第71話 保安官モーガン・サザーランド攻略

「町を守る砦って感じがまるでしねーな」


 ルークが保安官事務所に入って感じたことを身も蓋もなく表現した。

 残念だが俺の第一印象も全く一緒だ。

 良く言えばアットホーム、悪く言えば弛緩しかんした空気が充満していた。

 事務所内には制服を着た者が10人ほどいるが、誰も俺たちの所へ寄って来る気配がない。緊急の事件だったらとか考えもしないようだ。


「失礼します」

 仕方ないので俺から近くの女性に声をかけ身分と来訪の目的を告げると、アッサリ直ぐに保安官室へ案内してくれた。そんなにヒマしてるんだろうか。

 まぁこの町の治安にとっては良い事だけどな……


「初めまして、僕は荒井戸幾蔵アレイド・イクゾウです。保安官に相談があってお邪魔しました」 

「モーガン・サザーランドだ。貴族様が俺に一体どんな相談があるってのかな」

 身振りでどうぞと勧められたのでソファーに腰をかけた。

 入口に近い右隣にアイリーン、左隣にソフィアが座り、背後にルークとエイミーが立ち、俺を囲むような護衛の配置となった。


「相談というのは、町長のラムン氏が提案した町おこしの件です」

「町おこし? どうしてあんたがそんな事に首を突っ込んでるんだ」

「僕は町長の相談役として町おこしを支援していますから」 

「そいつはまた酔狂なことだ。なんでこんな田舎町を?」

「町長には世話になっているので、ただの恩返しですよ」

「そうかい。でも俺には関係の無い話だ」

 この保安官、どうも投げやりな態度だな。やる気ってもんが感じられん。


「観光客によって町の治安が乱れるから反対されたと聞きました」

「ああ、そうさ。よそ者に俺の町を引っ掻き回されるのは御免だね」

 スッと細められた目が、あんたも同じだよと訴えていた。

「しかし、何かしら手を打たないと町はすたれていくだけでしょう?」

「それも神の思し召しだろ。我がサザーランド家に引き継がれてきた名誉も俺の代で終わる。これもきっと天意さ……仕方ないんだ…」

 モーガンは壁に飾られた4人の肖像画を見ながら重いため息をついた。

 俺は保安官の憂鬱の意味が分からず、しばし途方に暮れていると、アイリーンがその答えを凛と響く声で教えてくれた。


「サザーランド家は、代々この町の保安官を務めてこられたのだ」

「え、保安官て世襲制なんですか?」

「違う。選挙制だ」

 選挙!

 へぇ、町の治安を任せる人物を投票で決めるとか面白い制度だな。


「ウェラウニが村から町になった時に設立されたこの保安官事務所の主は、ずっとサザーランド家だった。俺で5代目になる」

「住民からの人望が厚いのですね。しかし、何故貴方の代で終わるのですか?」

 俺の問いに保安官は苦り切った顔をしたまま答えられずにいた。

 すると、ここでもまたアイリーンが話を繋いでくれる。


「ご子息のバージルには後を継ぐ気が無いのだ」

 なるほど。よくある後継者問題だったか。

 だが、バージルは何で保安官になりたくないんだろうな。


「あの馬鹿息子、都会に出て刑事になりたいなんて抜かしやがって!」

 なるほど。都会に憧れる若者と家族の悲劇がここにもあったか。

 でもこれは俺にとってチャンスだな。

 ここを突破口にして保安官を攻略してみるか。


「それは当然でしょう」

「は? 何がだ」

「若者なら誰しも田舎町の保安官ではなく、市警の刑事になりたいですよ」

「くっ……」

「この町を出てアトレバテスでいち警官から刑事に昇格し、署長にまで登り詰めたクレメンスさんに誰だって憧れますよ。当たり前のことです」

「確かにレミさんは凄い男さ。でも彼は特別だ。真似してどうするってんだ」

「そういうところじゃないですか?」

「今度は何だ」

「貴方のそんな無気力な態度を息子さんは見たくないんですよ」

「それとこれは、」その先は言わせずに畳みかけた。

「観光客なんて来るな、町の発展なんてどうでもいい、貴方がそんな後ろ向きな姿勢では保安官という職に誰が憧れるというのですか?」

「ぐぬぬぅ……」

 どうだ二の句が継げまい。どうせ思い当たることが一杯あるんだろ。


「俺にどうしろってんだ……」

「息子さんが憧れる保安官に、憧れる父親になるしかないでしょう」

「そんなこと……言うのは簡単だがな」

「僕がお手伝いしますよ」

「あんたが何をしてくれるっていうんだ?」

 半信半疑だが、どこかすがるような目をしてモーガンは俺を見ていた。

 これならイケる。魅力的なエサをぶら下げれば釣れる!

