第55話 ピーター親方とバランスボール

『自作自演!? ウェラウニの笛吹き男が町を大混乱に陥れる』


 アトスポぉぉぉおおおお前なにしてくれとんじゃぁああああ!

 いくら大衆向けの低俗紙だからってこれはアウトだろーが。

 せっかく英雄に祭り上げた『ウェラウニの笛吹き男』で町おこしをしようってのに、これ読んだ奴らが信じちまったら全てオジャンじゃねーかぁ・・・

 ま、自作自演は事実だけどな。

 だが、確たる証拠は無いからバレやしねえ。どこかの馬鹿がゲロったりしなきゃなって、ラムン、お前なに震えてやがる、ヤ、ヤメロー。


「こ、こここ、こここここ、これ、これ、何でバババ、バレグフゥ!」ガクッ


 隣でラムンがこと切れた。

 首がカクンと落ちて口から泡を吹き真っ白な灰になった状態だ。

 恐らく護衛として俺の背後に立っていた女忍者の仕業だろう。

 ギルマスが危険なことを口走る前に失神させたんだな。ピーナGJグッジョブ


「ラ、ラムン、お前大丈夫かっ?」

 署長の心配を見越したピーナは用意しておいた言葉を発する。

「町おこし計画が頓挫とんざする衝撃に耐えかねて気を失ったようだ」

 すかさずに俺も乗っかっておく。

「ギルマスはこの計画を町議にかけ熱弁をふるって可決させるつもりでいたのだ。人生を賭けているかのような入れ込み具合だった。無理もない」

「そうですか。ラムンの奴、そこまで町のことを・・・」

「ああ、だからラムンに世話になっている俺も協力を惜しまないできたのだが、こんな悪質な記事で潰されるのは、不本意極まりない!」

 どうにかならないものかと対面に座る署長と記者に顔で訴える。


「是非私に力にならせて下さい!」

 おおぅ、ベテラン記者のブンヤ魂が燃え上がっている。

「トーヤさん、やってくれるかっ」

「はい! 私のペンで必ずや真実を白日の下に晒してアトスポの捏造を暴き、町おこしの一助となってみせます!」

 熱い。熱いなぁ。記者の鏡のような男だ。

 ヤバイ。ヤバイなぁ。真実を暴かれて困るのは俺たちだ。

 しかし、もう賽は投げられた。

 このまま突き進むしかない。ない。


「それは頼もしい。是非お願いする。ラムンに代わって礼を言おう」

「礼には及びません。これは私の使命でもありますから」

 ほどほどに頼む。事態をこれ以上ややこしくはせんでくれ。


「しかし、このアトスポは本当に酷いな。以前、俺も中央公園での出来事を事実無根のことまで書かれて非常に迷惑したのだ」

 チンポ丸出しは事実だったが、勃起させて女性たちに見せつけただの、そのせいで女性が失神しただの面白おかしく脚色してやがった。マジ許せん。


「真に申し訳ありません」

「トーヤさんが謝罪することはない。同じ報道機関とはいえ悪いのはあくまでアトスポだからな。全くどんなゲス男が書いているのやら」

 お下劣な妄想は自分の脳内だけにしろ。俺ですらそれぐらいわきまえとるわ。

「・・・書いたのは女性の記者です」

「アレを女が書いたのか! 全くどんな育て方をしたのか親の顔がみたいものだ」

「返す返す、真に申し訳ございません!」

「いや、だからトーヤさんのせいでは・・・ん、んんん、まさか・・・!?」

「はい、私の娘でして・・・」

 父娘報道合戦!

