第81話 ルービックキューブの異世界の反応

「こんなもん面白いわけが……え……なにぃ………はぁ? …くそっ、どうなってんだよコレ……ああっイライラする! でも止められねぇぇぇええええええ!!」


 ガチャ ガチャガチャ ガチャガチャ ガチャ ガチャガチャガチャ


「あーあ、何やってんのよ。頭悪いんじゃないの?」ボソッ

「全然ダメじゃないか。ちょっとボクにもやらせてみなよ」ウズウズ

「うるせー。できるもんならやってみやがれ!」


  3月17日土曜日の朝。

 女監督マネージャーのティアと家を出た俺は、ギルドで集合したルーク、エイミー、ソフィア、アイリーンを伴って木工職人の親方ジャック・ジバルディの工房へ来ていた。

 二日前に依頼したルービックキューブの試作品をチェックしに来たのだが、俺より先に護衛たちが手を出し、まんまとRC沼へ沈んでいってるところだ。


「アタシに黙ってこんな面白いことやってたなんて酷いじゃな~い♬」

「町おこしに賛成してもらうために仕方なく成り行きでな」

 ジャック親方を味方に付けるには、不遇を囲っている木工職人たちをルービックキューブで救う必要があった。本当はもっと先で使う切り札の一つだったんだが。


 親方は試作品を三つも作ってくれていたようだ。

 今はルークだけじゃなく、ソフィアも夢中になってガチャガチャやってる。

 おおっ、あのシビアな元女軍人までマジ顔でキューブを回してるじゃないか。

 自分の作品が冒険者を一瞬で虜にした光景を親方は満足そうに眺めていた。

 エイミーだけは、自分はハマるもんかと意地を張って一歩引いて見てるが。

 

「おい、イクゾー! これムリだろ! 絶対に揃えらんねーよ!」

「だが不可能じゃないぞ。まずは1面だけでも揃えてみろ」

「うーん……ボクには1面すら完成できそうにないよぉ」

「最初はみんなそうだよ。1面だけでも1時間がかりさ」

「………………くっ………………バラしてやるっ」

「アイリーンさん落ち着いて! 相手はただのパズルですから!」

「偉そうなこと言ってるけどイクゾー君には解けるの?」

「もちろん。5分とかからないよ」


「5分……じゃとぉ……!?」


 俺の言葉にジャック親方が尋常じゃないショックを受けていた。

 その気持ちはよっく分かる。試作品を自分で何度もトライしたはずだ。

 そして泣く泣く諦め、分解して元に戻したんだろうからな。フフフ

「親方はどこまで解けましたか?」

「ワシは1面しか揃えられなんだ……」

 メッチャ悔しそうな顔してるわ。そこまでのめり込んでたか。

「ディックの奴は徹夜で2面を揃えて勝ち誇ってから帰りおったわい」

 あ、これがその渋面の原因か。しかしディックもハマり過ぎだろ。


「5分は聞き捨てならないな。是非やって見せて頂こう」ギロリーン


 ルービックキューブを握り潰しそうなほど熱くなっているアイリーン少佐が、火が出そうな真っ赤な目で俺を睨みながら仁王立ちしていらっしゃる。

 5分で6面完全クリアできんかったらはりつけにしそうな勢いだ。

 良いだろう……その挑戦、謹んで受けようじゃないかっ。

 こちとら見た目は子供だが、中身は引きこもり歴10年のベテランぼっち。

 一人遊びの年季が違うんでぃ! 


「フッ、僕がお手本を見せてあげしょう」ニタァ


 元女軍人からルービックキューブを受け取った俺は、まずは手触りと操作性を吟味しようと軽い力でゆっくりとキューブを回転させていく……

 おおっ、吸い付くような優しい木の感触が素晴らしい!

 一番心配していた回転のスムーズさも滑らかでストレスフリーだ!