 という訳で、ここは勝負だ。大風呂敷を広げてやる。


「貴方をクレメンスさんと同じ署長にしてあげましょう」ドンッ


 ブフォーーーーッ

 盛大に茶を吹いた。左隣に座っていたソフィアが。

 おいおい、見た目はお嬢様神官なんだからキャラ崩壊に気を付けてくれ。

「ソフィア、大丈夫か?」

「キミこそ大丈夫かい。モーガンさんを署長にするなんてメチャクチャだよ」  

「まったくだ。何を言うかと思えばトンチンカンな妄想とはな」

「すまねえ。イクゾーは町一番の無知なんだ。許してやってくれ」

「レイラちゃんも苦労するわね」

「イクゾー殿、自分の言葉の意味を理解しているのか?」

 分かってらー。この町の発展プランは前からずっと考えてたんだからな。


「貴方たちこそ察しが悪いですよ」

 俺はやれやれという大袈裟なジェスチャーをしながら言葉を続ける。

「どうして『署長』という言葉でピンと来ないのかなぁ」

「ほぉ、イクゾー殿はウェラウニを市へ昇格させると言っているのだな」

「その通りです。町から市になる条件の一つが市警の発足ですからね」

 そこの署長にお前を据えてやると言ってるんだ。

 こんな大盤振る舞いは今だけだぞ。さあ乗って来い。カモン。


「ハン、そんな事は夢物語だ。寝言は自分んちのベッドで言ってくれ」

 ダメだこいつ。事なかれ主義で覇気ってもんがまるで無い。

「キ、キミは本気でそんなことが可能だと思ってるのか?」

「もうよせイクゾー、見てるこっちが辛くなってくらー」

「レイラちゃんには黙っててあげるからその辺にしとけば」

「……貴殿には何か根拠でもおありなのかな?」

 はぁ、全くどいつもこいつも夢の無い連中だ。

 何を言っても信用してくれないなら見せてやるしかない。


「これが僕の妄想かどうかは、町おこしの結果で判断して下さい」

「それは無理ってもんだ」

「何故ですか?」

「ドイル不動産の社長が執拗に反対してたからな」

「彼なら午前中に説得して賛成に回ってもらいましたよ」

「なにぃ、経済マフィアのアークを味方に引き入れたってのか!?」

「はい。少し話をしたら快諾してくれました」

「話で動く男じゃない。どんな手を使った?」 

「本当に話をしただけですよ」ニッコリ

 ふむ、滞納野郎を懐柔したことを知ってかなり動揺してるな。

 保安官から見たら奴は経済マフィアらしいから手を焼いているんだろう。

 これで俺がただのガキじゃないと分かってくれたら良いんだが。


「し、しかしだな……」

 あーほんとコイツ煮え切らねー。

「やらない理由を探すのはもう止めませんか?」

「むぅ」

「田舎町の保安官の世襲にこだわるなんて、小さいですよ」

「あ、あんたにとやかく言われる筋合いはない」

「今はまだ、息子に後を託すことよりも、自分がこれから何を成すかでしょう」

 お前だってアラフォーぐらいだろ。老け込む年じゃねーよ。


「息子の6代目保安官より、自分のウェラウニ市警初代署長ですよ!」ドンッ


「ウェラウニ市警……初代署長……この俺が………!?」

 よしっ、その姿を想像して甘い夢を見たな。あと一押しだ。

「そうです。貴方が市警の初代署長として永遠に名を刻むんです」

「本当に俺が署長になれると思うか?」

「住民に信頼され、この町を代々愛し守ってきた貴方以外の誰がなるんです」

「そうだ……確かに俺しかいない!」

「僕は全力で支援することをお約束します」

「なぜそこまで俺のことを?」

「市警の署長ともなれば市議会でも大きな発言力を持つことになります。僕は貴方のような地元愛と正義を持った人になってもらいたいのです」ニコッ

 どうだ、今度こそ落ちただろ。てゆーか落ちろ。

「……良いだろう。あんたの口車に乗ってやろう」

 フィーッシュ!! 

