第54話 アトスポから痛恨の一撃
「不帰の森まで俺一人で行くのは難しいか?」
3月12日の日曜日の朝。
工業都市アトレバテスへピーナの運転するスチームカーで向かっていた俺は、対面のシートに座るローラに冒険者として成り上がる
「戦闘力ゼロの変態一人では自殺行為ですネ」
「やはり辿り着く前に魔獣にやられてしまうか・・・」
「運よく辿り着けても不帰の森に入ったら魔力を吸い取られて死にますヨ」
俺は地球人で最初から魔力なんて無いから死にはしない。
このことはまだ誰にも話していないがローラには話すしかないな。
ぐぐっと上体を前に出してピーナに聞かれないよう小声で伝える。
「俺はいくら魔力を吸われても平気な体だから問題ない」
「さすがお婿様、変態もそこまで極めるとご立派なのデス」
え、それで納得しちゃうの? 理由訊かないの?
まぁコイツはこれでも闇エルフだからな。
人間の生態なんてどうでもいいし興味もないんだろう。
ローラには餌付けだけしておけば良い。
「このことは秘密にしておいてくれ。特上オーク肉6人前で」
「フフフ、私の価値がやっと分かったようですネ。ブロイ肉で買収された時は本当に傷ついたのデス」
あの時はオケラだったからな。ギルマスの薄い財布だけが財源だったし。
だが今は結構な金がある。それにお前の価値とやらも理解してるさ。
だからこそ、秘密を打ち明けてまでこうやって相談してるんだ。
「不帰の森に入れる人間は世界中でも恐らく俺だけだ」
「そうでしょうネ」
「そんなチャンスを逃す訳にはいかん。どうしても行きたい」
「それなら私が連れて行ってあげますケド」
「いやだから、クエストを上級冒険師と一緒にやったら俺の功績にならんだろ」
最初にそれは言ったじゃーん。朝飯で喰った肉がもう切れてきやがったな。
「黙ってれば良いのデス」
「さすがにこれはバレる」
都会で人探しとはわけが違う。
戦闘力・防御力・体力オールゼロの俺が森の深部にまで行って野獣を無傷で捕獲したなんて無理がある。運だけじゃ説明できない。納得してもらえない。
そしてバレたら俺だけじゃなくエマたちまで批難されるのは明白だ。
「何かとつてもない武器や防具はないかな?」
俺自身に力が無いのは今さらどうしようもない。鍛えてる時間もない。
だが、それを補って余りある装備をすればいいだろ。
伝説の何とかやら、ドラゴンの何とかやらをさ。
まぁ、そんな都合の良いもんがあるわけないか・・・
「ありますケド」
あったー!
「どこだどこにある?」
「ダンジョンの奥深くで眠ってますね」
「なるほど」
いかにも異世界な話だ。RPGでもよくある話だ。俺では手が出ん。
「なんとか入手できないか?」
「ギルドの仕事があって遠出できないのでちょっと無理ですネ」
「むむむぅ、ダンジョンへ行く以外に手に入れる方法はないのか?」
何かあるだろ。商人から買うとか。持ってる奴をお前が倒すとか。
「ドワーフのゲンさんなら・・・ワンチャンあるかもデス」
源さん!
どんな荒くれの
「ぜひ会いたい」
「会っても話しすらしてくれませんから意味ありませんネ」
「ワンチャンすら無いじゃないか!」
「話し合いはできなくても取引ならできるのデス」
「ほぉ、源さんは何を欲しがっているんだ?」
ドワーフとくれば、やはり酒か。
火が出るようなメチャクチャ強い酒を飲みたがってるんだろう。
「チーズですネ」
何でやねん!
ドワーフといったら、あぶさんクラスの酒豪のはずだろが。
あぶさんがチーズ喰ってるシーンなんて見たことねーぞ。
「最近、ブランデーのつまみになるチーズに
「そういうことか」
「でもほとんどの種類のチーズを食べ尽くしたから、まだ食べたことのない斬新で珍しいチーズを探し求めてるそうデス」
珍奇なチーズときたかぁ。
俺も酒は
あぁ、ちょっと何も思いつかないわ。この件は帰ってからの宿題にしよう。
となると、別件でローラに確認しておきたいことはアレだな。
「ハム太郎とハム次郎から何か報告はあったか?」
「滞納野郎アーク・ドイルは今のところ大人しくしてるそうですヨ。ギルドの裏金もちゃんと保管されてて無事なのデス」
「異常なしか。だがアーク・ドイルはいつ恨みを晴らそうとするか分からん。引き続き警戒を頼む。裏金の方もな」
「了解なのデス」
「ところで、ソウスカンクたちは元気にやってるかな?」
「私が鍛えあげましたからネ。北の森でブイブイ言わせてますヨ」
おいおい、北の森の生態系まで壊してないだろうな。
俺もクエストで森に入るんだから勘弁してくれ・・・あっ!
不帰の森までアイツらに護衛させれば良いんじゃね?
そしたら俺一人でも行って帰って来られるんじゃね?
