第76話 教育委員長テレサ・ラーカイル攻略① ワイロ御殿
「おいおい、教育委員長ってのは……こんなに儲かるのか……!?」
印刷工房にて、銀行プレオープンで配る贈呈品の仕上がりに大満足しながらもティアの伯爵をハメとんする陰謀に気付いて絶望のズンドコに叩き落とされた俺は、ひとまず全てを忘れて次の目的地へ向かった。
今はその教育委員長の豪邸の前で呆然と立ち尽くしているところだ。
「教育委員会にはいくつも利権があるからウハウハよ~♪」
ダークマネー!
「仮にも教育を司る組織が利権ってどういことだ?」
誰がどんな理由で金を出すんだ……素で分からん。
表情に思いっきり困惑をはりつけてギャル子に答えを求めた。
「教育委員会は学校の設備やカリキュラムの決定権、教職員の人事権なんていう伝家の宝刀を何本も持ってんの。そしたらどうなるか分かるでしょ~」
そういうことかよ。
校舎の建設・補修、備品の購入、教科書の選定、教職員の採用・解雇、etc.
確かにいくらでも利権は転がってそうだ。
癒着した業者やドラ息子を教師にしたい上級市民から続々と山吹色の菓子が贈られてくるんだろうなぁ。ホントけしからん。
「要するに、これはワイロ御殿ってところか?」
「ビンビンゴ~♬ この町には小学校が6つと中学校が1つあるから、それはもうビクンビクンと極太マネーが動いてるわ~♪」
えーい、ナチュラルに俺の股間をまさぐるのはやめろ!
このギャルビッチめ、隙あらばエロ街道へハンドルを切ろうとしやがる。
だがお前の魂胆を見抜いた以上やらせはせん。来週の妊活も保留だ。
「会う前から印象最悪だな。とっととケリをつけて帰るぞ」
俺はティアの手を押しのけるように歩を進め、豪邸の正面玄関へと続く大理石の階段を登り始めた。
「そんな簡単に攻略できるかにゃ。ここの主はある意味ラスボスよ~」
なにがラスボスか!
ゴシップ紙の低俗記事を信じて町おこしに反対する程度の雑魚キャラだろが。
「まぁ見てろ。軽くひねって利権ごと全て頂いてやるぜ」ニタァ
─────そんな風に考えていたことが俺にもありました………
「御当主様は先客の応対をされております。しばらくこちらでお待ち下さい」
玄関で来訪の目的を告げると、50代ぐらいの風格があるメイドさんが待合室へ案内してくれた。ガラス窓からの陽光が眩しい横長の部屋には小テーブルとソファーが6セット並んでいる。その一つには綺麗な女性の先客がいたので俺たちは隣のテーブルセットに座り、直ぐに運ばれて来た紅茶に口をつけた……正にその時だった。
ドンッ! ドンッ!
「何事だ?」
思わず午後ティーを噴きそうになったじゃないか。
「二階の方から聞こえてきたわよ~♪」
トラブルの臭いを嗅ぎ取ったのか女監督は妙に嬉しそうだ。
「モグモグ、肉をさばいてる音ではないですネ、モグモグ」
お茶菓子の臭いで目を覚ましていたローラが肉仙人らしい感想を漏らした。
うーん、何にせよ交渉前に変な横やりが入らなきゃいいが……
「私、以前にも同じような音を聞いたことがあります」
おおぅ、隣のテーブルにいる美しい女性が話しかけてきたぞ。
これはチャンスだ。色んな意味でな。
「僕は冒険者ギルドのイクゾーという者です。ぜひお名前をお聞かせください」
「セーラ・ブルマと申します。都市アトレバテスのレディール学生服工房で営業部長を務めている者です」
制服業者の人だったか。どうりで名前がブルセラなわけだ。
しかし、お隣とはいえ田舎町まで部長さんが出張とはちとキナ臭いな。
「教育委員長との付き合いはもう長いのですか?」
「ええ、テレサさんが委員長になられた時からのご縁ですから、毎月こちらに通うになってもう6年になります」
よし、それだけ長くて密な付き合いなら情報もたくさん握ってるはずだ。今の内に少しでも引き出さなくては。とりま、さっきの異音から訊こう。
「先程の大きな音を前にも聞いたというのは?」
「昨年の9月に一度、そして今年1月にもドンと響く音を何度か耳にしました」
「ではこれで三回目ですか……」
ちと尋常じゃないわ。ドジっ娘のメイドでもいたりして。なんてな。
「このお屋敷を改修しているという話も聞きませんので少々不思議です」
「委員長にお尋ねしたことはないのですか?」
「大切なお客様ですから、余計な詮索はできません」
ほぅ、三十路キャリアウーマンな見た目どおり、好奇心で自滅などしない出来る女のようだ。欲しいな、俺が起こす事業に。ついでにハーレムにも。ムフフ
「レディール学生服工房のブルマ様、執務室へお越しください」
しまった!
