第74話 筆頭司祭ジェローム・ザリガーニ攻略

「皆の中で、絵が上手な人って誰かな?」


  3月16日風曜の朝。

 パーティーメンバーが全員揃っている朝食の席で俺は助けを求めた。

 町おこし第一弾『ウェラウニの笛吹き男で観光客誘致』に町議で反対票を入れた司祭を説得する為のブツがまだ完成していなかったのだ。


「絵でしたら、ピーナがお役にたてると思いますわ」

「斥候の任務にスケッチ能力は欠かせないもんね~♪」

 なるほど。偵察した現場の様子や敵の顔、魔獣の姿とかを絵に描いて伝えられれば、分かりやすくて便利だ。百聞は一見に如かずだもんな。

 そう考えながら素直に感心した表情をその女忍者に向けたのだが、黒髪ロングの許嫁は喜ぶどころか警戒心を刺激されたようだ。


「エロ助、今度は一体何をたくらんでいる?」


 むぅ、企んでいるのは確かだが、断じてではない。

 エマの為にこの町を発展させて市に昇格させるための『企画』だ。

 ウェラウニの笛吹き男をこの町の筆頭司祭に認めさせ、さらに町内だけでなく国中に喧伝し、あわよくば巨額の儲けまではじき出す……

 その為に俺がひねり出したナイスアイデアを今から教えてやる。心して聞けぃ。


「実はね、絵本を作ろうと思うんだ」


「「「「「 絵本??? 」」」」」


 うおっ 、朝から肉を頬張るのに忙しいローラ以外の全員からツッコミ入った。

 しかもこのリアクションは、まさか……

「もしかして、絵本を知らないの?」

「知らんな」

「お恥ずかしいことですが、寡聞にして存じませんわ」

 マジかぁ。

 一から説明しなきゃらんとは面倒くさいことこの上ない。

 ……いや待てよ、これは逆に勝機&商機じゃないか?


「お兄ちゃん、それって挿絵がいっぱい入ってる絵物語のことでしょ!」

 心の妹にして婚約者のレイラちゃんのドヤ顔が眩しい。

 でも、残念ながらちょっと間違ってる。

「惜しいけど、挿絵の多い小説とは表現形式や読者対象がかなり違うんだ」

「へぇ、そうなんだー」

「ま、どーせイクゾーの思い付きなんてロクなものじゃないでしょ」

 俺の子を孕みながらその言い草。女王様は母になってもブレないな。

「モグモグモグモグ、きっとスケベな本のことなのデス。モグモグモグ」

 ロラ子!それ絵本やない、絵ろ本や!


