第72話 木工職人の親方ジャック・ジバルディ攻略

「不覚にもイクゾー殿を過小評価していたのは私も同じだったようだ」


 町おこしに反対していた保安官モーガン・サザーランドの説得に成功した俺は、保安官事務所を出て次なる獲物を仕留めに向かった。

 その道中、護衛として強引に付いてきてスチームカーを運転しているアイリーンが、後部座席にいる俺へ反省の弁を投げつけてきたので、どうリアクションしようかと考えていたらルークが話に乗っかってきた。


「俺も見直したぜ。経済ヤクザのアーク・ドイルを討伐してたなんてよ!」

 ってねーよ。本当に話をしただけだ。しかも土地まで買ってやったんだぞ。

「私もイクゾー君がただのヒモじゃなくて安心したわ。それに何だか本当にこの町が市へ昇格するかもって思っちゃった。皆をその気にさせた責任取りなさいよね」

 レイラちゃんは責任をもって幸せにするが、お前らのことなど知らんわ。なんて思ってると、助手席のソフィアが身体をこっちに向けてきた。

 そして軽い調子で口にし始めた言葉に俺は度肝を抜かれる。


「イクゾー、キミはまさにウェラウニの笛吹き男」

 ドッキンコ!

 げぇ、何でバレた!? そんな要素皆無だったろ。ヤバイとにかくヤバイ!

「──ならぬ、ウェラウニのホラ吹き男だね」ドヤ

 ダジャレかーい!

 あぁ驚いた。神官だからエマみたいに心が見抜けるのかと思ったわ。

「でも、キミって案外やるんだなあ。ボクも見直したよ」

 見た目お嬢様のソフィアはわんぱく小僧のようにニッと笑った。


「ありがとう。僕も君たちには期待してるからね」

「期待ってどういうことだ?」

 相変わらずルークはアホだな。先が思いやられる。

「本当にウェラウニが6年後に市に昇格したら、ギルドだって今のままじゃダメってことでしょ。私たちだって専属冒険者になれるぐらい成長しておかないと」

 エイミーは術士だけあってお利口さんだな。

 これで覗き癖とチクリ魔でさえなかったら将来が楽しみなのに。


「おおぅ、たしかにその通りだな。ま、俺は元から上級冒険師メジャーになるつもりだったけどよ。6年後なら楽勝だぜ」

「アンタのその自信がどっから湧いて来るのか不思議でしょうがないわ」

 ボソッと独り言のようにエイミーが毒づいた。静かなるツンの発動だ。

「大丈夫だよ。その為の施設をこれから作る予定だからね」

「おいイクゾー! それはまだ秘密のはずだろ」

「そうだけど、エイミーちゃんとソフィアにも参加してもらうつもりだから」

「アンタたち一体何の話をしてるのよ」

「ボクにも参加ってどういうことだい?」

「私も是非聞かせて戴きたい。恐らくそれが町おこし第二弾なのだろう?」

 アイリーンまで喰い付いてきたか。さすがにカンが鋭いわ。


「エマさんが若手冒険者を支援する為の道場を建てることになりました」

「もう場所だって決まってるんだぜ」ムッフー

 何故かルークが得意げだ。

「あのエマ司祭がボクを指導してくれるなんて凄く嬉しいなあ」

「だけど、私たちには道場に通うような時間もお金もないわよ」

「聞いて驚け!道場の門下生には助手と同じ日当がもらえるんだぜ!」ムッフー

 またも何故かルークが得意満面だった。


「嘘でしょ!? そんな都合の良い話がある訳ないわ」

「エマさんの善意だよ。お金と時間が無くて才能を磨けずにいる若い冒険者の為に自分の財産を投げうって支援しようという崇高なこころざしなんだ」

「あぁやっぱりエマ司祭は素晴らしい人なんだなあ」ウットリ

 そうだぞソフィア。だからもっとエマを崇拝しなさい。信者になりなさい。

「成る程な。吸収能力の高い10代前半の若者に訓練を課して精鋭に育てようというのか。市への昇格に向けて待ったなしのギルド改革の為に」

 ま、それは表向きの理由で本当の狙いはエマ親衛隊の創設だがな。ククク

 