 ふぅ、手こずらせてくれた分、達成感もひとしおだな。


「では、来週の町議では町おこしに賛成して下さい」

「分かった……」

「まだ不安ですか?」

「当たり前だ。ここを市にするには人口を倍以上にしなきゃならんのだぞ」

「安心して下さい。今回の『ウェラウニの笛吹き男』で観光客誘致なんて僕の計画の最初の一歩に過ぎませんから」

「他にも町おこしの策があるというんだな」 

「第二弾、第三弾は既に準備を始めてます」

「何をやるつもりなんだ?」

「まだ言えません。真似しよう潰さそうなんて連中が出ると厄介ですから」

「確かにな」

 秘密にしたのに文句も言わず納得してくれたか。

 どうやら腹を決めたらしいな。有難い。


「イクゾー殿は何年でウェラウニを市に昇格させるつもりかな?」

 おっと、右から横やりが入っちまった。

 せっかく保安官がやる気になったのに、決心を鈍らせる事は言えん。

 ぶっちゃけ、期限なんて考えてなかったけど今決めるしかない……


「6年です。僕はウェラウニを6年でウルブスからシウダーに変えてみせます」

 この国では6という数字が神聖視されてるから説得力あるだろ。たぶん。

「たった6年……だとぉ………!?」

 説得力なかった!

 イカンな。また保安官の顔に不安と不信の影が差してきた。

 ああもぉ、アイリーンが余計な事を言うからだぞ。

 しゃーない、もう一度モーガンのネジを巻いてやるとするか。


「そういうところですよ、モーガンさん」

「だが、たった6年で何ができる」

 弱気の虫が出てきた保安官に、元女軍人が追い打ちをかける。

「ここ6年間のウェラウニの人口は横這いで微増と微減を繰り返しているな」

 この女、俺の護衛どころか後ろから刺してきてるじゃねーか。


「また困難から逃げ出して息子さんに軽蔑される方を選びますか?」

「くっ……」

「たとえ失敗しても挑戦する父親であって欲しい。僕ならそう思います」

「……そうだな」

 一つ頷くとモーガンは家族の肖像画に顔を向け、しばし物思いに耽っていた。

 寂しげな横顔だが、迷いはもう消えたようだ。


「実は俺もな、息子の年の頃に同じことを思ってたんだよ……」

 んん、つまりお前も都会へ出て勝負してみたかったってことか。

「だが俺は簡単に諦めちまった。家族の為だと自分に言い訳をしてな」

 因果は巡る。今度は自分が息子を引き留める番になったわけだ。

「だから、バージルが都会で刑事になりたいと言った時は・・・」

 複雑だわな。都会で落ちぶれるのも心配だけど、見事に夢を実現させて市警で出世していく息子の姿も正直見たくないんだろう。自分が哀れで。情けなくて。


「僕にできるのは貴方にセカンドチャンスを与えることだけです」

 もう何も言わん。あとは自分の好きにしろ。

「有り難く受け取らせてもらうよ。この先どう転ぶか分からんがな」

「それで良いと思いますよ。貴方の人生ですから」

「ああ、親も息子も関係ない。俺が自分の道を切り開く!」

 おおぅ、目に力が、心に覇気が出てきた。

 これなら大丈夫だ。俺の同志として認められる、信じられる。


「長い付き合いになりそうですね。今後も宜しくお願いします」

 そう言って立ち上がり、俺は右手を差し出した。

「こちらこそよろしくな」

 5代目保安官も立ち上がると俺の右手をぎゅっと力強く握る。

 ごつごつとした硬くて熱い手だった。

 長年この町を守ってきた男の手だと感じさせられた。

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