第73話 銀行プレオープンに暗雲

「初回1万個は、30ドポン(6000円)で売ります」ドンッ


 どうなんだ自信皆無の俺の値付けは? ジャック親方のジャッジは如何に?

「平凡じゃの」

「えっ」

「高過ぎもせず、安過ぎもせずか。ディックはどうじゃ?」 

「私はちと安かろうと思います」

 安い!

 俺的には少し高いと思ってたんだが、このぐらいでないと職人を食わせられんと判断した結果だったんだよ。てことは、次も計画通りで行けそうだな。フフフ


「ワシらへの発注価格は?」

「20ドポン(4000円)でお願いします」

「妥当じゃの。むしろ良心的じゃ」

「1万個の発注なら20万ドポン(4千万円)ですか。イクゾーさんはよほど自信がおありのようだ。在庫リスクをはなから除外してますねえ」

 大工のディックが愉快そうな顔で感心とも呆れともとれる所見を述べた。


「おいイクゾー! 20万はさすがにねーよ。詐欺は止めとけって!」 

「やっぱりレイラちゃんからお金を騙しとってたのね。このヒモ男」ボソッ

「アハハハハ、ホラもここまで吹き飛ばせば痛快だよ。キミってやっぱり最高」

「パーティー担当としては看過できん博打だ。エマ殿らと審議させてもらおう」

 はぁ、ほんとお前ら何しに来たんだよ。護衛の仕事とか完全に忘れてるだろ。


「黙らっしゃい! 外野は静かにしておれ。これはワシらの商談じゃ」

 お、爺さんが俺の代わりに吠えてくれた。もっと言ってやってくれ。

「おぬし、初回の1万個は30ドポンと言うたの。その後はどうするんじゃ?」

 気付いてたか。職人としてだけでなく商売人としてもやり手かもしれんな。


「初回分が売り切れるスピードによって幅を決めますが、値上げを敢行します」

「1万個完売が前提か。ほんまに強気じゃのお」

「間違いなく発売から1カ月もしない内に品切れになりますからね」

「何処の誰が30ドポン出して1万個買ってくれるというんじゃ?」

 んん、これは俺を試してるのかな。

 マーケティングリサーチが出来てるかどうか探りを入れてきたか。

 ここは素直に思ってることを口にしよう。貴重な意見をくれるかもしれん。


「この国は成人となる12歳で就職する者が多くいます。ですから12歳以上の男女は全て購買層と考えて良いでしょう。その人たちには一人でする娯楽というのものが読書ぐらいしかありません。そこへこれが登場すれば皆が夢中になる筈です」

「その可能性は大いにあるの」

「人口2万5千のここウェラウニだけでも5千個は売れるでしょう」

「5人に1人が買うというのか?」

 高齢化した日本ですら高価な任天堂スイッチを10人に1人が買ってるんだ。

 ライバルのいないこの異世界なら決して無理な数字じゃない。むしろ余裕だろ。


「僕が全力で宣伝しますからね。だからあとは……」

「ワシらの腕次第と言いたいのじゃな」

「完成度もそうですが、一番厳しいのは納期になると思います」

「それだけ飛ぶように売れると言いたいのじゃな」

「ご明察です」

 これで言うべきことは言った。あとは爺さんの胸三寸てやつだ。

 その親方は再び俺の書いたつたない設計図を見た後、隣の初老大工に尋ねた。


「おぬしはどう思う?」

「イクゾーさんの読み通りになるかと。人口30万のアトレバテスではどれ程売れるのかと想像しただけで鳥肌が立ちますねえ」ニヤニヤ 

「そうじゃのお。50万のベルディーン、100万の王都セクサリア、一体どれ程の人間がワシらの作品に……夢が膨らむのお」ニヤニヤ

 好感触みたいなのは良いが、そろそろ妄想から帰って来てもらわんと。


「ジャック親方、返事を聞かせてもらえますか?」 

 俺の催促で夢から醒めた爺さんは、ゴホンと咳払いしてから真剣な顔を見せた。

「一万個の注文、その条件で有り難く受けよう」

 よしっ、交渉成立!