女部長とのオフィスラブ妄想が
セーラさんは俺たちにお辞儀してから優雅に去って行く。
あーあ、もうちょっと委員長の使えるネタを仕込んでおきたかったわ。
ま、しゃーない。今ある手持ちのカードで戦おう。
「まさか、学生服工房からもワイロを受け取ってるとはな」
工房の幹部が毎月出向くなんて恐らくそういうことで間違いない。
お前は知ってたのかとギャル子にアイコンタクトを送る。
「この町には2千人を超える小中学生がいるから、学生服関連だけでも毎年100万以上のお金が動くわ。そりゃ袖の下も膨らむってもんでしょ~♪」
100万ドポン(2億円)以上……だとぉ……!?
えー、そこまでなるかぁ。制服なんてお下がり着てる子もいるだろうし。
「どうしてそんな大事業になるんだ?」
「学生服工房といっても制服だけじゃないのよぉ。帽子に靴下に靴から通学鞄までゼ~ンブ扱ってるわ。あと体操服なんてのもあったわね」
そういうことかー。
頭から足まで一揃いすべて学校指定の品を買わせてたらそうなるのかもな。
「それに分かってる? 子供は成長が早いし着替えだって必要なのよ~」
あっ、その通りだわ。
最低もう一着はいるよな。それに夏服と冬服があったらさらに二着か。
そのうえ体がどんどん大きくなるから直ぐにサイズが合わんくなるし。
前世では童貞ゆえに子供なんて無縁だった俺には気づけんかったわ……
はぁ、交渉前だってのに何だか凹んでしまったので、テーブルの上に乗せた両腕に頭を突っ伏して気力回復をはかる俺だった。トホホ
「町長代理人のアレー・ド・イクゾー様、執務室へお越し下さい」
10分程まどろんでいたところへ古参メイド再登場。
さて、町おこし反対派議員の討伐もこれがラストだ。詰めだ。
気合を入れなおして向かおう。できれば一撃必殺でサクッと倒そう。
じゃあ行くか。いざ戦場へ!
ドンッ! ドドンッ!
このタイミングでまた謎ドン来たーーーっ。
おいおい、ホント一体何なのこれ?
マジでドジっ娘メイドかどでかいネズミでも飼ってるのかよ。
そんな疑いの眼差しをメイドへ突き刺したのだが、彼女はまるで何事も無かったかのように平然と待合室の入り口に控えている。
やるな。まるで歴戦のメイドのようだ。これは直球勝負するしかない。
「今の穏やかではない騒音は何事かな?」
「未熟な新人メイドが粗相を続けております。失礼致しました」
ドジっ娘メイド実在したっ!
マジかぁ。セーラさんの話だと半年前からいるはずだよな。最短でも。
それが未だにドジ連発とか不器用にも程があるだろ。
ドジっ娘なんてアニメだけで十分だな。リアルでいたら迷惑千万だわ。
「初めまして、僕は
広い執務室の奥にある重厚で大きな事務机で下を向き書類に目を通していた教育委員長は、手ぶりだけで机の前にある椅子へ座るよう促した。そして、俺たちが腰を下ろしても無反応でこっちに頭頂部を向けたままだった……
おいおいおい、ずいぶんなご挨拶じゃないか。
「彼女は秘書のティアで、こちらが護衛のローラです」
埒が明かないので、左右にいるお供を紹介しつつ存在をアピールした。
すると、それでやっと条件を満たしたという風情で豪邸の主は手にした書類を机に置き、ゆっくりと顔を上げる。そして俺は度肝を抜かれた。
──美魔女のロッテンマイヤー!