 はた迷惑な骨肉の争いに巻き込まれちまったかぁ。

 しかし、こんな厳格で公正明大な男からどうしてそんな娘が。

 鷹がトンビッチを産んでしまうとは不幸よな。


 コンコン コンコン


「入れ」

 ノックの音に署長が一言で答えた。

「失礼します。ゴム職人の方をお連れしました」

 さっきの職員が一人の男を部屋へ通す。

「おお、待っておりましたぞ、ピーター親方」 

「すまんな、待たせたようじゃの」

 恰幅の良い初老の男が物おじせずに自然体で入室してきた。

 自分の技能に相当な自信があるのだろう。これは頼りになりそうだ。


「こちらが親方の技術を欲しておられるアレー様です」

「話は若いモンから聞いとる。お前さんワシに何を作って欲しいんじゃ」

「親方、せめて挨拶ぐらいは・・・」

「構わん。話が早い方が俺も助かる。作って欲しい物はバランスボールだ」

「何じゃいそりゃ?」

「大きなゴムボールだ。中が空洞のな」

 両手で円を描いて大きさを示しながら言うと、親方が目を見開く。


「そんなもん作ってどうするんじゃい?」

「それは、」と言いかけた俺を署長が手を前に出して止めた。

「アレー様、もしかしてそれは新たな発明品ではないですかな?」

「んん、まぁそうなるな」

 発明というと大袈裟すぎるが過去にない概念の商品ではあるだろう。

「では、人に話す前に特許をお取りになるべきでしょう」

 特許!

 この異世界にはもうその概念があったのか。

 いや、あって当たり前だ。ここの文明レベルは近世か近代ぐらいなんだから。

 むしろ無いと思ってた俺がアホだったわ。


「ワシは人の発明をくすねたりせんわい!」

 爺さんが不機嫌そうに吠えた。

 細かいことはどうでもいい面白そうなもん作らせろってタイプだな。

 ふむ、この親方なら信用しても大丈夫だろう。

 バランスボールの出来栄えを見てから依頼するつもりだったが、次の計画に必要なブツも前倒しで頼んでおくか。どうせ用途は分からんだろうしな・・・


「俺は親方を信頼すると決めた」

「お前さん、なかなか分かっとるじゃないか」

「アレー様がそう仰るのなら、むろん私に異論はありませんぞ」

 忠告は有難かったと署長に目で伝えてから話を続ける。

 

「バランスボールはその名の通り、乗るだけで人のバランス感覚を鍛える代物だ」

「ほっ、大きなゴムボールに乗るだけでええのか?」

「信じられんかもしれんが、俺の故国でその効果は実証済みだぞ」

「じゃが、そんなもん大して売れんじゃろ?」

「ダイエット効果もあって女性に大人気だ」

「そりゃ売れるわい!」

 実際、地球では世界中で売れてるからな。

 ここでも新聞を使って上手く宣伝すれば爆売れするかもしれん。


「単純に面白いしな。部屋の中で楽しみながら鍛えられるわけさ」

 語ってる内に大成功しそうな気になった俺はドヤ顔で念を押した。

「お前さんの望む大きさじゃと金型を作るのも維持するのも大変じゃが、やってみる価値はありそうじゃの」

「おお、ではやってくれるか?」

「任せておけ。特急で仕上げてやるわい。料金はかさむがの」

 金はある。問題ない。あとは爺さんの腕とメディアの力次第だ。

「トーヤさん、完成した暁には、また広告を打つから宜しくな」

「それは願ってもない事ですが、うちで宜しいのですか?」

 あぁ、娘のことをまだ気にしていたか。

「アトスポは関係ない。トーヤさんの人間性を信じる」

「感謝感激であります! 誠心誠意努めさせて戴きます!」

 うむ、良きにはからえ。

 バランスボールの仕掛けはこんなところか。

 レイラちゃんの特訓用とエマ道場で使う分だけあればよかったんだが、流れで少し話が大きくなったな。ま、許容範囲だ。本当に儲かればなおよろし。

 さて次は、家出少女たちを救うための計画の布石を打っておくとしよう。


「ピーター親方、実はもう一つ作って欲しい物がある」

「何じゃい?」

「こっちはもっと小さくて複雑な構造だが親方なら問題あるまい」

「当然じゃい」

 バランスボールとは違うボールの仕様を可能な限り詳細に伝える。

 親方はこっちも特急で作ると請け負ってくれた。

 ふふふ、これでゴム関係の仕込みは整ったな。成果が出るのも楽しみだ。

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