第41話 元女軍人アイリーンのスカウト能力
「俺は画家を呼んでくれと言ったんだ。断じてこんな『画伯』じゃない!」
レイラちゃんがツライグマ討伐のクエストに成功し、エイミーが俺とピーナの森での情事を覗いていた、3月7日の月曜日の午後。
ギルドの裏口でエイミーと別れた俺は、ギルマスの部屋に行き頼んでいた絵のチェックをしたのだが、あまりのドヘタぶりにご立腹なのであった。
「これは銀行プレオープンを宣伝するための広告なんだぞ。分かってるのか?」
「もちろんでやすよ。ですから今この町で一番人気の画家を起用したんでさー」
「こ、これが、町一番の画家が描いた絵・・・だとぉ・・・!?」
メジャーで活躍中のマエケンが描いたようなこんな絵が流行ってるのかよ。
この世界の美的センスはマジで狂ってるわ。
だが今はそんな愚痴を言ってる場合じゃない。何とかしないとな。
「婿殿は一体どんな絵を求めてるんでやすか?」
「そりゃエマさんたちの魅力が一目で伝わってくるような絵だろ」
「またそれは何気に難しい注文ですなぁ」
「そんなことないだろ。例えばこんな風にポーズをとらしてだな・・・」
俺はギルマスの机で紙にサラサラとレイラちゃんを描いてみる。
さっき戦闘中の躍動美を観たばかりだからな。
あの健康的なお色気を強調すれば良いんだよ。
「むほほっ、これは素晴らしいでやすよ!」
「お、おぅ、我ながら上手く描けてるな」
「さすが婿殿、楽器だけでなく絵画まで上手とは貴族の鏡ですなぁ」
まぁ萌え絵はオタクの
調子に乗った俺は、ピーナも思い出しながら描いてみた。
「これも美しい出来栄えですが、胸を強調するのはどうかと思いやす」
そうか。この世界は胸じゃなくて尻と足だったな。
それなら、ピーナは見返り美人的な構図にしてみるか。
それをベースに動きと武器を加えてっと・・・
「イイ! イイでやすよ!」
「振り返って睨みつける美人顔に、引き締まった尻と脚線美だ」
「強さと美しさと動きが融合した、これまでに見たこともない
「ふふふ、まあな」
文字通り、この世のものではない美術だからな。
「ですが、ちょっとスタイルや髪の動きが不自然じゃないでやすか?」
「デフォルメという技術だ!アートだ!これでいいのだ!」
「へ、へい。確かにその異常さが妙な魅力になってやすね」
そういうことだ。
どうやらこの世界でも通じるみたいだな。日本のアニメアートは。
自信を深めた俺は、他のメンバーも構図を考え下絵を描き上げた。
「よし、この下絵をもとにしてまともな画家に仕上げさせろ」
「了解しやした」
「可及的速やかにチラシ配りを始めたいから急いでくれよ」
「へい。しかし、大量のチラシ作成と新聞に公告を載せるとなると、結構な費用がかかってしまいやすが・・・」
「成功報酬を長年に渡って踏み倒し続けてる滞納野郎とは今週中に決着をつける」
「できやすか?」
「任せておけ。週末までには大金が手に入るから、ケチらずにドカンとやれ」
「ガッテン承知!」
ギルマスが楽しそうに笑ってやがる。
俺もつられてクククと忍び笑いが出た。滞納野郎め待ってろよぉ。
「木工職人を紹介してほしい」
ギルドビル4階の食堂からメイド服のサラさんが出前してくれたランチを食べながら、俺はギルマスにまた新たな注文をつけた。
「構いやせんが、どんな物を必要としてなさってるんで?」
「難しい物じゃない。木を正確な円柱に加工できさえすればいいんだ」
俺は直径10センチぐらい丸を両手で作って見せる。
「でしたら、馴染みの家具職人を紹介しやすです、はい」
「頼む。昼食後に案内してくれ」
木製の方はこれでいいとして、問題はゴムの方だよなぁ。
スチームカーがチューブ入りのゴムタイヤを履いているから作れるとは思うが、この町では無理っぽい。
「ゴム職人も紹介してほしいんだが」
「ゴムはちょっと難しいですなぁ」
「やはり大きな街に行かないとダメか?」
「へい、都市アトレバテスならゴム工場がありやすね」
「あそこか、何かと縁のある街だな」
「アタシが婿殿と出逢った運命の」「そんな注釈はいらん」
しょぼんと凹むギルマスに構わず、俺は話を先に進める。
「アトレバテスといえば、広告を打つ新聞社とはいつ会うんだ?」
「次の日曜日でやす」
「日曜まで仕事とはえらく張り切ってるじゃないか」
「婿殿も面識のある南署のレミの知り合いが新聞社にいやすんで、休みの日にみんなで会おうという話になりやした」
「そうか。あの男は警察署長だけあって顔が広いんだな」
「奴は平の警官の頃から数十年あの街にいやすからね。大抵の場所に顔が効きやすぜ」
「じゃあついでにゴム職人も紹介してもらうか。という訳で、俺も同行する」
「了解でやす! 当日はアタシが車で送りやすね」
「それには及ばん。ローラとピーナも連れて行くからウチから車を出すさ」
「え、あの二人もですか・・・またどうして?」
「銀行プレオープン日を盛り上げる作戦に少し手を加えようと思ってな」
俺は食後の紅茶をグイっと飲み干し、その修正案をギルマスに話し始めた。
「ところで、明日、教会で洗礼を受けてくる。洗礼証明書を持ってくれば俺もすぐに冒険者登録できるのか?」
「婿殿の場合は、余所のギルドからの移籍じゃなくて初登録になりやすから、いろいろとやってもらうことになりやすね」
「おいおい、面倒くさいことは勘弁してくれよ」
「こればっかりは曲げれない規則でやすから」
「仕方ないか。で、何をすればいいんだ?」
「魔性紋の採取と体力測定、それに学力テストでやす」
学力テスト!?