ギルマスに用意させた反対派議員たちのプロフィールに年齢は43歳とあったが、30代半ばにしか見えん。それも良い塩梅に熟成されたフェロモンが漂っとる。
立ち襟が首まで優美に覆う純白のフリルブラウスは上品の一言だが、爆乳が胸元を大きく迫り出しているため内に隠したエロスがダダ洩れになっていた。
美しい顔はお堅い教育者の仮面と銀縁のメガネで装飾されていて、その奥から冷たくも熱くもない木石のような瞳が俺の目を見据えている。
「教育委員長のテレサ・ラーカイルです。相談というのは?」
これまた心の起伏を感じさせない淡々とした声色なのだが、とっとと本題に入りなさいという心の声がハッキリと伝わってきた。
でもまぁ、サクサク進めるってのはコチラも望むところさ。
「先日の町議で議題にあがった町おこしの──」
「却下します!」
うぉっ、光の速さでお断りされたぞ。
何ぞこれ……この人、町おこしに恨みでもあるのか?
とにかく、はいそうですかと帰ることはできん。食い下がらねば。
「お願いですから、断るにしても僕の話を聞いてからにしてください」
「貴方は町長の代理だそうですが、そもそも、なぜ本人が来ないのです?」
相変わらず無感情な口調なのに、お説教感がビンビン伝わってくる不思議。
「ラムン・トラップ氏は町長とギルドマスターの仕事で多忙を極めていますし、もともと町おこしの発起人にして旗振り役は僕ですから」
「黒幕は貴方でしたか。あの小物にはできない発想ですものね……」
変わらない無表情の中でマドンナブルーの目だけがギラリと光る。そして数秒の沈黙の後、テレサはほんの僅かに口元を緩めながら言葉を発した。
「良いでしょう。私の貴重な時間を12分だけ与えて差し上げます」
短っ! そんなに賄賂を受け取るのに忙しいのかよ。
まぁその件は後からゆっくりと問い詰めてやる。
今は先に目的を達成しておかねばな。
「この町の発展のため、どうか町おこしに賛成して頂けませんか?」
「有り得ません。用がそれだけならお帰りなさい」
12分どこいった!
まだ1分も経ってねーよ。話し合う気ゼロかよ。だが付き合ってもらうぜ。
「なぜありえないのですか?」
「得体の知れない道化師を英雄にして観光客を呼ぶなどというペテンに教育委員長である私が賛同するわけがないでしょう。理解できたらお帰りなさい」
ピエロちゃう、リコーダー仮面や。ついでにペテンちゃうわ。
「それは誤解です。あの事件の説明からさせてください」
「必要ありません」ピシャ
「いやでも、僕はペテン師なんかじゃありませんから」
「訴えられないだけありがたいと思いなさい!」ピシャ~ン
うおっ、まぶしっ。この女の背後に雷が落ちる幻が見えたぜ。
しかしこいつ、俺が苦労して書かせた記事の方を読んでないっぽいな。
「お言葉ですが、教育委員長ともあろう人がアトスポなどという低俗紙の記事を信じるのはどうかと思いますよ」
俺は鞄から高級紙デイリー・アトレブを取り出し、記者のトーヤに書かせた『ウェラウニの笛吹き男』の記事を開いて美魔女に差し出した。意外にも素直に受け取ったテレサは紙面に目を走らせ記事を読み取っているが、俺はそんな彼女の顔を注視しても心の内を読み取れない。まったく鉄仮面にも程がある。
でもこの手のインテリ女は高級紙の権威とかに弱いからな。これで改心するだろ。あとは過ちを悟り傷ついたハートブレイク委員長のケアをすればいい。
よーし、身も心も優しく激しく慰めて俺の虜にしてやるぞー。グフフフフ
「私の決断は変わりません。さあお帰りなさい」
なんですってー!
一流記者がアトスポの自作自演説を完全に否定してるのになぜそうなる。
「高級紙よりゴシップ紙を信じるというんですか?」
この女、容姿は完全に知的キャラなのに中身が残念すぎるだろ。
「貴方は心得違いをしていますね。私はアトスポなど触れたことすらありません。自分の知識と良識によって判断し、町おこしに反対したのです」
えっっっっっっ!?
