第69話 野良犬シェフをスカウト

「これは凄いね・・・正直、ビックリしたよ」


 3月15日水曜の正午。

 アトレバテスの高級レストランでダボンヌ製糸工場のアリスと再会した。

 昨日交わした取引き通り、工場で不当な扱いを受けている不幸な若者たちのリストを作ってきてくれたので、早速チェックしたところ良い意味で驚かされた。


「イクゾー少年は、まだあたしのこと見くびってたんだね」ジト

 その通り。でもこれは認識を改めないといけないかもな。

「いや、経理だから数字には強いかもしれないけど、人物調査まで得意だとは思ってなかったんだ」

「ふふーん、見直してくれたかな」ニヤリ

「大いにね」

 名前や年齢、性別、出身地はもちろん、顔の特徴に身長、体重、スリーサイズ、果ては性格とか趣味とか好きなものまで書いてあるし、肝心の不幸に甘んじている事情も詳しく聞き込み盛り込んであるようだ。

 俺はまだこの国の文字がほとんど読めないので推測ではあるが。


「字も綺麗だしレイアウトも見やすくて助かるよ」

「まあ頑張ったからね」

 報酬をはずんだとはいえ、一晩でこれだけの仕事をするとかマジで優秀だな。

 腐ったリンゴどころか経理としても相当な戦力なんじゃないか。

 となると、疑問が湧いてくる。

 あの策士のマリーがみすみす有能な社員を手放そうとしてる理由はなんだ?

 アリスを俺に引き抜かせて何をさせようとしてるんだろうか。

 きっと、まだこの不良少女には何か秘密がある筈だ・・・

 

「48人分のプロフィール確かに受け取ったよ」

 リストをバッグにしまい、48枚の100ドポン紙幣を封筒に入れて差し出す。

「約束の謝礼だよ。確認して」

 アリスは丁寧に一枚一枚確認しながら数えると興奮で頬を赤くした。

「4800ドポン(96万円)確かに受け取ったよ」ニパッ

「報酬を一括で支払ったけど、情報に不備が多くあるようなら、転職の件は考え直すからそのつもりでね」

「ダイジョーブだって。だから厚遇ヘッドハントで頼むぞー」

 まぁこれだけの事務能力があるなら全然OKなんだけどな。

 マリーの思惑が分からんから一抹の不安が残るわ。



「ピーナ、俺を南署に送ってからギルドへ向かってくれ」

 取引と食事を終えてアリスと別れた俺は店の駐車場で女忍者と合流した。

「警察に何の用がある?」

「署長に信頼のできる不動産屋を紹介してもらう」

「今度は何を買うつもりだ?」

「バランスボールを販売する会社の事務所が必要だ」 

「気が早いな。試作品すらまだ出来てないではないか」

「その通りなんだが、家出少女たちの受け皿を早く作ってやりたい」

「ふむ、そういう事であれば仕方な───」

 言葉の途中でピーナが俺を庇うように前へ動いた。


 ドガッシャーン!


「何しやがんだテメー」

 厨房の裏口から激しく突き飛ばれて来た男が悪態をついていた。

「そんな態度で仕事をされたら迷惑だ。帰れ」

 40代ぐらいの料理人服を着た男が仁王立ちで言い放った。

 何かトラブルのようだな。

 しかし、尻もちをついてる若い男のほうの声には聞き覚えが・・・

 あ、昨日アリスと食事してた時に厨房で怒声を飛ばしてた奴だ。


 料理長らしき中年男は裏口を閉じて鍵をかけたらしい。

 若い料理人はドアをガチャガチャやった後、ドンと叩いて座り込んだ。

「ジロジロ見てんじゃねーぞ!」

 おおっ、今度は俺たちにまで噛みついてきた。狂犬かよ。

「貴様は相手を良く見てから喧嘩を売るべきだったな」ゴゴゴ

 遺憾!

