二ギルドから移籍してきた精鋭パーティー『ナヴァトゥリーダ』のスリートップの一角である魔法神官は素直に褒め称える。
田舎の味だと馬鹿にしない余裕ある態度も高ポイントだ。うむ、欲しい。
「ルーチェ、そのボーヤと仲良くするのはまだ早いよ」
これまたナヴァトゥリーダ、3トップの一人であるスケバン魔法剣士カレンが横やりを入れて来た。後ろに複数の男がいる。たぶんカレン推しの信者だ。
「あの賭けはあたしとは無関係なんだから別にいいでしょ」
カレンには一週間で五等冒険士になるまで気安く話しかけるなと言われていたが、ルーチェは確かに関係ないな。それに───
「明日にでも僕は五等級に昇格しますから問題ありませんよ」
「それはどういう意味だい?」
「捜索依頼が出ている失踪者21人を発見しました」
カレンはクリスタルグリーンの綺麗な瞳を見開いて真っすぐに俺を見据える。
これは疑われてるな。何かイカサマしたんだろと。
「どんなペテンを使ったんだか」
あ、やっぱり。
「使ったのはペテンじゃなくて頭ですよ、頭」
右手の人差し指で自分のこめかみをツンツンとつつきながら笑ってみせる。
「フン、信じられないね!」
「お疑いならエマ司祭の神判で証明してもらいましょうか?」
「なッ……」
ふふふ、ギルド専属スケバンは絵に描いたように絶句しとる。
こんなしょーもない事で奇跡を使ってもらう訳にはいかんもんなぁ。
「エマさんと言えば大人気だね。あたしも話を聞きたいんだけど」
空気が悪くなったのを察したルーチェが機転を利かせて話を振ってきた。
それもエマの話となれば乗るしかない。
「今日は大活躍でしたから」
その魔乳司祭はたくさんの冒険者たちに囲まれ感謝と讃辞を浴びていた。
銀行の客だけでなく、この場にいる全ての者をも救った英雄なんだから当然の成り行きだし、計画通りでもあった。ククク…
「あの奇跡は本当に凄かったよねェ」
普段はクールな姐御がウットリと目を閉じてハァ~と大きく息を吐いた。
「神官でもあるルーチェさんから見てもため息ものでしたか」
「まあね。あれなら戦争監察官だって務まるよ」
戦争監察官って……なんか急に物騒な話になったな。
「それってどんな任務なんですか?」
「教皇の代理人として戦争が条約に則って行われているかを監視するのよ」
「なるほど。ちなみに、条約破りがあった場合は?」
「監察官が実力で止めることになるわね」
「そんな無茶な! ……あっっっ、アレを使うんですね?」
「そーいうこと。『聖域』の奇跡なら戦争ですら止められる」
ルーチェの言う通りだわ。
あの奇跡を使われたら、支配圏にいる者は誰も攻撃することができない。
まさにエマは『歩く安全地帯』だな。さすが俺の最愛の嫁。略してさす嫁。
「あたしは先に行ってるよ」
俺とルーチェが歓談してるのが面白くないカレンは背を向けて歩き出す。
彼女の周りにいた取り巻きの男たちもその後に続いた。
「もォしょーがないねェあの娘は。じゃあ、あたしも行くよ」
「パーティのところへ戻るのですか?」
「そうだけど」
「良かったらリーダーのジナイーダさんを紹介してくれませんか?」
「お安い御用だよ。あたしについておいで」ニッコリ
どこまでも付いて行きます姐御!
あぁ、やっぱルーチェは良いわー。頼りになる姐さん感が堪らんチ。
俺の周りでは一番精神的に安定してるよな。これは必ずものにせねば。ねば。
「なにかごよう?」
裏庭の木に優雅にもたれて本を読んでいたジナイーダに思わず見惚れてた。
その光景がまるで一枚の絵画のように、
立ち尽くして見つめるアホな俺に彼女の方から話しかけてくれた。
カレンの姉と言うから覚悟してたが驚きの上品さだな……とりま挨拶せんと。
「読書中のところ申し訳ありません。僕はセクスエルム・シスターズの家に婿入りしたイクゾーです。少しお話をさせて頂きたいのですが、宜しいですか?」
「わたしは、ジナイーダ・ハラード」
美貌の魔術師は、そう名前を告げたところで本をパタリと閉じ、その上に浮かせていた緑色の炎を消すと僅かに微笑んで了承の言葉を口にする。
「どうぞ。わたしもあなたとは一度お話してみたいと思っていたの」
おおっ、両想いだったか。これは幸先よしっ。
「光栄です。何か僕に聞きたいことでもありましたか?」
「ええ、でもまずは妹のことでお詫びしなくてはいけないわね」
「そのお気持ちだけで充分です。僕も大人げなかったですから」
「あら、それではギルドとパーティー追放の賭けを止めなくてもいいの?」
「それは今さら無理でしょう」
「わたしなら止められてよ。誰にも文句は言わせないわ」
切れ長の理知的な目が初めて危険な色を帯びてギラリと輝いた。
あのカレンとルーチェの上に立つだけあって、やはり美しい上品なだけの女じゃない。冒険者たちを実力で黙らせることができる恐ろしい女でもあるようだ。
という訳で、ここは有難い申し出を断って男を見せておくべきだろう。
「結構です。これは僕にとっても良い機会だと思ってますから」
「自分自身で悪い噂を払拭してみせるということかしら」
「さすがにお察しが良いですね。その通りです。僕は自身の力で汚名を晴らし、失われた名誉を取り戻してみせます」
「ウフフフッ、あなたこそさすが異国の貴族だわ。本当に立派よ」
「有り難うございます。ところで僕に聞きたい事というのは?」
「少し踏み込んだ質問になるけれど、かまわないかしら」
「どうぞ。何なりとお尋ね下さい」
「ではお言葉に甘えてきかせていただくわ」
ここでジナイーダは、もたれていた木から背中を離し、三歩踏み出して俺の間近で正対すると、真正面から挑むように切り出してきた。
「どのような思惑でセクスエルム・シスターズの家に婿入りされたの?」
「思惑……ですか……」
正直そう言われても返答に困るな。だって、思惑なんて何も無い。
ただただ嫁が欲しくてイカサマ天使のシナリオに身を任せただけだ。
しかし、この女は何でそんな事を知りたがるんだ?