 俺は試作品の出来栄えに感動しながら30秒ほどで1面を完成させた。


「マジかぁぁぁぁぁぁ」 

「やるじゃないか!」

「ふーん、まぁ発案者なんだからこのぐらいは当然よね」ボソ

「くっ……速い……」プルプル

「さすがじゃのぉ。言うだけのことはあるわい」

 おいおい、驚くのはまだ早いぜ。これはまだ慣らし運転だからな。

 さて、俺の両手もボチボチ温まってきたことだしギアを上げるか。

 お前ら、目ん玉ひん剥いてよっく見てろよ……俺の本気ガチを!


 カシャ カシャカシャカシャ カシャカシャカシャカシャカシャカシャ


「は、速ぇぇぇえええええええええ」

「何だか良く分からないけどとにかく凄いぞイクゾー」

「見かけ倒しじゃなきゃいいけどね」ボソ

「こ、これは………………神業だ……」プルプル

「ほぉ、超スピードで動かしながらパズルを解くとは達人の域じゃのぉ」

 称賛の言葉にご満悦だった俺だが、いつしか誰の声も聞こえなくなった。

 キューブを動かす音さえしない。聴覚が機能していなかった。

 ──ゾーンに入ったか。

 あぁ…きっと久しぶりのルービックキューブが楽し過ぎるせいだな……

 その楽しい時間もどうやら終わりそうだ……よし、これで……最後………


「フィニーーーッシュ!!」


 俺は6面すべてが揃った完成体のキューブを皆の前に突き出した。

「コイツやりやがったぁぁぁああああああああ」

「うわぁ、本当に解けちゃったよぉ。感動したっ」

「へぇ、やるじゃない」ボソ

「5分どころか、3分だとぉ……くっ、完敗だ……」プルプルプルプル

「この年になって度肝を抜かれるとはのぉ。ええもん見せてもらったわい」

 あぁ、異世界人の称賛を浴びながら完クリした達成感は格別なものがあるな。

 そして、ルービックキューブはやっぱり面白い!