 随分とハラハラさせられた分、達成感もひとしおだな。

 さあ、帰ろう。直ぐ帰ろう。また変な横やりが入る前に。

 そう思って立ち上がりかけると、案の定、アイリーンに止められた……


「まだ仮契約書にサインをしていない。それに前金の受領書も戴かなくては」


 あっっっ、その通りだわ。

 焦ると碌な事がないな。焦る原因になった女に助けられたのは癪だが。

「そうでした。ジャック親方、契約書の用意をお願いします」

「しばしここで待ってもらおう。事務室で作成してくるでな」

 そう言うと親方は、爺さんとは思えない身軽さで足早に部屋を出て行った。

 あ、丁度良いな。大工職人のディックにエマ道場の相談をしておこう。


「ディックさん、ちょっと聞いて欲しい話があるのですが」

「私で良ければお聞きしましょう」

「実は、道場の建設を考えているのです」

「さらに道場ですか。剛毅ですねえ」

「その設計と建築を大工職人の親方代表に依頼したいので紹介して頂けませんか?」 

 あれれ、ディックが困った顔をしてるぞ。

 恐らくあんたにも仕事が回ってくるんだから悪い話じゃないのにどうしてだ。


「イクゾー殿、さすがにそれは失礼というものだ」

 はぃいいい?

 何でそうなる。意味が分からんわ。

 今度は俺も困った顔をしてディックに何が悪かったのかと目で問いかけてみる。

 すると、驚きの返事が返ってきた。


「実は、私がその親方なんですよ」

「えっ!? だって大工職人の親方代表の名前はリチャード・ビルダーですよね」 

 彼も町議員の一人だからギルマスに作らせたリストを見て知ってるんだぞ。

「ディックはリチャードの愛称でしてね」

 愛称トラップ!

 完全にハマった。リッチとかチャドなら分かるがディックは卑怯だろー。

 全然リチャードの面影ないじゃん。かすりもしてねーよ。

 バットとボールが30センチぐらい離れた空振りもいーとこだろこれ。

 ふぅ、だが今は理不尽な罠に文句言ってる場合じゃないな。

 この男が町議員のリチャードなら速攻で口説いておかねばなるまい。

  

「これは失礼しました。僕はまだこの国の慣習に不慣れなもので」

「いえいえ、お気になさらないで下さい」

「貴方も町議員の一人で、町おこしの賛否については保留としてましたよね」

「来週の町議では私も賛成に挙手させて頂きましょう」

「え、宜しいのですか?」

「私はもとより賛成でしたから。ただ、ジャック親方の心情を慮るとどうしても保留にせざるを得ませんでねえ」 

「そういうことでしたか」

 実利と人情の板挟みだった訳だ。

 俺が爺さんを賛成にひっくり返した今は何の障害もなくなったと。

 図らずもこれでまた一人、町おこし賛成派が増えたな。良い流れだ。


「待たせたの」ガチャ


 ジャック親方が対面のソファーに腰を下ろしてテーブルに契約者を置いた。

「商品名を書きたいんじゃが、ルー何とかと言っとったのお?」

「ええ、ルービックキュ────」

 いや待てよ、ルービックキューブそのままじゃ芸がないだろ。

 エマさんの知名度を高める為にエマニュウエル・キューブにするか?

