第70話 ボクっ娘だったのか

「21人!? リストの48人中、21人も失踪届が出てたのかっ」


 3月15日水曜の午後。

 アトレバテスからの帰りの車中で、驚きの成果に思わず叫んでしまった。

 アリス・ファイルの命中率が凄すぎる。これは掛け値なしにお手柄だ。


「別に驚くことはあるまい。当然の帰結だ」

「まぁ、狙い通りの結果、ではあるがな」

 とはいえ、正直ここまでハマるとは思ってなかった。

 4、5人当たれば御の字ぐらいに考えてたわ。

 でもこれは嬉しい誤算てやつだ。素直に喜んでおこう。ヒーハー


「あとはウェラウニのギルドでも捜索依頼の有無を確認して、お前が依頼を自分で受ければ良いだけだ」

「ウェラウニには捜索依頼が来てないケースもあるのか?」

「都会と田舎町ではタイムラグが出るのは仕方あるまい」

 そういうことか。ウェラウニのギルドから大きな街のギルドに移籍する者が絶えないのには、こんな所にも格差があるからなんだなぁ。 


「だが悠長に待ってる訳にはいかん」

「ウェラウニには無い依頼はアトレバテスのギルドで受けるんだな」

「ウェラウニだけで手柄を独り占めするのも良くないし、そうするとしよう」

 どちらで受けても俺の功績ポイントは変わらんしな。

 ウェラウニのギルドの実績と依頼成功率を上げるのはエマたちが主役で俺はオマケなんだから無理してもしゃーない。

 しかし、これで功績ポイント63点ゲットか。

 失踪者捜索クエストは一人当たり3点だからそうなるよな。

 そして、最初の冒険者ランク昇格に必要なポイントは36点だ。

 てことは、いきなり五等冒険者に昇格決定じゃないか!

 あ、いきなりルークの奴を追い抜いちまったわ。何か悪いな。ククク



「あった。しかし、どうやらこれで全てのようだな」

 スチームカーがギルドに到着すると、俺たちは早速ギルドビル3Fの冒険者フロアへ行き、失踪者捜索の依頼書が陳列されている棚からお目当てのものをピーナが探し始めた。俺はまだ文字がほとんど読めんので見守るしかない。


「ご苦労さま」

 女忍者の高速サーチをねぎらいながら結果はどうかと目で尋ねる。

「15人だ」

 警察に失踪届が出ていた21人の内、ここウェラウニのギルドに捜索依頼が回っていたのは15人分だけか。残り6人はアトレバテスのギルドで受けるしかない。

「しかし、その15人分の依頼を受けて明日にでも全員見つけたと報告したら、さすがに怪しまれるか?」

「ここのギルドは喜ぶだけで大して気にもしないだろ」

 ハハハ、田舎町の弱小ギルドのいい加減さが逆に幸いするってか。

 ただ、念の為にカモフラージュはしておこう。

 適当にもう15人選んで30人分の依頼を受けておくか。

 捜索依頼の場合は失敗してもベナルティが無いから問題ナッシン。


「あとはお前が一人でその依頼書を窓口に持って行けば良いだけだ」

「了解。じゃあ一旦ここでお別れだな」

 ピーナは再びアトレバテスに行き特命任務についてもらう。

 そして俺自身にもまだこの町でやらねばならん急務がある。

「町内なら危険はまず無いが、一人歩きだと強盗に遭う可能性も否定できん。ルークに話をつけてあるから必ず同行させるのだぞ」

「分かってる。俺の為に世話をかけたな」

 寂しさと愛おしさが込み上げて来たので尻揉み10回を実行した。

 女忍者はもう手を振り払おうとはせず全て受け止めてから去って行った。



「不思議だ……何がどうしてこんな大所帯になってしまったのか…?」

 学校のごく小さな図書室の様に並んでいる依頼書棚から冒険者窓口へ行き手続きをすませ、近くにいた無能剣士を発見したのだが驚きで目を見開かされた。

 平穏な地方の町でも一人歩きは万が一があるということで、確かにルークを雇って同行させる手配になってはいたのだが……


「エイミーちゃんはともかく、何故アイリーンさんたちまで一緒なの?」

 そう、無能剣士だけでなく、覗き魔術士に美少女神官と元女軍人まで付いてきたのだ。

 何故こんな面倒臭いことになってるのさ。責任者出てこい。

「イクゾー殿は大切なキーパーソンだ。ルークだけでは心許ないのでな」

 アンタか!

 ちょっと近所に出かけるだけで即席パーティーの編成までした張本人は。


「しかし、これはちょっと大袈裟ではないですか」

 具体的に言えば、ルークとエイミーだけで十分。ソフィアとお前は要らんぞ。

「貴殿は自分自身を過小評価している。現況分析の正確性に欠けるようだな」

 こりゃダメだ。何を言っても付いてくる。諦めよう。

 小さくため息をついていると、金色の瞳を持つ美少女神官と目が合った。


「今更だけどボクはソフィアだ。よろしくなイクゾー君」


 ボクっ娘!