俺は改めて目の前1メートルに立つジナイーダを観察する。
肩にかかる長さの首元で内側に巻き込む髪は艶のある漆黒だが、どこか不自然に伸ばされた前髪が、額から左目、左頬を隠すように垂れ落ちていた。
ツンと上を向く整った鼻筋と小ぶりで桜色の唇は気品を感じさせる。
身長は俺より少し高い160台後半でスラリと手足が長い。
胸もそのスタイルにピッタリの控えめな並乳。俺には物足りないが、エルフが至高の美とされるこの世界では最上級のオッパイだ。
その体のラインが良く分かるスラックスにシャツ、背にはマントといった出で立ちは、宝塚の男役を思わせる凛々しさがあった。
しかし、立ち振る舞いは淑女のような高貴で洗練されたものを感じる。
──あぁ、本当に素晴らしい。まるで月の女王といった風情だな。
「女性美の基準からは少々はずれた人たちなのは誰の目にも明らかよね」
ありゃ、何も答えずにじっと見物してたら、またも答えにくいお言葉キタ。
「彼女たちを本当に愛せるの?」
おわっ、さらに畳みかける追い質問キター!
「それとも、愛するように強制されてるのかしら」
おいおいおーい、一体何を言い出すんだこの女は……もしかして俺のこと…
噂のヒモ男じゃなくて、無理やりエマたちに飼われたペット男だと思ってる?
アンタこそどんな思惑があるのか知らんが、これは全力で否定しておかねば。
「僕は本心から彼女たちを愛していますよ」キリッ
「………そう……余計な心配だったみたいね」
へ、俺のこと心配してたのか。またどうして。
「愛を強制だなんて、何故そんな考えに至ったのですか?」
「フッ、その手の理不尽な要求をされて迷惑した経験があったせいねきっと」
あっっっ、ピーナが言ってた貴族筋のゲス男のことか!
「本当に災難でしたよね」
「あら、ご存じだったの」ゴゴゴ
ヤバイ! 柔和な笑みを浮かべちゃいるが、目は1ミリも笑ってねぇ!
冒険者には過去は探らないという暗黙の掟があるんだった。
「ア、アトレバテスの第二ギルドに行った時に小耳に挟んだもので……」
メッチャ早口で言い訳してから、すいませんと謝罪を付け加えた。
「そう、不可抗力ということなら許してあげてよ」
お許し出た! 苦しい釈明だったがセーフセーフ。
「有り難うございます。決して誰にも言いません」
ジナイーダは俺の感謝の言葉に鷹揚に頷くと、顔の左半分を隠す前髪を指でもてあそびながら思いがけない言葉を発して俺を混乱させる。
「わたしの顔のこともきいたのかしら?」
は? 顔って……なんのこった?
あっ、少し違和感があるその前髪の裏に何か秘密があるってことか。
中二的な発想をすれば、隠されている左目が『邪眼』てところだよな。
邪視によって、睨まれた者は呪われたり心を操られたりするっていう。
ゴーゴンみたいに石にされるってのもアリかもしれない。
ま、俺の勝手な憶測に過ぎん。何も知らんのだから素直にそう言おう。
「いえ、顔については何も聞いていません」
「あら、そうなの」
ジナイーダは隠していない右目で俺を探るように視線で射貫く。その知性と意思の強さが宿る黒い瞳に吸い寄せられるように俺は見つめ返した。
春先のまだ肌寒い夜風が俺たちの間を吹き抜け髪を揺らす。
もっと強い風だったら前髪をまくり上げて秘密が暴露されたかもしれないのに、紫の魔法使いはまったく動じることなく静かに、だが堂々と立っていた。
数メートル先ではパーティの喧騒が広がっているのに、ここだけは隔絶された別世界のようだ。ジナイーダにはそれだけの雰囲気と存在感があった。
「ジーナ、そろそろこっちに来ないかい? カレンが探してるよ」
あぁ、二人だけの世界を堪能していたのに無粋な邪魔者が現れた。
声のした方を見ると、20代半ばの大柄で顔が残念な男が歩いてやって来る。
恐らくナヴァトゥリーダに二人いる男のメンバーだな。
「こっちにいらして。新しいお友達を紹介するわ」
口調は丁寧だが、僅かに乾いた冷たい声でジナイーダが男を呼びよせる。
んんん、この男に対してよそよそしいというか、ぶっちゃけ苛立ってる?
しかし、そんな小さな疑念は月の女王様の爆弾発言で吹き飛ぶのだった。
「彼はルスラン・ハラード──────わたしの夫よ」
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