第19話 ロビン・モアを知らないセクソン人はモグリ

「そこでですが婿殿、ギルドを通さない裏の依頼を受けやせんか?」


 裏の依頼ときたか。

 しかしこいつ、自分がギルマスのくせにギルドを裏切る仕事を斡旋してるのかよ。

 ただの抜け策なのか、意外と策士なのか分からんくなってきたわ。


「とりあえず依頼の内容次第だな」


「ズバリ、男娼です」


 DANSHO!

 いや無理だろ。こちとら筋金入りの童貞なんだぞ。

「お前、男娼というのがどんな仕事か分かってるのか?」

 俺が童貞とは知らんだろうが、貴族と知っていて勧める仕事じゃないだろ。

「もちろん分かってやすよ。だからこそ貴族の婿殿にお話ししてますです」

 ここで一呼吸入れた冴えない中年男はニヤリと笑って言葉を続ける。


「なにせ、男を売る商売ですから」

 言い方ぁ。


 確かにその言葉は間違ってないけどな。

 だが男娼はそんなカッコイイ感じの仕事じゃないと思うわ。知らんけど。


「しかしだなぁ、一体どんな女が俺のような男娼を買うというんだ?」

 こんなヒョロヒョロのガキだぞ。普通は長身イケメンかエロマッチョ系だろ。


「ショタコンでしょうなぁ」


「えっ?」

 この世界にもいるのかー。

 まったくどんな異世界でも腐ってる女はいるもんだな。男も女もどこも一緒や。


「婿殿のような成人したばかりで少年の風貌を残した男を好む熟女は多いんですなぁ。もしこれで童貞だったりすればさらに値が吊り上がりますです。はい」


 いや、童貞かどうかはどう判断するんだよ。

 しかし、熟女かぁ。悪くない。むしろ好物だ。ただし美魔女に限る。


「その他では女騎士や人妻、上流階級の女性といった表立って男を喰いにくい女性たちが秘密裏に買っていきやす」


 女騎士! 人妻! 上級オッパイ!


「皆さん地位や財産がありやすから金払いが良いうえに後腐れもありやせん」

 なるほど。割り切った大人の関係ってやつか。

 ただれとる。だが童貞として憧れる。


「どうです、決して悪い話じゃないでしょう?」


 悪いどころか願ったり叶ったりの話だわ。

 性欲解消できてエマさんたちを襲わずに済むうえに金まで入るんだから。

 一つだけ気がかりなのは相手が好みから外れすぎてモノが役に立たんことだな。


「エマ殿によく似た女性からの依頼もありやすよ」

 マジかぁぁぁ。

 これは決定打だわ。

 もう断る理由がなくなってしまった。

 エマさん似の熟女との熱い一夜がもう脳内で始まってしまったわ。ムフフ


 ふぅ、妄想が加速して汗をかいてきた。

 ポケットからハンカチを出して額の汗を拭う。


「おおおおぅ、それはもしやエマ殿の・・・さすがです。感服しましたです。もう男娼デビュー性交、いえ、成功間違いなしです、はい」


 あっ・・・

 俺はハンカチと勘違いしたエマさんの下着をじっと見つめる。

 