よしっ、ドワーフの件と一緒に、この案もあとでキッチリ検討しよう。
「アレー様、お久しぶりです。お変わりありませんか?」
俺の異世界はじまりの地、アトレバテス南署に到着すると、署長のレミノー・クレメンスがラムンともう一人の男と一緒に玄関で迎えてくれた。
「お陰様でな。署長も元気そうで何よりだ」
「有り難うございます。こちらの男はトーヤ・ブンメルと申しまして、アトレバテスの新聞社で記者をやっております」
「トーヤ・ブンメルです。異国の貴族様と面識を得ることが出来て大変感激しております。以後、宜しくお願い致します」
見た目は
「
「宜しく頼む」
「ヨロシクなのデス」
「宜しくお願いします」
「自己紹介も終わったようですし、ささっ婿殿、中へどうぞどうぞ」
「おいおい、ラムン、ここは俺の城だぞ・・・」
ギルマスの調子良さに苦笑いしながら、皆で署長室へと向かった。
「署長、話の前にまずはこれを受け取ってくれ」
見覚えのある若い職員がお茶を出して部屋を去ったあと、俺は懐から金の入った封筒を取り出してテーブルの上に置きずいっと前に出した。
「はて、この封書は何でございましょうか?」
「先日、世話になった時に与えてくれた服の代金だ」
「あれは引き取り手の無い落とし物から見繕っただけでございます。むしろそのような物を提供したことでお叱りを受ける事案でございましょう」
「それでは俺の気が済まんし、これから頼みごとがしにくくなるのだ」
「頼み事と申しますと?」
「ギルマスからまだ聞いてなかったか」
何をやっていたんだとラムンを見たが、呑気に茶菓子を頬張る姿に諦めた。
「ゴム職人を紹介する件なら聞いております」
んん、ちゃんと伝えてるじゃないか。
「しかし、先程アレー様はピーナさんとローラさんを護衛と仕事で連れてきたと仰いました。ゴムに関わる仕事にそのお二人が必要とは思えませんが」
おおぅ、さすが警察署長になるだけのことはあるな。
何気ない俺の言葉からそこまで察するとは素晴らしい。
叶うことならラムンと交換したいわ。
「ご明察だ。実は他にも頼みたい案件ができてしまってな」
「私で力になれることであれば何なりと仰って下さい」
「助かる。だがその前に当初の打ち合わせを済ましておきたい」
「新聞へ広告を打つ件ですな」
「そうだ。トーヤさん、ギルマスから既に詳細を聞いているかな?」
「はい、ギルド銀行の広告でしたら掲載する絵と宣伝文については頂きましたので、社に戻って広告枠の確保を行うだけです」
「これまた手際が良いな。有難い」
「へい、婿殿が来る前に片づけておきやした!」ムッフー
ギルマスが得意満面でドヤ顔を見せている。醜い。
まぁ仕事はちゃんとしてくれたようだから良しとしよう。
「弊社で広告を打って戴き有難いのはこちらの方でございます」
「広告費の方も問題はないか? 変に値切られてはいないか?」
「ギルドからは、むしろ十二分に頂いておりますのでご心配なく」
それなら良いのだ。これでお前にも別の頼みごとがしやすいわい。
「実はな、新聞社にも別に一つ頼みたい案件があるのだ」
「お聞きしましょう」
「二日前の風曜日のことだが、ウェラウニの町で歴史的事件とも言える興味深いことが起こったのだ。トーヤさんにはそれを大々的に報じてもらいたい」
ウェラウニの笛吹き男で町おこしをする。
笛の音で町を救った英雄を最大限に利用して観光客を呼び寄せる。
これはそのための第一歩だ。
絶対にここで
「もしやそれは『ウェラウニの笛吹き男』のことでしょうか?」
知ってるのか!
まさか、もしかして、ラムンが俺の先回りをしたっ?
驚愕の表情で隣に座るギルマスを見たら居眠りしてやがった・・・
無いな。この男が先を読んで話を通していたわけがない。
「その通りだが、どうして知っているんだ?」
ウェラウニからここアトレバテスへ通う社会人や学生から聞いたのか。
それほど、この都会でも噂になっていたのかもしれんな。
「実は、今朝発売されたばかりのアトスポで読みました」
アトスポ?
何やら非常に嫌な予感がするんだが。
「そのアトスポというのは何かな?」
「アトレバテス・スポーツという低俗紙です! いつも下劣な記事ばかりを載せて大衆の感情を煽る報道の風上にも置けない新聞なのです」
東スポか!
てことは、どんな内容かは推して知るべしだな・・・ゴクリ
「これがそのアトスポの記事になります」
トーヤはテーブルの上にタブロイド判の新聞を置いて見せてくれた。
だが俺はまだこの国の文字がちょっとしか読めんのだ。勉強中だ。
ただ、町の名前のウェラウニぐらいはもう読める。
その文字が一面の見出しの大文字の中に印刷されていた。
「ラムン、どうやら先に大々的に報じられているようだが何と書いてある?」
俺の問いかけで眠りから覚めたギルマスはアトスポを見て青ざめる。
そしてボソッとその見出しを読み上げた。
それを聞いた俺もサッと青ざめて思わず咆哮をあげる。
「やられたっ!!」
ワナワナと震える俺の眼下にあるアトスポにはこう書かれていた。
『自作自演!? ウェラウニの笛吹き男が町を大混乱に陥れる』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます