第4話 嫁を求めてウェラウニへ

「あ、肝心なことを忘れていました。心当たりありましたぞ!」


 署長ぉぉおおお、空気読んでくれよぉ。

 俺はグロリアさんとハッピーな新婚生活を送りたいだけなんだ。

 なぜ邪魔をする。中年男はすっこんでてくれないかっ。


「実はアレー様がお起こしになる少し前に古い友人が訪ねてきていたのです。今は署長室で待ってもらっていますが、なんと彼の用件が婿探しだったのですよ!」

「それです。まさに主のお導きでしょう」

 えっ!?

 天使のシナリオはグロリアさんエンドじゃなくて、そっちなのか。

 まさかこの美貌の女司祭がフェイントだったとは・・・シナリオ凝り過ぎだろあのイカサマ天使。


 だけど、グロリアさん以上の嫁が本当にいるのか? 激しく不安だ。

 あぁ、この美しく温かい手を離したくない。ギュウ

「もう手をお離しになっても構いませんよ」

 うぅ、ついに言われてしまった。

 どうやら本当にグロリアさんは嫁じゃなさそうだ。

 仕方ないのでゆっくりじっくりと彼女の手を解放していく。未練たらしく。

 

「そういうことですので、アレー様は私と署長室へおいでください」

「私も失礼させて頂きます」

「グロリア殿、本日は当署にまでご足労いただき誠にありがとうございました。後日改めて御礼にお伺いしますぞ」

「これも私の職務ですから。アレー様、お目にかかることができて大変嬉しゅうございました。どうか良い伴侶を得て末永くお幸せに。それでは失礼致します」

 くぅ、グロリアさんは慈愛に満ちた笑顔を残して去ってしまった。


「アレー様はどうぞこちらへ。ご案内いたします」

 渋々と俺は署長の後に続いた。その足取りは地球よりも重い。

 

「遅いじゃないか、待ちくたびれたぞ!」

 署長がドアを開けるなりクレームが飛んできた。

「おい、ラムン、こちらは東の島国ジャパンの貴族、アレー・ド・イクゾー様だ。ご挨拶しろ」

「げぇ、貴族! なんでこんな所に・・・」

 ラムンと呼ばれた男は大慌てで立ち上がる。


「ウェラウニで町長をやっているラムン・トラップです」

「荒井戸幾蔵だ」

 こいつが婿探しをしてる男か。パッとしない。これはハズレだ。

 このしょぼくれたオッサンの娘に期待しろってのが無理だろ!


「アレー様はこちらへお座りください」

 逃がした魚は大きかったとため息をつきながら勧められたソファーに座る。

「ラムン、突然のことで驚くと思うが、アレー様は伴侶を探し求めてこの街を訪れたのだ」


「な、お前まさか? 伴侶と言っても俺が求めているのは婿入りだぞ」


「アレー様は、天意によってこの街へこのタイミングで来られた。お前が俺の所へ婿探しに来たのも天の配剤だろう」

「いや、だがなぁ、婿入り先は女冒険者の家だぞ。さすがにそんなところへ貴族様を迎えるわけには・・・」

 なにぃ?  嫁はこいつの娘じゃなくて冒険者の女だったのか。

 それならまだ期待感あるな。ムチムチの女戦士求む。


「常識など天意の前では無意味だ。グロリア司祭もこれぞ主のお導きだと太鼓判を押して下された」

 そうそう。俺がビキニアーマーに手をかけるのも天意なのだよ。

「その通りだ。俺は貴族とはいえ、祖国から遠く離れたこの国へ流され帰るあてもない。お前の持ってきた婿入り話に乗ろうではないか。これも天の思し召しだ」


「はぁ~、こりゃまいっちまいやしたよ。アタシはどうしようもない犯罪者崩れを引き取ってやるつもりでレミの所へ来たってのに、まさか貴族様をお連れすることになるなんてなぁ」

 犯罪者崩れを婿入りさせるとかどういう状況だよ?


「まぁ冒険者の女に婿入りですから、そのぐらいでないと務まりますまい」

 えー、このシナリオ本当に大丈夫ぅ?