「イクゾー様、絵本とは一体どのようなものなんですの?」

「文字通り、絵が主体の本だよ。全ページに絵が描かれてるんだ」

「それってただの画集じゃな~い。なんかガッカリ~♭♭m」

 そんなダブルフラットマイナーぽい失望した声で言われてもなー。

 ま、どうせ皆に説明するからギャル子の勘違いも正してやろう。


「画集じゃないよ。絵の上に子供向けの短い童話を書くからね」


「あーそれ楽しそう!」

「文字を覚え始めの子供たちに最適な学習本になりますわ。さすがイクゾー様です」

「悪くないアイデアだけど、イクゾーのことだからどうせ何か裏があるんでしょ」

「それで、その絵本とやらで何を企んでいるのだ、エロ助?」ジロリ

 察しが悪いぞ、ピー助。

 反対派議員を俺が懐柔して回ってるのをお前は百も承知だろうに。


「先日現れた『ウェラウニの笛吹き男』を絵本にするのさ」ニッコリ


「え、じゃあこの町が舞台なんだ! お兄ちゃん、私も出てくる?」ドキワク

 その発想は無かったわ。

 でも、ごめんよ。その期待には応えられないだ。

「あの事件にレイラちゃんは関わってないから出て来ません」

「えー、そうなんだー」ショボン

 あぁ、綺麗なお姉さん系の妹が落ち込んでる。何とかならないものか…

 ん、んんん……そうだ、それもアリだな。

 今回は無理だが、次回作でこのパーティーを主人公にすればいーんだわ。


「絵本は他にも作るからね。レイラちゃんたちを主人公にしたのも出す予定だよ」


「やったー!ありがとうお兄ちゃん!」

 満面の笑顔で感謝する巨娘が癒し効果抜群で尊い。

「そこまでワタクシたちに心遣いして頂けるなんて本当に有難いですわ」

「私たちをモデルにするなら変なもの作らないでちょーだいね」

「お婿様のただれたハーレム生活を描くのですネ。やっぱりスケベ本なのデス」

 あ、それ良いな。いつか俺個人用のオカズとして作ってみるか。ムフ


「これって大きな商売になりそうね~♪」ニタァ


 おぉ、世間を良く知っていて貴族社会にも精通したマネージャーが認めたぞ。

 この世界に絵本がまだ無いってのは、マジで商機&勝機みたいだな。

 普通の絵本だけでも稼げそうだが、ウォーリーを探せ的なのや、なぞなぞモノとか、飛び出すしかけ絵本を出せば、まさに飛ぶように売れるぞ! ウシシシシ


「僕たちで新たに絵本市場を作って盛大に稼いでやろうよ」ニヤリ

「その口ぶり、アタシが濡れちゃうような秘策があるんでしょー♪」

「ふふふ、実は確実に売れるアイデアがいくつかあるんだ」

「あぁイイわ~。スッゴイの期待してるわよぉ♪」ペロリ

 エロい顔で舌なめずりするのは止めろ。股間に響くじゃないか。

 今はエマとの大切な妊活強化週間なんだ。誘惑しないでくれ。

 そんな情けない表情をしていたら、ギャルビッチは勘弁して話を再開してくれた。


「ちょうど今日、贈呈品の件で印刷工房に行くから絵本のことも相談してみるわ♪」


 ついにアレの試作品ができたか! そりゃ本当にナイスタイミングだ。

 うーん、時間があれば俺も同行したい。

 ピーナが絵を描くのにどれぐらいかかるかだな。午前中に終われば……

 それを訊こうと女忍者に顔を向けるや否や、カウンターパンチを喰らった。


「フン、結局は金儲けの為に私の技能を利用するつもりかっ」

 おぅふ、そうじゃない。いや、確かにぜにも稼ぐつもりだが、本来の目的は司祭を口説き落とすためのアイテムとして使うんだよ。同じ司祭のエマがいるからこの場では口にしづらいんだよ。そのぐらい察しろ、この鈍感忍者め。