「ギルマス、この話は保留にさせてもらおう」


「え、どうしてでやすか?」

「現時点ではリスクが高いし俺もそこまで金が欲しい訳ではない」

「それは残念ですなぁ。婿殿ならこの町一の男娼になれる素質があるんですが」

 そんな微妙なステータスはいらん。


「しかし玉袋で煮えたぎるマグマの処理は大丈夫でやすか?」


「問題ない。俺にはこれがある!」


 そう言ってエマさんの下着を天高く掲げた。

 それを見るギルマスの顔はとても酸っぱかったという。



 本契約の説明と確認、すり合わせが終わった職員にギルマスが呼ばれた。

 さすがに契約書へのサインだけはギルマスもするようだ。

 エマさんたちの主な任務はこの冒険者ギルドビル最上階の6階にある金庫の守衛らしい。

 その為に、これからギルドビルの内部や周囲を巡って防犯体制の確認をするそうだ。

 俺がいると気が散って邪魔になるだろうから同行はしない。

 同じく暇をしているギルマスと仲良く遊ぶことになった次第。


「どうしてギルドなんかに銀行が入ってくるんだ?」

 エマさんたちを見送りマスター室に残った俺はギルマスに問いかけた。


「安全だからですよ」


「安全?」

「屈強な冒険者たちが常時いやすからね」

「なるほど」

「数百年ほど前は騎士団と銀行がくっついてたそうですが運用面で上手くいかなくなったようでして」

「というと?」

「銀行が都市だけでなくこんな町にもできる時代ですからねぇ、騎士団じゃ手が回らないんでさあ。それに万が一襲撃を許したとなっては面子の問題が大変ですんで、はい」


「失礼します」ガチャ

 

 メイド服を来た女性がティーセットを持って入室してきた。

 メイドさんは俺をチラ見しながらカップに紅茶を注いでくれる。


「もしかして、ボクがセクスエルム・シスターズのお婿さん?」


「え? はい、そうですけど」

「あーやっぱり! もおこーんな年下の可愛い子をお婿さんにできるなんて、やっぱ上級冒険者メジャーは夢があるわー」

「えーと・・・」

 俺は何とかしろとギルマスに目で訴えかける。

「サラ君、お客さんに失礼でやすよ」

「フフ、ゴメンなさいね。でも話題のお婿さんだったからつい」

「いえ、構いませんよ。これから僕もギルドにお世話になると思いますので今後とも宜しくお願いしますね、サラさん」


「良い子だわー。そんなんで大丈夫? あの人たちきっと激しいでしょ?」


「サラ君! その辺にしておいたほうがいいでやすよ・・・」

「だってーこんな初心ウブな子が可哀想じゃないですか。ボク、辛いことがあったら私に言ってね、お姉さんが相談に乗ってあげるから」

「ありがとうございます。僕のことはイクゾーと呼んで下さい」

「分かったわ。じゃあね、イッ君」

 メイド服のサラさんはドアの所でバイバイと俺に手を振ってから去っていった。


「メイド服の部下とは趣味が良いじゃないかギルマスさんは?」

「そいつは誤解ってもんでさあ。彼女は食堂のスタッフですからね」

「食堂があるのか?」

「そりゃこれだけの人員が働いてやすし、冒険者たちもいますからね」

「そうか、後で行ってみたいな」

「お昼時にエマ殿たちと食堂で合流しやしょう」

 うむ、異論はない。

 それよりも、サラさんが気になることを言ってたよな。


「ところで話題になってるのか、俺のことが?」

「エマ殿たちは有名人ですからね。仕方ありやせんよ」

「ほぅ、そんなにか?」


「港湾都市ベルディーンのセクスエルム・シスターズといやあ30リー離れたこの町まで噂が聞こえてくるほどでやしたから」


「距離はメトリック法で言ってくれ」

「へぇ、120キロメートルになりやす」

「それは凄いな。ちなみにどんな噂が流れてきたんだ?」

「一番の武勇伝はロビン・モアの遺跡発見とその探索でしょうなぁ」

 んんん、その名前はどっかで聞いた覚えがあるぞ。

 

「ロビン・モアというのは誰だったかな?」

「え、ご存じない?」

「いや何かで聞いたんだが忘れてしまった」

「ではお話ししやしょう。ここセクスランド王国は300年ほど前に内戦をやってました」

 なんか長くなりそうだな。

 別にそこまで求めてなかったんだが・・・まぁ暇だし聞いてやるか。


「よくある王位継承戦争でやす。王様が死んで王弟と王女が骨肉の争いを始めたんですなぁ。本来は娘のエレノアが王位を継ぐはずだったんですが、王弟のユースタスがエレノアを追い出して僭王になりやした。そこでエレノアを助けて女帝にしたのが天眼将軍ロビン・モアでやす。その後も名宰相として女帝に仕えましたが割と早死にしてしまい、その死の謎が未だにミステリーになってやして現代でもよく話題にのぼってますです。はい」


「ギルマスにしてはよく知ってるじゃないか」

「そりゃあ教科書に出てきやすからね。ロビン・モアを知らないセクソン人はモグリでさあ」

 得意気に言ったギルマスがハッと思い出し今日2本目の殊勲打を放った。


「そういえば、さっき婿殿が言ったメトリック法も、宰相時代のロビン・モアがこの国に導入したってのが定説になってやすよ」


 それだっ!!