 漫画やアニメでは昔からよく見かけたけど、リアルでは初めてだわ。

 この異世界の言葉では実際どうなのか知らんが、俺の脳内では『ボク』と変換されて認識したんで、きっとそういうニュアンスの一人称の筈だ。

 俺の中でこの娘の好感度が一気に急上昇したわ。仲良くならねば。ムフ


「こちらこそ宜しくね。ソフィアちゃん」ニッコリ

「ちゃん付けなんてこそばゆいからよしてくれよ」

「分かったよ、ソフィア。じゃあ僕のこともイクゾーと呼び捨てにしてね」

「そうさせてもらうよ、イクゾー」

 美少女神官は俺を見ながら上品に首をかしげて微笑んだ。

 やっぱりイイ。

 ボクっ娘なのにお嬢様のような見た目と仕草というギャップ萌えが凄いわ。

 うん、最初は面倒臭いと思ったけどこの即席パーティーも悪くない。



「お前あんなにまとめて捜索依頼を受けて大丈夫かよ?」

 ギルドビル3階から階段を下り裏庭に出て駐車場へ向かうと、ピーナが置いて行ったスチームカーに皆で乗り込んだ。

 すると、対面に座ったルークから心配の言葉を頂いてしまった。

 冒険者窓口で30人分の失踪者捜索クエストを受けると申請していたのを見られていたようだ。


「とにかくやるしかないだろ。冒険者として上を目指すには」

 逆転の発想という裏技を使って既に発見済みなのは秘密だ。

「まあそうだけどよー」

「フーン、レイラちゃんの為に上級冒険師メジャーになるってのは本当だったんだ」

 エイミー許すまじ!

 ピーナとの情事を覗き見した挙句、アイリーンに密告した恨みは忘れてないぞ。

 それなのになんだ、その獣を見るようなさげすんだ目は……


「エイミーちゃん、何か僕に言いたい事でもあるのかな?」

 白い目で見たいのも文句言いたのも俺の方だわ。いやマジで。

「……結婚を餌にレイラちゃんを騙すなんて私は許さないわよ」

「えっ!?」

「少しぐらいの浮気なら目を瞑ってあげるつもりだったけど、あんなに純粋で疑うことを知らない子を騙すんなんて人間のすることじゃないわ。悪魔よ」

 人間失格!

 おいおい、またどっかで話がねじじれてこじれてるのかよ。


「そうだぞイクゾー、お前のせいで多くの奴らが迷惑してんだからな」

「はぃぃいいい?」

 なんで俺の嫁選びで被害を受けてる奴らが出てくるんだよ。

「俺だってなぁ、てっきりお前は師匠に婿入りすると思い込んでたんだ……」

 だからそれが何なんだよ。

 勝手な予想が外れたからって文句言われても叶わんわ。


「だから、今月の生活費を全部賭けちまったじゃねーかよぉぉぉおおおおお」  

 トトカルチョ!

 俺が誰に婿入りするかギルド内で賭博してやがったのか。

 くそぅ、誰が胴元になって仕切ってるんだ。人の幸せを金で汚しやがって。


「バカね。賭け事なんて自己責任でしょ」

「お前だってオッズを見ながらノリノリだったじゃないか」

 エイミーお前もかぁ。

 俺は今度こそ冷たい白い目でじっと地味メガネを見てやった。


「見損なわないで。私はレイラちゃんの親友なのよ」キッ

「なんだ、じゃあ君はこの賭け事は、」

「もちろん、レイラちゃんに賭けてるんだからね!」ドヤ

 賭けてるやーん!

 しかもお前、レイラちゃんからインサイダー情報を得てただろ。

 ほんとこいつ油断ならんわ。見た目は真面目そうな委員長タイプなのに。


「着いたぞ」

 運転していたアイリーンの言葉でハッと我に返った。

 そうだった、俺は町おこし反対派議員の説得に向かってる所だったわ。

 スチームカーを停めた駐車場の奥にある厩舎から馬のいななきが聞こえる。

 狭い路地とかでは馬の方が犯罪者を追ったりするのに便利なんだろうな。

 そう、俺は今、町で唯一の保安官事務所に来ていた。


「僕は用を済ましてきますから少し待っていて下さい」

 車から降りて皆に伝えると即座に元女軍人から物言いがついた。

「それでは護衛の意味がない。張り付かせてもらうぞ」

 分かっちゃいたけどこうなるか。この人に反論は無駄だ。諦めよう。

「では、ここで見聞きしたことは他言無用でお願いします」

「無論だ。任務中に知りえた依頼主の情報を漏らすのは重大な規則違反だからな」

 アイリーンは大丈夫だろうけど、エイミーは割とスピーカーだし、ルークに至ってはアホだからなぁ。全く安心できん。心配しかないわ。

 おっと、イカンな。

 俺はこれから頭をフル回転させて保安官を説得しなきゃならんのだ。

 余計な心配をしてる場合じゃねー。

 パンと両手で頬を叩いた俺は気を引き締めてから敵地アウェーの扉に手をかけた。

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