 女忍者のスイッチが入ってしまった。人死にが出るっ。

「あいや!しばらく!しばらく待たれい!」

 とにかく俺が間に入って事件を未然に防がねば。

 慌ててピーナを追いかけて後ろから抱き締めるように止めた。

「放せ、野良犬は叩かれねば学ばんのだ」

「何だテメーは?」

 おいおい、その喧嘩上等な態度は止めろ。マジで野良犬だな。


「俺はイクゾーだ。お前はあの素晴らしい特上ステーキを作った料理人だな?」

「お、分かってるじゃねーか。舌は確かみてーだな」ニヤリ

「だが、あれ程の腕がありながら何故こんな仕打ちを受けているのだ?」

「料理長のクソ野郎が俺を認めねーのさ」

「どうして?」

「知るかよ。独立はまだ早いの一点張りだ」

 ふむ、腕が確かなだけに早く自分の店を持ちたいが許されないという訳か。


「それなら店を辞めて独立すればいいだけのことでは?」

「ハァ? 俺みたいな若造に独立資金を出してくれる奴がどこにいるよ」

 なるほど。言われてみればそうだな。

「独立資金を都合してくれるって言うからこの店で働いてやってんだ。あの野郎、俺をここで飼い殺しにするつもりだぜ」ペッ

 そういう事情か。どうやら、ここにも不当に扱われている若者がいたようだ。

 これも何かの縁か。俺が拾ってやるのが天意だろう。


「この俺が独立させてやろう」

「ガキのくせにナマ言ってんじゃねーぞコラ、こっちは真剣なんだよ」

「俺も真剣だ。これでも貴族なんでな。つまらん嘘で名誉を汚しはせん」

「貴族ぅ!? マジで言ってのんか?」

「南署に行けばクレメンス署長が荒井戸幾蔵アレイド・イクゾウの身分を証明してくれる」

「・・・そのアレー・ド・イクゾー様が、本気で俺に金を出すってのか?」

「もちろん、条件はあるぞ」

「聞かせてくれ」

「半年後にとある施設が完成する。まずはそこで料理長をやってくれ」

 エマ道場では訓練生とスタッフに食事を出す予定だから丁度良い。

 お前の腕と器量を確かめさせてもらおう。


「俺をテストしようってわけか」

「半年間そつなく勤めてくれたら、ウェラウニにお前の店を作ってやる」

「ウェラウニだとぉ? 俺にチンケな町で料理を出せってか」ギロリ

「そこで3年間結果を出せば、アトレバテスに店を出してやる」

「田舎町に高級料理を喰う客なんているのかよ」

 こいつ何も分かってないな。

 料理長が独立はまだ早いと止めるのは、あながち間違ってないわ。

 

「ウェラウニにも上客はたくさんいる」

「信じらんねーな。そもそも俺の味が理解できるのかも怪しいぜ」

「ふぅ、夜にはアトレバテスから上級市民が遊びに来るのを知らんのか?」

「何だそりゃ、初耳だな」

「地元じゃできない様なことをしに別の町へ行くってことさ」

 男も女もヒマと金を持て余した上流階級の人間が、一夜の快楽を求めてウェラウニにやって来るんだよ。今もその道にいるギルマスから聞いたから確かだ。


「それなら俺も腕の振るい甲斐があるってなもんだ」

「この店ほどの高級レストランは町にはまだ無い。上客を独占できる筈だ」

「意外と頭が回るじゃねーか」

 お前が何も考えてなさすぎるんだよ。

「それにお前が店を出す1年後にはウェラウニにも上客が増えているからな」

「そりゃどういうことだ?」

「この俺がウェラウニの町を発展させるってことだ」

「ハッ、大きく出たな」

「そのぐらいの方がお前も安心だろ」

「ああ、お前がどれほどのものか高みの見物をさせてもらうぜ」

「俺もこの店に通ってチェックするからな。半年後までさらに成長してくれ」

「言われるまでもねー」

 味のことだけじゃないんだが、その辺ちゃんと分かってんのかなぁ。

 ま、一度にいろいろ言っても仕方ない。今日はこのぐらいが潮時か。


「じゃあ、最後に聞かせてくれるか?」

「何を?」

「名前だよ」

 若い男はウッカリしてたなと頭をガリガリかいてから名乗った。

「レオン・ベラクルスだ。ヨロシクな」

 レオンは初めて俺たちに笑顔を見せると、スッと右手を差し出してくる。

 握手した野良犬コックの手は意外にも柔らかくて温かかった。



「私がギルドから戻るまで絶対にこの南署から出るんじゃないぞ」

 レオンと別れて警察に来たところで、ピーナに睨まれながら念を押された。

「分かってる。お前と添い遂げるまで死ぬつもりはない」

「フン、先程の啖呵といい相変わらず口ばかりは達者だな」

 憎まれ口を叩くわりには頬を染めて照れてるじゃないか。

「エマを孕ませたら、直ぐに口だけじゃないことを証明してやるからな」

「良いから早く署内に入れ」ギラリ

 夕陽のような赤い目に殺意が浮かんだので、素直に命令に従って駆け込む。

 それを確認した女忍者はスチームカーを走らせていった。 


 クレメンス署長と面会し信用できる不動産屋を教えてもらっている時に、テーブルに置かれていた日刊紙デイリー・アトレブが目に付いた。

 見させてもらうと、トーヤの書いた『ウェラウニの笛吹き男』の記事とソントック銀行プレオープンの派手な広告が載っていて思わずほくそ笑む。


 30分としない内にピーナが戻ってきたので署長に礼を言って警察を後にし、紹介してくれた不動産屋へ行って、いくつかの物件を案内してもらった。そして気に入った物件の仮契約を済ませると、俺たちはウェラウニへの帰途についた。

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