「ピーナ、イクゾー様にご協力しなさい。異論は認めません」キリッ


「はっ、承知しましたエマ様」

 うぉおおおおお! ツル、もとい、エマの一声ひとこえで決まった。

 さすが俺の最愛の魔乳嫁やで。後で感謝の妊活をしないとな。

 しかし、その前に朝のデートが潰れてしまったことを伝えないと。


「エマ、悪いけど牧場にはローラと二人で行っておくれ」

 そしてリーゼちゃんにまたエマ母乳をチーズにしてもらうのだ。

「お気になさらずに。ミルクを届けたら直ぐに戻ってきますわね」

 そしたら午前の種付けをやろうとアイコンタクトしておいた。

 その視線を正しく読み取った女司祭は頬を染めウットリしとる。よかよか。

 さて、俺の方は目途が立ったことだし、他の許嫁たちの予定も聞いておくか。


「ヴィンヴィン……は、今日どうするの?」

 まだ呼び捨てに慣れてなくて噛みそうになる俺だった。

「膨れ上がった魔力を操る訓練がてらクエストをやってくるわ」

「またソロで遠出してくるの?」

「いいえ、今日は助手を数人連れて近場で狩るつもりよ。私たちの名声に引かれてこのギルドにやって来た若手冒険者に仕事を与えてあげないといけないものね」

 へぇ~、あの我儘なツンドラ魔導師が周りの人間に配慮するなんてなぁ。

 やはり、子供ができて色々と余裕がでてるようだ。良い傾向だわ。

「さすがだね。朗報を期待してるよ」

 青肌の女王様は当然でしょとばかりにフンと鼻を鳴らした。


「レイラちゃんは?」

「私もエイミーちゃんたちとミッションに行ってくるよー」

 んん、ミッションって何だ……クエストとは違うのか。

「そのミッションというのは何かな?」

「えーと、ギルド専属の冒険者になるとやらないといけないの」

「専属冒険者へ課される強制依頼が専属者任務ミッションですわ」

 なるほど。今リハーサルやってる金庫室の守衛と同じだな。

 しかし、エイミー、ルーク、ソフィアのアイリーン・チルドレンと一緒かぁ。

「うーん、ルークは頼りにならないから、お兄ちゃん心配だよ」 

「安心して、アイリーンさんたちも来てくれるからヘーキヘーキ!」

 ふむ、あの元女軍人が同行するなら何かあっても切り抜けられるだろ。

「それなら大丈夫だね。ところで、どんな任務なの?」


「このあいだ見つけた不帰ふきの森の入り口に印を付けて回るの」

「冒険者たちが誤って侵入しないよう、境界線上の木々にロープを張ったり目印を打ち付けたりするのですわ」

「あぁ、それは重要な仕事だね」

 不帰の森は俺にとっても重要だ。

 25万ドポン(5000万円)あった俺の金もここ最近の仕掛けで底を付くどころか、今後の支払いを加味すると莫大なマイナスになる。

 だから、可能な限り早く不帰の森へ行って絶滅危惧種の野獣を捕獲するクエストを達成せねばならん。上級冒険者メジャーに昇格してヒモ男のレッテルをはぎ取る為にもな。

 ふぅ、やるべき事が多すぎて目が回るわ。

 とはいえ焦ってもしゃーない。一つずつ片づけていこう。

 まずは、この町の筆頭司祭を堕とす絵本の作成からだ……



「これが、絵本『ウェラウニの笛吹き男』の草案ドラフトの下描きだ」


 玄関でエマとローラ、ヴィンヴィン、レイラちゃんを見送った後、自室に戻って下描きの紙を手に取りピーナの部屋を訪れた。

 今後、絵本の販売を仕切ってもらうティアにも来てもらっている。

 

「成る程な……この教会への配慮は町議で司祭に賛成票を入れさせる為か」 


 見開きページを想定した横長の紙を手に取った女斥候は一目でそう看破した。

 そして、そのまま二枚目、三枚目と目を通し、あっという間に読み終える。

「ふむ、これならあの堅い司祭も賛成へ転ぶ可能性が高いな」

「だろう」ニヤリ

 権力者へのヨイショは社会人時代にさんざんやらされたからな。お手の物だ。


「二人だけで盛り上がってないでアタシにも見せてよー」

 ヒョイと草案をピーナから奪ってティアも読み始める。

 エルフにそっくりなプラチナグリーンの髪をかき上げながら、俺の描いたラフ画と文章(ローラ翻案)を翠眼すいがんで追っていく姿がさまになり過ぎててヤバイ。ほんま股間に悪い女やで。


「やるじゃんイクっち~、これならあの老司祭でもビンビンになるわよ~♪」

「おいおい……まぁ、その気になるという意味ならそうかもな」

「でも、このご都合主義のラストシーンはどうするつもり~?」

「俺がから問題ない」

「うはっ、カッコよくて濡れる~♬」ニヤニヤ 

 むむむ、どうやって事実にするのか訊いてこないってことは、薄々リコーダー仮面の正体が俺だと気付いてやがるのか……ゴクリ

 

「そんな事より、私はこの下描きをどう仕上げたら良いのだ?」

 不穏な空気を察してか、ピーナが話題を変えてきた。GJだ。

「俺のアートスタイルは子供向けじゃないし、背景も得意じゃない。だから、温かみのある水彩画でイイ感じに描き直してほしいんだよ」

 デッサンの崩れた萌え絵しか描いたことないから仕方ないのだ。


「いいだろう。直ぐに描き上げるからそこでしばらく待っていろ」

 女忍者は草案を手にしすると応接セットの椅子から立ち上がった。

「え、でも教会や町並みの絵は現物を見ながらじゃないと描けないだろ?」

「メスピっちは、一度見たものは忘れない瞬間記憶を持ってるのよ~♪」

 裸の大将キタコレ!

「いや、マジで凄いな。さすが俺の許嫁。惚れ直したぞ」

「……フン、相変わらず口先だけは達者だな」

「その達者な口先でまた昇天させてあげるから、一つ宜しく頼むよ」

「な……」

 絶句した退魔忍は、逃げるように部屋の奥の机へ去って行くのだった。

  

「でもさぁ、どうしてイクっちがそこまで町おこしに躍起になるわけぇ?」 

 お、そこを突っ込んできたか。

「ギルマスは俺たちを引き合わせてくれたキューピッドだからな。恩返しさ」

 全てはエマと俺自身の為だが、今はまだギャルビッチには内緒だ。

 どうにも掴めない性格をしてるんで、どこまで信用していいか分からんからな。

「ふーん、まぁそういう事にしといてあげるわ~♪」ニヤニヤ

 うわぁ、エロばっちぃニヤケ顔だなぁもう。ほんと得体の知れん女だわ。

 交渉通り、三カ月以内に孕ませて本当に爵位を買ってくれるまでは信用できん。


 という訳で、俺は話題を変え、爆売れ間違いなしな絵本のアイデアを語った。

 するとその秘策に大興奮したやり手のティアは、直ぐに販売戦略ミーティングを始め、俺たちは激しくそして楽しく意見を出し合った。

 二人で夢中になって絵本市場開拓を模索しているとあっという間に時間が過ぎた。

 気付けば、完成した絵本の草案を持ったピーナが呆れ顔で背後に立ってたわ。

 よーし、これで予定通り、午後から司祭を攻略しに行けるぜ!