まだこの国の文字すら満足に読めん俺は落ちるに決まっとるじゃないか。
「おい、自慢じゃないがテストなんて絶対に受かるわけないぞ」
「分かってやす。分かってやすです、はい」
ギルマスは両腕を組んで目を瞑りウンウンと頷いている。
なんかムカつくわ。本当に分かってるのか。
「どうするつもりなんだ?」
「アタシはこれでもギルマスですよ。採点なんてアタシのサジ加減一つでさー」
おおおおおおおお!!
ラムンが出会ってから一番というぐらい頼もしく見える。
「婿殿は名前さえ書いてくれればいいんでやすよ」
まぁ見ていてくだせーとギルマスは自信満々だ。
てゆーか、コイツこれまでに何度も同じことやってやがるな。
恐らくそれで小遣い稼ぎしてるわけだ。ま、それならそれでいい。
「学力テストは任せた。それで体力測定ってのは?」
「短距離走と長距離走、重量挙げ、幅跳び、垂直飛び、視力・聴力検査だったと思いやす。あっ、あと、木登りもありやしたね」
木登り!
それって冒険者に必要とされる技能かなぁ。
うーむ、魔獣に襲われたとき、木に登って逃げる能力ってことかもしれん。
いや、そんなことよりも、体力測定のデータがあるってのは重要だ。
このギルドにいる冒険者たちの能力が一目で分かる。
潜在能力が高そうな者をピックアップして唾をつけておくべきだろう。
「そのデータを見れるか?」
「登録者名簿に記載されてやすよ」
「悪いが、誰かに頼んで各部門のトップ50を選出したリストを作ってもらってくれないか。15歳以下の
「お安い御用でやすが、そんなもんどうするんです?」
あぁ、やっぱこいつダメだ。ギルマス失格だわ。
「そんなもん、青田買いに決まってるだろーが」
「そうでやしたか」
「ポテンシャルの高そうな若者を俺たちが効率良く鍛えて精鋭にするんだ」
「面白そうでやすね!」
「ああ楽しいぞ。荒削りの若者がどんどん成長していく姿を見るのは」
カープの若鯉たちが戦力・主力になっていく過程は本当に溜まらん。
「ですが、育った途端に大手ギルドに移籍しちまいやすよ」
おのれぇおのれぇぇぇ読売○人ンンンンン。
くぅ、いかんいかん。
今は野球帝国のことなんて考えてる場合じゃない。
「そこは、育ち切る直前に縛ればいい。複数年契約とかでな」
「
「それがダメなら他の方法で縛るんだ。弱みを握るとかな」
「かぁぁ、さすが婿殿、ワルですなぁ」
「ふん、まぁその辺は実際に育成システムを作ってから考えるさ」
まずは先に、使える人材を集めて育てないと。
レイラちゃんが雇ってたルークのような腰抜け戦士じゃ話にならん。
それに比べるとエイミーはまだ使えそうだったがな。
んん、そういえば、もう一人、神官の女の子がいたよな・・・
たしか名前はソフィアとか言ってた気がする。
「ソフィアという神官の冒険者を知ってるか?」
「知ってやす。彼女も結構有名ですからね」
「有名? どういうことだ?」
「1年前、アイリーンさんがこのギルドへ転職してきたときに、自らスカウトして一緒に連れてきたんで、凄い逸材じゃないかと噂になったことがありやした」
「ほぅ、あの元女軍人がか。それならかなり期待できるだろ」
「そうだと良かったんですが・・・」
「なんだ歯切れが悪いな」
「実は、アイリーンさんが連れてきたのは3人なんですよ」
「ソフィアの他にも二人いたってことか」
「へい、その内の一人がどうにも使えない男でして」
んんん、何か嫌な予感だするな。まさか・・・
「その男の名はもしかして、ルークか?」
「でやす」
でやしたかー。
午前中、あの少年の無様な姿を何度も見せつけられたからなぁ。
つまり、アイリーンにはスカウトの才能が無いってことか。
ルークの無能ぶりを見たギルドの皆さんも、次第にソフィアへ過度の期待をするのは止めていき、アイリーンの人を見抜く力にも疑問を持ったと。
あんな敏腕担当者にも弱点はあったか。ちょっと笑える。
・・・いや、待てよ。
本当にそうか?
あのボスキャラ感を漂わせているアイリーンがそんなミスをするか?
これは絶対に何かある。裏がある。
もしかしてルーク・・・
お前って実は、凄い奴だったりする?
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