 改めてこの商品の成功を確信したわ。

 これなら、計画を加速させても大丈夫だろう。


「ジャック親方、この試作品の出来は最高でした」


「そうじゃろう。ワシも久々に意欲がみなぎったでのぉ」

「おかげで爆売れ間違いなしです。このまま量産体制に入ってください」

「初回の注文は1万個じゃったな」

「そうです。ここからは納期との勝負になります」

「職人は何とかなるが工房の方がここですらチト手狭になるじゃろうな」

 そこは俺も前回来た時に分かっていた。

 だからジャック爺さん、あんたにも腹を括ってもらうぜ。


「親方、新たに大きな工房を作って下さい」


「なん……じゃと……!?」

「ココでは膨れ上がる需要に供給が追い付きません」

「その通りじゃが、新工房を作る資金も空いた土地もないわい」

「資金はギルド銀行が貸してくれますし、土地も僕に当てがあります」

「融資はさておき、一体どこに新工房を建てるつもりじゃ?」

 もちろん、新たな印刷工房と同じところさ。


「新工房は、アウターウェラウニに建設します」


「アウターじゃとぉ!?」

「おいイクゾー! それ本気で言ってんのか?」

「また出た! やっぱりキミはウェラウニのホラ吹き男だ。ワクワクするよ!」

「そんなの自殺行為じゃない」ボソ

「武器を持たない職人たちを死地に赴かせるのは如何なものか?」

 まーたお前らは余計な口出しをしおってからに。

 黙って護衛に徹しろと何度言えば分かるのか。

 逆に、ギャル子は我関せずで隣に座って置物になってるのが不気味だな。

 恐らく、今回も俺の仕事ぶりを査定してるって感じか。


「魔獣返しの水路の外側が危険なのは百も承知です」


「既に防衛策を考えてあるというのじゃな?」

「もちろんです」

「聞かせてもらおう」

インナーウェラウニと同じように新工房も水路で囲みます」

「イクゾー殿、それは浅慮というものだ」

 親方より先に元女軍人から物言いがついた。しかしそれはブーメランだ。

「ペーターの印刷工房も関係するから言うけど、アタシも失望したわ♭♭m」

 久々に口を開いたティアはダブルフラットマイナー調でダメ出しときた。

「確かにアウターには個人用の水路で囲った民家や施設もある。じゃが、大工房ともなると大型の蒸気自動車も渡れる跳ね橋が必要になるんじゃぞ」

「野原にポツンと大工房では、水路があっても野盗にはかっこうの餌食だな」

「ま、そういうこったイクゾー」

「期待したのにこれじゃあ尻すぼみもいいとこだよもぉ~」

「ちっとも現実的じゃないわね」ボソ

 やれやれ、さんざんな言われようだな。

 まぁ俺も誤解されるような言い方をあえてしてはいたが。

 予想通りのリアクションに満足したんでそろそろ本題に入るとするか……


「水路で囲むのは親方の新工房だけ、とは言ってませんよ」


「つまり、ワシの他にも新たな工房を作る者がおるということか?」

 間違ってはいないが、正解とも言えんな。

「そういうことか。どうやら浅慮だったのは私の方らしいな」

 お、アイリーンは察してくれたようだ。

「アタシは最初から分かってたわよ♪」

 お前さっき文句言ってたやん。世慣れた鋭い女だからマジかもしれんが。

「結局どういうことだってばよイクゾー!?」

 欲しがり屋のキッズたちは我慢の限界みたいだ。

 ルークだけじゃなく、エイミーとソフィアも早く言えって顔をしてる。

 分かった分かった、秘密の構想を教えてやるから心して聞くんやで。

 

アウターウェラウニに商工業地区を作って水路で囲います!」ドンッ


「そうきよったか!」

「いくらなんでも話がでかすぎるだろ……」

「これだよこれ! ホラ吹き貴族はこうでなくっちゃ!」

「ダメだわこの人、早くなんとかしないと……」ボソ

「ウェラウニを市に昇格させるには必要なプロジェクトだな」

「またアタシに黙ってそんな面白い計画を進めてたなんてホント鬼畜よね♬」

 市への昇格プランは町おこしが可決されるまで秘密なのだ。許せ。


「このウルブスシウダーにするじゃと……おぬし、正気で言っとるのか?」


「はい、来週にも町議で町おこしが可決されます」

「ワシは賛成することにしたが、他にも反対する議員がたくさんおるぞ」

「反対派の議員は全員、僕が説得して賛成に鞍替えさせました」

「やりおるわい。既に根回し済みとはのぉ」

「ですから親方、安心して新工房の建設に踏み切って下さい」

 ──職人としての最後の花道を飾ってやる。飛び乗れこのビッグウェーブに!