 その後、直ぐに帰宅したエマと妊活した俺は、昼食後にローラとティアを伴ってこの町の筆頭司祭がいる中央教会へと向かった。

 ちなみに、ピーナは裏任務でアトレバテスへ行き、エマはお留守番だ。

 スチームカーが見えなくなるまで見送ってくれた魔乳司祭の想いに俺は絶対に応えなくてはならん。さあ、やったるでー。




「これがその『絵本』……なるものですか…」 


 仲間を従えて教会付属の司祭館を訪問した俺は、目的を告げると早速、ジェローム・ザリガーニ司祭を口説きにかかり、渾身の作品を手渡した。

 この老司祭が町おこしに反対したのは、人々がウェラウニの笛吹き男を偶像視することを危惧したからだ。

 だから俺は、笛吹き男は決して神のライバルではない、むしろ神の忠実なしもべであることを絵本の中に盛り込んでやった。


 ジェローム司祭が手に取った絵本の草案の一枚目には、この教会の祭壇の聖乙女像に祈る青年とソーマ大陸の絵が描かれている。

 ピーナの水彩画は文句なしに傑作だった。

 その感動的な絵の邪魔にならない場所に物語が子供向けに書かれている。


『みどりのほしティラネスのソーマたいりくは、ウマが西へはしっているようなかたちをしています。

 そのウマの顔になるところが、大ニルトゥピア島です。

 はるか昔には、たいりくとつながっていたのですが、クビのところが海にしずんでしまい、いまは島になっています。

 大ニルトゥピア島でいちばん大きな国が、セクスランド王国です。

 この国のへいわな町ウェラウニでは、ひとりのまじめでねっしんな信者のせいねんが、りっぱな司祭さまのいる教会で神にいのっていました。』


「ほほぅ、この素晴らしい絵に描かれている祭壇は正に当教会のものですな」

「はい、ご立派なジェローム司祭様のおられるこの中央教会に相違ありません」

 ヨイショーと心で叫びながらゴマをすった。果たして効果はいかに?

「そうであろう、そうであろう」ニンマリ

 うはっ、謙遜知らず。聖職者なのに慎みってものがないわ。

 だがまぁ、この様子なら作戦の滑り出しは上々のようだ。


 その後も興味深そうに絵本の草案を読み続けた老司祭は、ソウスカンクによる町の危機に対し、青年が神の啓示を受け縦笛を授かる場面で「むほっ」と唸り、リコーダー仮面となった青年が魔獣を森に返したあと、神に与えられた神聖な縦笛をこの教会で司祭に返上するというラストシーンで歓喜の悲鳴を上げた。

 しばしその余韻に浸ったジェローム司祭は、ゴホンと咳払いしてから俺たちに目を向けると唯一の懸念を口にした。


「この青年は本当に当教会へ縦笛を献上してくれるであろうか?」


「はい。極東の島国ジャパンの貴族たる私が名誉にかけてお約束致します」

「さようか! その尊き行いには必ずや神の恩寵が与えられるであろう」ニンマリ

「かの聖なる縦笛は、この教会にとって聖遺物に等しい宝物となるでしょう」

「ほぅ、そこまでのものかな?」

「私はこの絵本をウェラウニに留まらず、国中の主要都市でも販売するつもりです。さすれば、大勢の巡礼者と観光客がこの町に押し寄せますし、彼らのお目当ての教会では寄進の山が築かれるのは必至かと」 

「おっほぅ! それは正に夢の如き行く末であるな」ニマニマ

「決して夢ではございません。貴方の決断一つで現実となるのです」

「我が決断とは何のことであろうか?」

「ご存じでしょうにお人が悪い。無論、町おこしの町議の件ですよ」


「ふむ、町おこしが可決されねば、この絵本もお蔵入りという結末ですかな」


「ご明察にございます」ニヤリ

 そういうことだ。町おこしに反対から賛成に転向してくれれば、俺は全力でこの教会とお前という司祭を国中に宣伝してやる。その結果、お布施と信者が飛躍的に増えること請け合いだ。

 昨今の教会はスキャンダルや世相のせいで信者離れが起こり絶賛ピンチ中。

 それを、たかだか町議の一票で救ってやろうと言ってるんだぞ。

 さあ、乗って来い!いや、飛び乗れ!このビッグウェーブに!!