「失礼しまーす」

 次のターゲットである木工職人の親方代表の工房に到着した俺たちは、開け放たれた大きな扉から中へ入って行った。

 20人近い弟子たちが働いてはいるが、何だか元気が無い。暗い。空気が重い。

 ともかく、声をかけて俺の身分と来訪の目的を告げると、アラフォーのしょぼくれた男が親方のいる二階へと案内してくれた。こりゃココも説得に苦労しそうだ。


「初めまして、僕は荒井戸幾蔵アレイド・イクゾウです。親方に相談があってお邪魔しました」 

「ジャック・ジバルディじゃ。異国の貴族が相談とは来る所を間違えとらんか」

 70代に見える白髪の老人がいきなり不愛想な挨拶をしてきた。

 苦笑いしながら勧められたソファーに座る。木工職人の事務所らしく全て木で作られたソファーだ。座面は藤を編んだ様な感じでクッション性があった。


 そしてこの場には既に一人の先客がいた。

 60代ほどの初老の男だ。頭部は見事に禿げていた。

「私はディックといいます。しがない大工職人ですがどうぞ宜しく」

 スキンヘッドでいかつい顔なのに物腰は柔らかい。ギャップ萌えはせんが。

「イクゾーです。こちらこそ宜しく」

 大工か。丁度良い。あとでエマ道場建設の件を相談しよう。

 護衛のアイリーンたちは保管官事務所の時と同じ配置についた。

 右隣に元女軍人、左隣にソフィアが座り、後ろにルークとエイミーが立った。


「来る所を間違えてなんていませんよ。僕は親方と話がしたいのですから」

「坊ちゃんはこの年寄りと何の話をしようというんじゃ」

「先日の町議で町長のラムン氏が提案した町おこしの件です」

「そんなこともあったかのお」

 おいおい、この爺さんボケが始まってるんじゃないだろうな。


「金属加工職人の親方が賛成したから貴方は反対されたと聞きました」

「おおっ、あれの事か。確かにその通りじゃ」

「そんな理由で反対されるのは議員としても親方としてもどうかと思いますが」

「ふん、異国のお坊ちゃんには分からぬ事よ」

 そう突き放されたら話が終わっちまうだろ。ここは喰らい付かんと。


「この国に骨を埋める決心をした僕にどうか事情を教えて頂けませんか?」

「お若い異人さんがここまで言ってるのだから話してあげてはどうですか」

 渋い顔をして黙っているジャック親方の背中をディックが押してくれた。

「まあええじゃろ。どうせヒマじゃしの」

 金属製品に押されっ放しとは聞いてたがそんなに仕事ないのかよ。

 それなら、そこを突破口にするのもアリかもな。


「この町は元々、木工細工で細々とやっとった小さな村じゃったんじゃ」

 へぇ、それは知らんかった。町に歴史アリだな。

「それはアトレバテスも同じでな。向こうはガラス細工で生活しとった」

 それは聞いてる。そのガラスで瓶詰め工場を作ってブレイクしたんだよな。

「そのお隣さんが、あれよあれよという間に大きな都市になるにつれ人で溢れていくと、住みきれん者がここに住むようになった」

 アトレバテスのベッドタウンとして村から町になっていった訳だ。


「最初は良かったんじゃ。人が増えて町になったんで郵便局や病院や学校といった施設が充実した。駅馬車も通うようになった。ワシのご先祖様も日用品の注文がどんどん入るんで弟子を増やした。そしてこんな大きな工房にまでなった……」

 まぁでもいつか頭打ちになるよな。独自の売りが無いベッドタウンの宿命だ。


「じゃが、ワシの爺さんの代で町の成長が止まってしもうた。それだけでも痛手じゃったが、さらにアトレバテスの工場で作られた金属製品が押し寄せてきたんじゃ。爺さんはあっちまで出向いて役所に嘆願までしたんじゃが、ろくに話も聞いてもらえずに追い返された。それどころか、奴らは……ぐぬぬぅ…」