 やっと思い出した。

 もし本当にメトリック法を導入したのがロビン・モアなら、そいつは俺と同じ筈だ。

 地球からの転生者に違いない。

 今後のためにも可能な限り調べておきたい。

 

「ロビン・モアについて詳しく知りたいんだがどうしたらいい?」

 

「図書館で調べるか、もっと詳細に知りたいのならベルディーンの記念館で資料を閲覧するってのもよろしいかと。あと、エマ殿に教わってみたらいかがでやすか? 何しろ遺跡発掘者ですからね」


 エマさんに教わる、という言葉だけで股間に響いてくる。

 ほんま15歳ってのは性欲の塊やでー。


「婿殿、まだちょっと早いですが食堂へ向かいましょうか? ギルド内を案内しながら行けばちょうどいい塩梅かと思いやすです」

「そうだな。それじゃ案内を頼もうか」

 マスター室を出るとギルドビル1階の裏手に回った。


「1階の表側は一般人の職安になってます」

 え、本当にハローワークだったんか・・・


「で、こっちの裏側は冒険者たちが討伐・採取してくる魔獣や植物などの査定所になってやすよ」

 おー、やっと冒険者ギルドっぽくなったわ。

 実際、数人の冒険者が獲物を乗せた手押し車を押してたり、植物を詰めた革袋を持って受付をしていた。やっぱギルドはこうでないと。

 これでエロい女冒険者がたむろする酒場さえあればなぁ。


 俺たちは階段を登って2階へと上がる。

 人気ひとけが無くシーンとしていてちょっと不気味だ。


「ここに銀行が入る予定でやす」


 間取りは1階のハローワークと似た感じだな。

 真新しいカウンターやデスク、客の為の長椅子などが設置されている。

「いつからオープンする予定なんだ?」

「たしか、1ヵ月後だったと思いますです」

 なんでお前がハッキリしないんだよ。もう突っ込む気力もないが。


 3階に上がっていくと一転して賑やかなになった。

「この階は冒険者への仕事斡旋所でやす」

 つまり、ここが本来の冒険者ギルドか。


 男女20人ぐらいの武装した冒険者がカウンターで職員と相談したり、掲示板でクエストのチェックをしたりしていた。

 ただ、なんかこう歴戦の強者っぽいのはいないなぁ。

 地方の町程度ではこんなもんなのか?

 ギルマスはそんな冒険者たちから気軽に挨拶されている。

 どうやら愛されキャラらしい。弄られキャラともいうが。


「この階には上級専属冒険者のロッカールームや休憩室などもありますです」


「上級というとやはり冒険者にはランク付けがあるのか?」

「へぇ、その実績によって一等から六等まで格付けされてやす」

「ちなみにエマさんたちは?」


「彼女たちは凄いでやすよ。特にエマ殿とヴィンヴィン殿は数少ない一等冒険師ですからね。それなのにここでは経費の問題で二等として契約してくれましたです、それも二等の最低年棒でやす、はい」


「またどうして?」

「何を言ってんですかぁ、お婿殿のお陰でやすよ。本当に感謝しかありやせん」

 そうだった。俺の婿入りが契約条件の一つだったな。

 いろいろあり過ぎて状況整理ができてないわ。反省反省。


 4階の食堂へ上がる階段の所で簡単なボディチェックをされた。

 ここから先は専属冒険者以外は武器携帯が許されないらしい。

「この階は食堂と売店、その店員たちのスタッフルームになってやす」

 食堂というよりフードコートといった感じだな。

 6人掛けのテーブルが30卓ぐらいありそうだ。

 その内の半分は既に客で埋まっていた。

 おっ、あそこにいるのは・・・


「イクゾー君! こっちこっち!」


 座っていても大きいのが分かるレイラちゃんが長い手を振って俺を呼んでいる。

 元気なだけじゃなくて人も元気にしてくれる良い娘だ。

 ギルマスと一緒に彼女たちのテーブルへ行くとローラの姿だけが無い。


「ローラはどこに行ったんですか?」

「後ろで肉を食べてるよー」

 振り向くと一人テーブルで幸せそうに肉を頬張る闇エルフがいた。

 うん、突っ込み不要。

 