 うーん、何か違うな。娯楽玩具にエマさんじゃミスマッチだ。

 となると……あっ、何も考えることはないじゃないか。

 地名だ! ここウェラウニの知名度を上げる為に地名を使えば良いんだよ。


「商品名はウェラウニ・キューブとします」


「ほぉ、そりゃええ考えじゃ」

「はい。1年後にはこの田舎町の名前が国中に広まっている筈です」

「そりゃ痛快じゃのお」

「僕たちでこの町をウェラウニ・キューブの『聖地』にしましょう」

「どうやってじゃ?」

「ここでウェラウニ・キューブ大会を開くんですよ。各地の予選を勝ち上がった者たちを招待してセクスランドで一番早く解けるチャンピオンを決めるんです」

「おおおぉぉ、国一番の称号か! そりゃたぎるのお」

「優勝者には賞金とジャック親方特注ウェラウニ・キューブを進呈します」

「賞金だけでええじゃろが」

「いえ、お金は使えば無くなってしまいますからね。後々まで残る記念品は重要です。それには親方の手作り品が最適でしょう」

「ふん、つくづくおぬしは小僧とは思えんほど小賢しいわい」

 皮肉を吐きながらも爺さんの顔は愉快そうに笑っている。

 どうやらこのアイデアも気に入ってもらえたようだ。

 ノリノリで契約書に『ウェラウニ・キューブ』と書き込み突き出してきた。

 俺はうやうやしく受け取り2枚の契約書にサインすると1枚をコチラの控えとして前金の受領書と一緒にバッグへしまった。

 さて、今度こそ終わったな。今度こそ本当に帰るぞ。


「明後日、親方の試作品を見るのが楽しみで仕方ありません」

 俺は立ち上がって爺さんに右手を差し出した。

「勝手に楽しみにしとれ。ワシは自分の仕事をするだけじゃ」

 親方も立ち上がって俺の右手を握りニヤッと不敵に笑った。

 自分の腕に相当な自信があるようだ。これは期待していいだろ。


「ワシは早速仕事にかかるでな。見送りはせんぞ。勝手に帰ってくれ」

 爺さんは言うが早いか応接間を飛び出して行った。

 唖然と立ち尽くしているとディックが苦笑しながらフォローした。

「素晴らしいアイデアですから早く作りたくて仕方ないんですねえ」

 俺を褒めながら同時に爺さんを擁護していた。さすが年の功だな。

「大工職人の親方代表にそう言って頂けると嬉しいです」

 俺も苦笑いしながらディックに答える。

 それからエマ道場の概要を説明し、ひとまず設計を依頼しておくと、来週の町議が終わった後にまた打ち合わせをしようということになった。



「イクゾー、お前あんな大金どうして持ってんだよ!?」

 ジャック親方の工房の前でディックと別れた途端にルークが詰め寄ってくる。

「俺はこれでも異国の貴族だぞ。多少の持ち合わせはあるさ」

 鬱陶うっとうしいので便利な貴族カードを使ってあしらっておいた。

「フーン、腐っても貴族なのね」ボソッ

 いや腐ってないから。覗き魔に言われたくないから。

「ホラ吹き貴族か。キミらしくて面白いよ」

 今はホラでも有言実行すればホントになるのさ。

 ただ、今回のは予定外というか時期尚早なのは否めないがな。


「とはいえ、これで僕の財布も空っぽだ。必ず成功させないとね」

 実際は貯金ゼロどころかマイナスになるんだよなぁ。エマ道場の建設費・維持費を計算に入れると。マジで何とかしないと破産するわ。

「おいおい、あんなわけの分からん積み木に有り金全部賭ける奴があるかよぉ」

「積み木じゃない。立体パズルだ」

「どちらにしろ20万ドポンを一気につぎ込むなんて正気の沙汰じゃないわ」 

「親方たちだって成功間違いなしって言ってただろう」

「そりゃ向こうは商売だもん。景気の良い事言うに決まってるじゃないか」

 あっ、それは確かにあるな。

 あの海千山千の親方二人が調子良い事言って俺に金を吐き出させた……

 いや、ジャックの方は職人気質の塊みたいな男だったから大丈夫の筈だ。

 あれが演技だったら素直にやられましたと脱帽するしかない。ない。


「とにかく、最初に言った様に今日の事は絶対に他言無用だからね」

「分かってらー」

「その代わり、明後日の試作品チェックには私も行くわよ」

「それいーねー。ボクも付き合わせてもうらよ」

「じゃあ俺も俺も」

「はぁ、どうしてそうなるのさ?」

「レイラちゃんのお婿が文無しになるかどうかの瀬戸際だもの。ちゃんと私が見極めておかないと。ダメっぽいなら縁切りさせないと」

「及ばずながらボクも試作品を見て率直な意見を言わせてもらうよ」

「今時、木のオモチャなんて売れるわけねーってことを分からせてやるよ」

 お前らぁ、ルービックキューブの実物を見たら絶対に驚くからな。見てろよ。

 特にルーク、お前は腰抜かすこと請け合いだ。ウンコ漏らすなよぉ。


「私も同席させてもらおう」

 アイリーンお前もか!