 大丈夫か爺さん? 憤死するなら俺が帰った後にしてくれ。


「奴らは金属加工職人をこの町へ送り込んできよったんじゃあ!」クワッ

 あちゃー、懇願して弱味を見せたら、トドメを差しにこられちゃったか。

「アトレバテスからの刺客によって、ワシら木工職人は一人また一人と消されていった。泣く泣く刃物を置いて賤業に身を落とす生き地獄を味あわされたんじゃあ」

うーん、気持ちは分からんでもないが、競争社会とはそういうもんだよ。


「絶対にワシは金属加工職人と同じ道は行かん、同じ船には乗らんのじゃい」

 これはダメだな。爺さんから数代に渡って私怨をこじらせまくってる。

 となると、親方という立場を突いて攻めるしかないか。

「しかし、この工房にはたくさんのお弟子さんが働いてますよね?」

「半分は出戻りの弟子じゃよ。自分の工房を潰されてしもうたんじゃ」 

「そうでしたか」

「ここに戻ることすら出来ず廃業に追い込まれた者もぎょーさんおる」

 ふむ、木工職人たちの現状は相当に逼迫ひっぱくしてるようだ。

 やはり、ここがジャック親方の逆鱗でもあり、弱点でもあるな。

 怒らせるのを承知であえて逆鱗に触れるしかない。ない。


「ありがとうございます。事情は良く分かりました」

「説明した甲斐があったようじゃの」

「いえ、僕が理解したのはそういうことではありません」

「どういうことじゃ?」

 爺さんの細められた険のある目を睨み返しながら俺は攻撃を開始した。


「木工職人が没落したのは金属加工職人のせいではなく、貴方たちの自己努力が足りないからだということが良く分かりました」


「な、なんじゃとぉおおお!」ブチブチィ

「鉄が比較的安価で大量に生産できる世の中になったんです。金属製品が巷に溢れるのは時代の流れで止めようがない。それなら、どうして金属製よりも優れた木工製品を新たに考案して対抗しないのですか?」

「たわけ!口だけなら誰でも言えるわ!」クワッ

 よしっ、期待通りのリアクションをしてくれた。

 間違いなくここは勝負どころだ。

 時期尚早ではあるが、アレを使ってでもこの爺さんを釣り上げるべきだ。

 

「僕なら出来ますよ」ドンッ

「なん……じゃと………!?」

「僕ならまだ誰も考えたことのない新たな木工商品を生み出して、不遇を囲っているこの町の木工職人たちに十分な仕事を与えることが出来ると言ったんです」

「そこまで大見得を切っておいて冗談でしたでは済まされんぞ小僧ぉぉ」プルプル

 爺さんが顔を真っ赤にして体を震わせている。さすが親方、かなり迫力あるな。


「イクゾー、お前またやっちまったなー」

「はぁ、さすがに今回はこの場の思い付きでどうなるものじゃないわよ」

「出た! やっぱりキミはウェラウニのホラ吹き男だ。ワクワクしてきたよ」

「数代の木工職人たちが成し得なかったことだぞ。さすがに無謀ではないか?」

 黙ってろって言ったのに。どうしても口を出さずにおれんのだなお前らは。

 俺は護衛たちに静かに聞いていろと目で注意してから切り札を手に取った。


「今からその新製品の設計図をお見せしましょう」ニタァ

 足元に置いてあるバッグには俺が立案した町おこしネタの数々が眠っている。

 その中から目玉とも言える町おこし第十弾を引き抜き、自信満々でテーブルの上にバーンと置いた。

 ジャック親方だけでなく、その隣にいるディックもギルドの面々も固唾を飲んで俺の手元を凝視し一体どんな代物なのかとドキワクしていた。

 さあ、見て驚け! 聞いて驚け!

「これが、生き地獄を彷徨うウェラウニの木工職人たちの救世主────」


「ルービックキューブです!」ドンッ


「「「「「「 ??????? 」」」」」」

 ポカーンという擬音が聴こえてきそうな程、俺以外の6人は茫然としていた。

 予想はしちゃいたが、まぁ仕方ないよなこのリアクションは。

 偉大さを理解できずに戸惑ってやがる……早すぎたんだ。

 まぁ、秘密漏洩を防ぐために、完成図を描いていないし、文字は日本語で書いてるから仕方なくはあるがな。

 やれやれ、このままではらちが明かんから、そろそろ説明してやるとするか。

 

「待てしばし……これは、ほぉ、ふむふむ」

 お、再起動した爺さんが図面を手に取って何やら感心している。

 恐らく頭の中で完成した立体図を描いているのだろう。

 そしてジャック親方の覚醒を合図に他の皆も我に返ったようだ。


「おいイクゾー! これって何なんだよ?」

「ガッカリだわ。こんな歪な四角い積み木のどこが救世主なのよ」ボソッ

「えぇ本当に何だろこれ。ボクには分からないよ。悔しいなあもぉ」

「親方の反応を見るにただのハッタリでは無さそうだが……」

 待てしばし。爺さんが長考に入ってる。その結果が出るまで待つべきだろう。

 3分ほど沈黙が続いた後、ふぅと一息ついたジャック親方が答えを出した。


「これは、立体パズルじゃな」


 当てた!