 今さらだが、あの天使は信用しちゃいけない悪い顔してたよなぁ・・・

 いや、もうそんなこと言ってる場合じゃねぇ。この道を進むしかない!

「俺の決意は変わらん。ラムンとやら、町まで連れて行ってもうおうか」

 


「どうぞ乗って下せえ」

 いやこれ何だよ?

 馬車でも用意するのかと思ったらとんでもないもん出てきたな。

「貴族様には不釣り合いかもしれませんが、走りには問題ありませんです」


「これの動力は、もしかして蒸気か?」


「そうでやす。魔力を満タンにしたばかりなんで町まで余裕でいけますです」

 俺たちはスチームカー、いわゆる蒸気自動車に乗り込んだ。


 日本と同じ右ハンドルだったので、俺は左側の助手席に座った。

 ラムンがいくつかボタンを押してしばらくするとシュンシュンシュンという蒸気音とカタカタカタという駆動音が聞こえてきた。


 ラムンがペダルを踏むとスチームカーは走り出す。

 その走行音が意外と静かで驚いた。

 徐行で舗装された街を出ると、ラムンはスピードを上げた。

 40km近く出てるんじゃないかこれ。

 少し揺れが激しくなったが乗り心地は悪くない。

 タイヤが普通にゴム製だった。

 しかもゴムの固まりのノーパンクタイヤじゃなくて中に空気を詰めたチューブ入りのゴムタイヤだ。

 恐らくサスペンションも実装されてるっぽいなこれは。

 マジでスチームカー侮れんわ。


 そして何といってもオープンカーなのが良い。

 風を切って走るのはホント気持ちのいいもんだ。ちょっと寒いがな。

 あ、寒いといえば全裸だった俺は今、ちゃんと服を着ている。

 署長さんが用意してくれたんだ。

 落ち着いたらお礼がてら金を払いに行くべきだろう。人として。


 おっと、あまりにスチームカーと緑豊かなこの国の風景に感動してしまったので、ドライブに夢中になって肝心なことを忘れていた。

 もちろん、俺の嫁のことだ。

 今後の生活も含めて町長のラムンに訊いておくべきだろう。


「ラムン、俺の嫁のことを知りたいんだが」


「それは見てからのお楽しみってことじゃいけやせんか?」

 おいおい、相変わらず俺を不安にさせてくれるじゃないか町長さんよぉ。

「さすがに冒険者の女ってだけじゃあ謎すぎて不安だ」

「そうですかぁ、じゃあ基本的な所から話させていただきますです」

「頼む」


「アタシが町長を務めるウェラウニは人口約2万5千で、町としてはそれなりに大きな所です。ですんで冒険者ギルドにもついに銀行が入ることになりました。ただ、そうなるとやはり警備が重要課題でして。そこでギルド専属の二等と三等の冒険者を増やそうってことになったんですが、上級冒険者を何人も増員するとなると経費も馬鹿にならんのです。そんな折、彼女たちは町の近くに家と婿を用意してくれたら給与はそれなりで構わないと言うじゃないですか。そりゃもう直ぐに仮契約しましたですよ。とまぁ婿入りの経緯はそんなところです、はい」


 ふーん、冒険者ギルドに銀行てのは事情がサッパリ分からんが、彼女たちと複数形なのは気になる。


「婿入りする家には冒険者の女が何人も住んでるのか?」

「そ、そうなりやすかねぇ、ハハハハハ」

「で、俺はその内の誰を嫁にするんだ?」

「本当に誰なんでしょうねぇ、ハハハハハ」

 おい、やめてくれ。その乾いた笑いは俺を憂鬱にさせる。


「セッティングしたお前が知らないわけないだろ。ハッキリしろ!」

「いや実はそれが、彼女たち6人は全員未婚でして、誰が婿を取るかは自分たちで決めるそうです」

 なるほど。正に行ってからのお楽しみってわけか。

「じゃあ、嫁候補たちがどんな女なのか教えてくれ」


「ど、ど、ど、ど、ど、どんな女かですかぁ?」

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