第2話 天意で転移

「キャー! 変態よー! 裸族よー!」


 ざわ・・・ざわわ・・・ざわざわざわ・・・

 とある街の昼下がり、突然のチン入者に周囲がどよめく。

 中央公園の噴水の前に全裸で立ち尽くす男がいてはそれも仕方あるまい。

 何を隠そうこの俺のことだ。

 どういうつもりなのか知らないが、気付いたら裸でここに立っていた。


 天使は何もせずに成り行きにまかせろと言っていた。

 だからとりあえずそうしている。

 先程から女性の悲鳴や他人の視線が俺の心を揺さぶり続けているがあえて無視だ。

 しかし、裸ということを差し引いてもこの世界はメチャクチャ寒い。

 早くイベントが起きてくれないと、このまま凍死エンドになりそうだ。

 

「お嬢さん何事ですか?  む、貴様どういうつもりだ?」シュババババ

 よし、街の衛兵らしきグループが悲鳴を聞いて駆けつけたようだ。

「どういうつもりも何もありませんよ。見ての通りです」

「この痴れ者がっ、引っ立てろ!」

「えーい、きりきり歩け」

 こうして俺は街の衛兵詰め所っぽい建物に連れていかれた。


「名前は?」

 取調室で先程の衛兵隊長らしき男に尋問されることになった。

「荒井戸幾蔵(アレイド・イクゾウ)」

「な、なにぃ・・・もう一度言ってみろ!」

「だから、荒井戸幾蔵」

「・・・分かっていると思うが身分詐称は重罪だぞ!?」

「はぁ?  俺は何も嘘など言ってないんだがな」


「では、アレー・ド・イクゾーで間違いないんだな?」


 発音や区切りにちょっと難はあるが、異世界だからしょーがないか。

「ああ、それで間違いない」

「そ、そうか・・・」

 さっきから急に隊長さんの態度がおかしくなってきたな。

 これも天使の書いたイベントの一つかもしれん。

 それより、こっちはまだ素っ裸なんだ。屋内でも寒くてかなわん。

「申し訳ないが、毛布か何かを貸してくれないか?」

「む、そうだな・・・おい、仮眠用の毛布を持ってきてやれ」

 隊長さんが部下に命じて毛布を貸してくれたのでようやく暖がとれた。チンチンも隠せた。


 しばらくすると、別の若い部下が入室して隊長さんに近づいていく。

「警部補、名簿を調べてきました」ボソボソ

「おぅ待ってたぞ。それでどうだった」ボソボソ

「該当者ありません」ボソボソ

「他国の貴族名簿にもか?」ボソボソ

「はい、どこにも見当たりませんでした」ボソボソ

「そうか・・・ご苦労、下がってよし」

 俺に聞こえない様に何かボソボソと話していたが、部下は部屋から出て行った。


「どこから来たのか教えてもらおう」

 どこと言われても何て答えればいいんだよ。

 ともかく、のらりくらりと答えるしかない。

「ここではない遠い国からだ」

「その国の名は?」

「じゃ、ジャパ~ン・・・」

「聞いたことのない国だ。どこにある?」

「東の果てにある島国だ」


「そうか、ではズバリ訊こう。お前はその国の貴族なのか?」

 き、貴族!

 なんで俺が貴族なんて勘違いしてるんだこの隊長さん?

 これはどう答えたらいいんだろうなぁ。

 天使のシナリオに身を任せるなら、ここは乗っかるべきだろう。

 しかし、騙すのってアリなのか・・・あっ、

 そうだ、そうだよ。俺は貴族だったじゃないか!

 俺は正真正銘の独身貴族だ!!

 うん、決して嘘ではない。だから堂々と答えよう。


「いかにも、俺はジャパンの貴族だ」

 隊長さんが目を見開いて俺の顔をジロリジロリと注視する。

 そして一応は貴族として扱うことに決めたようだ。

「貴方の仰ることはよく分かりました。しばらくお待ちください」

 隊長さんは毛布を持ってきてくれた部下に飲み物をお出しするようにと命じてから部屋を後にした。


 紅茶っぽい飲み物で喉を潤し体を内側から温めていると、隊長さんと中年男性が入ってきた。

 「初めまして、私はこのアトレバテス南署の署長レミノー・クレメンスです」

 「俺は荒井戸幾蔵だ。よろしく」

 「来客中でしたのでご挨拶が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。こちらこそ宜しくお願い致します」

 「申し遅れましたが、私は警部補のイメイジ・ハラデイと申します」

 隊長さんじゃなくて警部補だったか。しかもここ普通に警察だったか。


 「警部補から貴方のお話は伺いました。貴族たるアレー様の一大事ですので、もう少々詳しく事情をお聞かせください」

 「分かった」

 「では、我が国へいらした目的は何でありましょうか?」

 「嫁を貰いにきた」

 「と仰いますと、この街に恋人か婚約者でもいらっしゃるのですか?」

 「いない。これから出逢う予定だ」

 「何故この街で出会いをお求めになったのでしょうか?」

 「俺の意思ではない。天の配剤によってこの地へ来た」

 「て、天意と仰いますか。我々凡人には理解しかねます。どうかご説明を」

 そう言われても単に天使に蹴り込まれただけだし。ま、素直にそう答えるか。

 「て、て、て、アレ?」

 天使のことを話そうとすると禁止ワードのように声が出なくなる!

 どうやら、あの場の出来事を口外することは制限にひっかかるようだ。


 「すまない。天の配剤の詳細は話すことができないようだ」

 「そ、そうですか・・・」

 署長さんの顔に困惑と焦燥がチラチラ見え隠れしてきた。

 まぁこんな胡散臭い男の相手をしてたらそうなるわな。

 とはいえ、俺も真相を話せないのだからどうにもならん。

 天使のシナリオはどうなってるんだ?

 早く次のイベントプリーズ!


 「お待たせしました」ガチャ

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