 やるじゃないか爺さん。伊達に親方やってないわ。

「ご名答です。各パーツのみの素人図面から見破るとは流石ですね」

「ふん、世辞は要らん。褒められるべきはこの発想の方じゃ」

「ありがとうございます」

「平面パズルならいくつか作ったことはあったが、それを立体で実現するという閃きはワシにもできんかった」

「これを親方に、この町の木工職人に注文したいのですが受けて頂けますか?」

「それは願ってもない事じゃが……」 

「何でしょう」

「これは売れるかの?」


「売れます。それも爆発的に」


「その根拠は何じゃ?」

 地球で実証済みだ、とは言えん。

 しかし、この異世界でも実際に爆売れするはずだ。

 ネットどころかテレビやラジオすらない娯楽に乏しいこの世界では、地球より遥かに普及率が高くなっても、遥かにブームが長続きしても何の不思議もない。

 ともかく今は、適当にアピールして作製・販売に持っていかんと。


「子供から大人まで夢中になれるパズルだからです」

「子供にはちと難し過ぎるんじゃないかの」

「解くコツがあるんですよ。後にそれを書いた攻略本を出版する予定です」

「おぬし、若いのにあこぎな商売をするのお」

「誉め言葉として受け取っておきます」

「ディック、大工としてこれをどう見る」

「一言で言えば、『大成功する商品』でしょうか」

「おぬしが言うのなら間違いないなさそうじゃな」ニヤリ

 んん? そうか、この文明レベルの片田舎だと、大工は同時に建築家なんだな。日頃から自分で設計図を書いたりしてるから、脳内でルービックキューブの面白さが十分にイメージできたんだろう。

 さて、その破壊力を理解してもらった所で本題に入らせてもらおうか。


「その大成功する商品を貴方にお任せするのに一つだけ条件があります」 

「今さら何じゃい?」

「来週の町議では、町おこしに賛成して下さい」

「ワシにあの金属加工職人の後追いをせえと言うのか……」

「そのプライドは生き地獄にいる木工職人たちよりも大事なのですか?」

「くっ……」

「その私怨はこの町の伝統工芸の未来よりも重いのですか?」

「……ええじゃろう。弟子たちの為に耐え難きを耐えてやろう」

  フィーッシュ!!

 ふぅ、反対の理由が理由だっただけにどうなる事かと思ったが、何とか上手いこと賛成派に寝返らせることが出来たな。

 しかし、切り札の一つをここで使わされてしまった。

 ルービックキューブはもっと体制が整った頃に万全を期してから世に出すつもりだったんだ。売れるのはほぼ確実だから、類似品が出回る前に勝負を決められるだけの権力と資金力を握ってから発売するべきなんだよなぁ。

 ま、しゃーない。本能がココで勝負しろと告げてきたんだから。

 こうなったらもう今できる最善を尽くすしかない。ない。


「試作品はいつ出来ますか?」


「明日中には満足のいくものが作れるじゃろ」

 早っっっ。複雑なパーツはないがサイズは精密さを要求される。

 それを初めて作るのに1日とは、さすが親方だな。

「では、明後日の午前にまたこちらへ伺わせて頂きます」

 この爺さんなら大丈夫だとは思うが最後にひとムチ入れておくか。

 俺は足元のバッグから札束を二つ取り出してテーブルに乗せ親方へ突き出す。


「手付金の2万ドポン(400万円)です」

「手付で2万じゃとぉ……おぬし、いくつ発注するつもりじゃ?」

「初回はまず1万個でお願いします」

「いきなり1万か! 強気じゃのお」

「この町の木工職人を救うにはそのぐらいでないとダメでしょう」

「ふん、抜かしよるわ」

 ジャック親方の目に火が付いたな。俺の本気度が伝わったんだろう。

 よし、これで用事はひとまず終わったな。撤収するとするか。


「イクゾー殿、販売価格はいかほどに設定するのだ?」

 アイリーンまたお前か!

 どうして話がまとまりかけた所でいつも後ろから刺すような真似をするのか。

「うむ、確かにそれは大事じゃな。ワシもぜひ聞きたいわい」

 ほら見ろ。爺さんが乗っかってきたじゃないか。

 クソ、ここで下手な事を言ったら今までの交渉が全てパーになるかもしれん。

 値段は一応考えてあるんだが、俺もまだこの世界の物価を良く知らんのだ。

 この値付けが吉と出るか凶と出るか。いざ勝負!


「初回1万個は、30ドポン(6000円)で売ります」ドンッ

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