 俺は目に力を込めてジャック爺さんへアイコンタクトを送りつけた。


「ええじゃろう。これでやらねば木工職人親方代表の名が廃るわい!」


 親方も目を燃え上がらせながらニヤリと不敵に笑った。

 よしっ、これでウェラウニ・キューブの生産体制は目途がついた。

 あとはスケジュールや細かい部分の詰めと意見交換ってところだな。

「ありがとうごさいます。このまま打合せに入ってよろしいですか?」

「もちろんじゃ」

「一番の問題である納期を短縮するためにやって欲しいことがあるんです」

「ほぉ、何かええアイデアがあるのか?」


「夜勤の導入です。職人を三つの班に分けて工房を終日フル稼働させます」


 俺は三交代制がどんなものか説明して親方の決断を待った。

「またとんでもない方法を考えよったな……」

 爺さんは目を閉じて長考に入ったが最終的には理解してくれたようだ。

「しかし手狭な工房を効率良く回すにはそれしかないのも確かじゃ……」

「新しい大工房が完成するまでの苦肉の策です」

「本当にそれで済めばええがのぉ」

 う、気付いてやがるな。さすが長年親方をやってるだけはある。

 実際、新工房が出来た後も夜勤が必要な可能性は高いだろう。

 現工房での三交代制はその良い予行演習になるのだ。フヒヒ


「相変わらずおぬしは小賢しいわい。じゃがその策に乗ってやろう」


「ご理解頂き感謝します」

 イエス! これで初回分1万個の納期がかなり前倒しできるはずだ。

 早く収入を得ないと俺の方もいろいろ不味いんでな。勘弁してくれ。

 その後もジャック爺さんと意見のすり合わせを続けていく。

 話し合いは順調に片付いたので、最後に今後のビジョンを語ることにした。


「木工細工の新工房・新体制を作るにあたり検討して頂きたいことがあります」


「なんじゃ?」

「実はウェラウニ・キューブ以外にも依頼したい仕事があるのです」

「まだ何か策があると言うのか!」

「はい、キューブの大成功は確信していますが、万が一もあります。それに、一つの商品を頼りにして大工房を新設するのはリスクが高すぎますからね」

「その点はワシも危惧しておった。他にも仕事があるのは正直有難いわい」

 どんな儲け話なんじゃと顔を輝かせる親方に俺は期待外れの答えを口にする。


「リコーダーを作って下さい」


「なんじゃい、それは縦笛のリコーダーのことか?」

「はい、楽器の製作は難しいそうですが親方なら余裕ですよね」

「当然じゃ。しかしリコーダーを注文する客なんて滅多におらんぞ」

「ふふふ、その点は抜かりありませんよ。我に秘策アリです」

「またおぬしは小賢しいことを企んどるな。とにかく話してみぃ」

 

「町議員で教育委員長のラーカイルさんはご存じですよね?」


「あの可愛げのない鉄面皮のことじゃろ」

「え、ええ……その形容詞はさておき、先日、委員長の自宅に訪問してこの町の教育方針についても語り合ってきました」

「教育方針? それが何の関係があると言うんじゃ」

「教育委員会には学校のカリキュラムを選択する決定権があります」

「ほぉなるほどのぉ。おぬし、それで何を選択させるつもりじゃ?」ニヤニヤ

 話が飲み込めたのか、ジャック爺さんはイタズラ小僧のような笑顔を見せた。

 

「音楽の授業にリコーダーを取り入れさせます」ニタァ


「やはりそうか。となれば、この町の小中学校から半永久的に注文が入るという寸法じゃな。おぬしという奴はまったく食えん男じゃわい」

「誉め言葉として受け取っておきます」

「これはまた忙しくなるのぉ」

「あ、もう一つ学校関連でやって欲しいことがあるんですけど」

「まだあるじゃと!?」

 さすがの親方も呆れ果てたという顔をしとる。

 だが、このアイデアを聞けば歓喜の涙を流すことになるぜ。きっとな。



「週一で『工作』の授業をカリキュラムに加えます」ドンッ



「まさか、学校で木工細工を教えようと言うのか……っ!?」


「そのまさかです」


「ワシらを学校に派遣して生徒に指導させるということか?」


「ご明察。もちろん学校からは使用する材料費と派遣する職人の人件費を頂きますよ。これも半永久的な仕事になるでしょうね」


「おぬし、一体どこまで……何者なんじゃ…?」


「工作の授業で木工細工の才能がある子供を見つけて、成人したら職人になるよう青田買いするんです。これで有能な後継者に困る事もなくなるでしょう」


「……震えが止まらん……おぬしは…天才か………悪魔のどちらかじゃな……」


「この町の伝統芸である木工細工の衰退を憂いている、ただの男ですよ僕は」

「ふん、ぬかしよる」

 そっぽを向いた高齢の親方の目からは涙がこぼれていた。

 俺はあしたのジョーのEDで教わった通り、気づかぬ振りをしてやるだけさ。

 今日のところはこの辺にした方が良いな。続きはまた日を改めよう。

 俺は立ち上がって別れを告げ皆と一緒にジャック爺さんの工房を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る