「どうしてです?」

「イクゾー殿が経済的に困窮するとパーティーにまで影響が及ぶのでな」

 まぁこの女の立場では仕方ないか。

 それに実物を見てもらって納得させておいた方が後々面倒も少ないだろ。

「分かりました。じゃあ明後日はみんな朝一にギルドで集合だよ」

 といことで話が決まり、スチームカーに全員乗ってギルドへ戻った。

 もう夕方になろうとしていたので、残りの反対派議員、司祭と教育委員会の委員長の説得は明日に回した。司祭を口説くには準備も必要だしな。


 ギルドでエマたちと合流して家に帰り、婚約者6人と一緒に夕食をとった。

 その後、いつもより早めにエマの部屋に行って俺たちが妊活を楽しんでいた頃、都市アトレバテスの片隅にある小汚い酒場の薄暗いテーブル席では、悪党たちによる物騒な話し合いが行われていた……




「見ろよ、この痛々しい広告を」バサッ


 今日発売の日刊紙デイリー・アトレブが粗末なテーブルに投げ落とされた。

「なんだこりゃ?」

 いかにも頭の悪そうな男が気だるげに聞いた。

「ウェラウニの町で銀行がオープンするんだとよ」

 新聞を持ってきた性格の悪そうな男が答える。

「ここを襲うつもりか?」

 表情の無い病的な顔をした男が抑揚のない声で問うた。

「当然だろ。こんな美味しい話は滅多にないぜ」

「だけどよー、銀行の金庫なんて手が出ねーんじゃねーか?」

 神経質そうな痩せ男がもっともな疑問を口にしたが、計画を持ち掛けている男は自信満々で用意した言葉を披露する。


「だから金庫に入る前に奪っちまうのよ」


「どうするつもりじゃ?」

 これまで黙っていた大男がドスの利いた声で問い質す。

「このプレオープンでは先着300名に贈呈品が配られるとかでな、当日は始業前から大勢の客が表に並んでるってわけさ」

「しかも手に手にお宝を持ってという訳じゃな」

「そういうことよ」

「とっちゃれとっちゃれ」

 大男の隣に座る小柄な老人が甲高い声で叫びクケケケケと笑った。


「ギルドの奴らだって馬鹿じゃない。腕利きの冒険者たちに守らせる筈だ」

 病人のような男が小さな声で問いかけた。

「そのギルドご自慢の腕利きってのがこいつらなのさ」

 男は邪悪な顔をさらに歪ませながら新聞のイラスト広告に指を押し付けた。

「あぁぁん? この女どもが用心棒だってのか?」

「文字の読めねえお前に教えてやるとだな『私たちセクスエルム・シスターズが護る!』って書いてあるんだよ。こんなに大きな文字でな」

「そいつら聞いたことあるぞー。ヤバイ女たちなんじゃねーか?」

「ベルディーンで遺跡を見つけて有名になったが強かねえ。都会から追われてウェラウニなんて田舎町でくすぶってるやがるのがその証拠さ」

「じゃったらお前らスチームカー強盗団だけでやればえーじゃろがあ、ケイン」

「さっき言ったろお。開店前に大勢の客から奪うんだ。正門と裏門を抑えなきゃならねえ。俺たちだけじゃ無理なんだよ」

 スチームカーで轢いてから金品を奪う卑劣な連続強盗団の主犯ケインは、煮え切らない悪党どもに痺れを切らし、呆れた顔でやれやれという仕草を見せた。


「お前らがこんな女子供に恐れをなして仕事が出来ねえって泣きを入れるのなら、俺は他のならず者に話を持っていくだけさ」

 安っぽい挑発だったが効果は絶大だった。

 これで断ったらゴロツキ連中から舐められる。

 そのうえケインが他のならず者と銀行強盗を成功させようものなら、尚更立場が無くなりこの街ではもう悪党として生きていけなくなるだろう。

 追い込まれた男たちは殺気立ち一触即発の雰囲気が重く垂れこめる。

 無言で睨み合い何の益もない争いが生まれようとしていたその時……


「とっちゃれとっちゃれ」

 空気を読むという機能が備わっていない老人の楽し気な声で、弾ける寸前だった緊迫感が一気に霧散した。

 両陣営のどちらも、ふぅというため息を漏らし、表情が緩んだ。

「ジジイが取れというなら、やるしかないじゃろお」

 リーダー格の大男が最終判断を下した。

「頼りにしてるぜ、エイベルの旦那」

 ケインは内心の歓喜を抑えながら椅子に浅く腰をかけて当日の段取りを語り始め、それを聞くエイベルたちの顔には悪そうな笑みが浮かんでいった。


 良かれと思って新聞に掲載させた広告が、銀行プレオープンに凶悪な影を落とそうとしている悪漢たちにも見られていた事などまるで知らない俺だった……

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