「イクゾー君、ここに座って」

 6人掛けテーブルのお誕生日席に座るエマさんの対面だった。

 もう一つ空いていた職員の隣の席にギルマスが座る。


 これで俺から見て、正面にエマさん、右手の手前からレイラちゃん、ヴィンヴィン、左手の手前からギルマス、職員という並びになった。


「アレー様、何か不都合なことはありませんでしたか?」

「いえ、マスターがなにくれと世話をしてくれましたので快適でした」

「皆揃ったんだから私たちも食事を始めたいものね」

「イクゾー君のは私が選んであげるね」

「では、食事にしましょうか。アレー様はそこでお待ち下さいませ」


 レイラちゃんとエマさんが対抗するように持ってきてくれた料理をこの量はちょっと多いだろと冷や汗をかきながら食べ始める。


 そのレイラちゃんは午前中見て回ったギルドのことを楽しそうに話してくれた。

 エマさんとヴィンヴィンは職員と仕事の話に余念がない。

 ギルマスはこの職員が苦手なようで時折、俺たちの会話に参加していた。

 ローラはローラだった。

 

 ふと気になって職員の姿をじっと観察してみる。

 3階にいた冒険者たちには感じなかった強者のオーラをこのギルド職員からビンビン感じた。

 着ているものはマーチングバンドの先頭でバトンを回している人の制服と軍服を足して割ったようなデザインだ。


 そしてミニスカートだった。

 言い忘れたが、この職員は女性だ。ついでに美人で巨乳だ。 

 僅かにウェーブがかかったパープルの髪が腰まで伸びている。

 細くて少しだけ吊り上がった眉と引き結ばれた唇が表情を引き締めていた。

 赤色の瞳は相手を鋭く貫くように冷たく燃えている。

 よっぽどこの人のほうが冒険者に見えるけどな。


「ギルマス、彼女は何者なんだ?」ボソボソ

 緊張感を込めた小声で訊いてみる。


「アイリーンさんは元軍人だったんでさあ」ボソボソ

 女軍人!


 なるほど。それであんな職員には似合わない服を着てるのか。

 しかし、どうしてそんな人がギルドで働いてるんだ。


「なぜ軍を辞めてギルドへ?」ボソボソ

「戦場で負傷したか病気を患ったと聞いてやす」ボソボソ

 そういう話か。


 だが、この世界では怪我や病気はエマさんのような治癒のできる神官が治せるんじゃないのか?

 ああでも、エマさんも魔力循環障害をずっと抱えてるようだから、治せないものもあるんだろうな。

 何にせよ、あれだけ軍人が似合いそうな女性もいないのに不幸なことだ。

 そう思いながらアイリーンさんをぼうっと見つめた。


 ギラギラギラギラギラギラ


 アイリーンさんが俺の視線を迎撃するような勢いで目を合わせ来た。

 ゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾク

 背筋に冷たいものが激走し続け体温が一気に下がった気がした。

 これに比べたらヴィンヴィンの睨みなんてまだ可愛いもんだったな。


「質問を一つ宜しいか?」

 は、話しかけてキター!


 その声は女将軍か悪の女幹部のように凛々しく気高い。

 断るなんて選択肢は最初から与えて無いような問いかけだった。

「どうぞ・・・」

 俺が言えたのはこれが精一杯。

 だけど、一体この隙の無い元女軍人が俺に何を訊こうと言うのか?

 興味はある。怖いけどもの凄く興味が湧く。

 さあ果たして何を言う気だ・・・


「是非お訊きしたい、イクゾー殿は既に伴侶を決めているのか?」

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