「……これも神意である。当教会は主の名において町おこしに協力いたそう」


 フィーッシュ!!!

 よーしよしよし。今回は下準備に時間をかけたからアッサリと釣れたな。

 何より、この老司祭が意外にも俗物だったのが幸いした。

「筆頭司祭様のご英断を賜り法悦至極にございます」

 心の中でディスりながらもヨイショは忘れない俺だった。


「たしか、アレー卿と申されましたかな?」

 俺の名を知らぬはずがなかろうに。さっきも改めて自己紹介したばかりだし、先週にはこの教会であんたから洗礼を受けたんだから。

 要するにこれは確認だな。名前じゃなくて、お互いの立場の。

「どうかイクゾーとお呼び捨て下さい」

 だからこれが正解だ。いくらでもへりくだっておいてやるよ。

 お前に利用価値がある間はな。ククククク


「では信徒イクゾーに尋ねる、笛吹き男が当教会を訪れるのはいつであろうか?」


 ま、そこは気になるよな。

 これが実現しないと、絵本の話が破綻してしまうんだから。

 この教会のバラ色の未来を夢見た老司祭が問い質すのは当然だ。

「明後日の日曜でございます」

「なんと! そんなに早く……しかも日曜日とな……!?」

 どうやらその意味に気付いたようだな。

「そうです。仕事が休みで住人のほとんどがこの町にいて、教会のミサへ出かける日にリコーダー仮面が現れます」


「民が注目する中、私が町の英雄から笛を受け取り祝福を授ける……」


 ゴクリと老司祭の喉が鳴る音が司祭館の応接間に響く。

 ジェローム・ザリガーニはしばしの間そのまま妄想の世界に浸っていたが、やがて両目を開けて現実に帰還すると、本日一番の笑顔でゆっくりと頷いた。

 だが、まだだ。

 ここから更にあんたをご満悦にして、俺の虜にしてやるぜ。


「当日は何故か偶然にもアトレバテスの高級紙の記者が居合わせる予定です」


「くひょっ、つ、つまり……当教会とこの私が…し、新聞に………!?」

「ご明察にございます」ニヤリ

 田舎町の司祭が脚光を浴びることなど一生に一度の栄誉だろう。

 さあ、素直に喜びを爆発させてもええんやで。

「フォッオーフォッフォッフォッフォッフォフォッフォッフォー!」

 バルタン星人!?

 興奮しすぎて血管が逝ったんじゃ……ちと喜ばせ過ぎたか……ゴクリ


「ふぅ……お若いながらさすが貴族ですな。噂通りの手腕、感服しましたぞ」


 ほっ、正気に戻ってくれた。

 しかし、噂通りってなんだ?

 ……あ、同じく司祭のエマが俺のことを惚気のろけつつ自慢してたのかもな。

 ここにも手伝いに来てるから、その時にエマ道場のことでも話したんだろう。

 ともかく、そのエマを司教に昇進させる為にも、聖職者の仲間は一人でも多く欲しい。この爺さんにも魔乳嫁の後ろ盾になってもらうぜ。絶対にな。


「その手腕をもって今後も教会とこの町の発展に尽くす所存でございます」

 ──だからお前も俺に手を貸せ!

 目に力を込めて視線でそうメッセージを送った。

「……すべては神の御心のままに」

 これで察しなさいと老司祭の目は語っていた。

 ま、聖職者がいち信者に肩入れするなんて言葉にできんわな。

「末永くご助力をお願い致します」

 

 老司祭はソファーから立ち上がり右手を差し出すことで返答とした。

 俺も立ち上がってジェロームのそばに行き、うやうやしくひざまずいてから右手にはめられた指輪の大きな宝石に口づけをした。

 それが交渉成立の証となる調印であるかのように。


 こうして俺はこの町の筆頭司祭ジェローム・ザリガーニを攻略した。

 

 さて、残る反対派議員は、教育委員会の委員長だけだ。

 こいつはアトスポの低俗記事を信じるアホだから簡単に手玉に取れるだろう。

 どうやら、町議の根回しの方は終わりが見えたな。

 我ながら上手いことやったもんだ。ホント自分を褒めてやりたい。

 俺は湧き上がる達成感に酔いながら、仲間を従え意気揚々と司祭館を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る