嘘だろ……アトスポに感化されたってのは俺の思い込みだったんか……
言われてみれば、テレサがゴシップ紙を読んでるなんて誰も証言してない。
自作自演説を理由に反対してるとギルマスが報告したから、俺が勝手に早とちりしただけだ……ありゃりゃ、また俺やっちまったかぁぁぁ。
だがこれで諦めるわけには遺憾。とにかく反論するんだっ。
「しかし、リコーダー仮面が町を救ったのは事実ですよ!」
「彼が本当に英雄なら、なぜ顔を隠す必要があったのですか。正体を明かせないのは何か後ろ暗いことがあるからでしょう」
くっ……大正解でグウの音も出ないぜ。
こりゃ正攻法で責めるのはもう無理かもな。
何を言ったところで、この頑固な委員長が自説を曲げるとは思えん。
仕方ない、このカードはまだ切りたくなかったが、ここで使うしかない。ない。
俺は隣で鼻風船を膨らませているローラの巨尻をつついて合図を送った……
「おやおや、机の隅に積まれている6つの分厚い封筒は何でしょうか?」
「な……どうしてこれがここに……!?」
これまでピクリともしなかった委員長の鉄仮面にピシッとひび割れが入った。
ククク、さすがに焦ったようだな。まぁ無理もあるまい。
鍵のかかった別室にあるはずのワイロが忽然と目の前に現れんだから。
だが闇エルフにかかればこの程度の仕込みは朝飯前なのだよ。
さあ、ラスボスがひるんだところで一気に攻略してやる。
「ズバリ、賄賂ですね?」ドンッ
「なっ………」
急所を一突きされたテレサの鉄仮面のひびがピシシッと大きくなった。
口を半開きにしたまま二の句が継げないでいる闇落ちロッテンマイヤーに、俺はここぞとばかりにトドメを差す。
「教育委員長が巨額の賄賂を受け取るなんて、解任は
思わず杉●右京になってしまった。ノリノリだったからしゃーない。
ともかく、これで勝ったな。
これだけ致死レベルの弱味を握られたら否応もないだろう。
さあ、白旗を上げて兜を脱げ。ついでに服もな……グフフフフ
「
エスパー!
俺の美魔女お仕置きドリームがなぜバレた?
いや違うか。ワイロのことを言ってるんだなこれは。
この状況でまだシラを切るとかツラの皮が厚すぎるだろ。
ひびが入ってた鉄仮面も今は完全に復活しとる。メンタルお化けか。
「では、その封筒の中身は賄賂以外の何だと言うんです?」
「失敬な。これは謝礼金です」
それをワイロと呼ぶんじゃーい!
「一体、なんの謝礼だと言うんですか?」
ええーい、キリキリ吐け。
絶対お前が業者に便宜をはかってやった見返りだろがっ。
「何くれとなく業者たちの面倒をみてあげているのです」
それを癒着と呼ぶんじゃーい!
「教育委員長がそれで謝礼を受け取ったら賄賂じゃないですか」
「失敬な。正当な対価です」
駄目だコイツ、話が通じない。聞く耳もたない。どうしようもない。
焦り始めた俺は仕方なく視線で隣のコギャルに援護射撃を求めた。
「まぁ、謝礼金なんてごく当たり前のことよね」
フレンドリーファイヤー!
このビッチ、俺を援護するどころか後ろから撃ってきやがった。窮地のフィアンセに追い討ちをかけるとかどんだけドSなんだよ。H解禁が楽しみすぎるわ。
それはさておき、これってマジで俺の認識の方がおかしいのかよ……
『文化がちが~~~う!』と叫びたくなってきたぜ。
だがこの戦いはやめられねー。とにかく何か攻め手を見つけないと。
「先程あなたはその封筒の山を僕に見られて動揺していましたよね。賄賂だという自覚があるからじゃないですか?」
これはどうだ。割と痛いとこ突いたはずだが……
「別室にある筈のものが突然ふってわいたので驚いただけです」
あぁっ、確かに。それで100パー筋が通るわ。
また俺の思い込みでフルスイングの空振りをしてしまった。
これでツーストライク、もう後がない。時間がない。何も思いつかない!
脳ミソから脂汗が出てきて仕舞には頭が真っ白になった。
まともに思考することすらできないほどテンパった俺は、もう闇雲にバットを振るしかなかった。
気付いた時には鞄の中から取り出した札束をテレサの前に積んでいた……
「これは何の真似ですか?」
その声でハッと我に返った時にはもう遅かった。
何やってんだよ俺は。これこそ賄賂じゃないか。
正当な対価と判断しない金をこの美魔女委員長が受け取るわけないのに。
またもや盛大な空振りをして三振してしまった。これで試合終了なのかよ。
「ここまでのようですね。今度こそお帰りなさい」
眉間にしわを寄せ歯を食いしばって沈黙していた俺へ、机の上に両肘をつき組んだ両手の上に顔を乗せたテレサが最後通牒を突き付けてきた。
ぐぁぁぁああああ、ここからどう挽回したらいいんだぁ……っ!?
焦燥が極まり撤退もやむなしかと諦めかけたその時、女監督が動いた。
「アタシが何とかしてあげよっか♪」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます