チューチュートレイン




 また一人、友達が結婚してしまう…


 婚期を逃し続けて三十数年、かなり焦ってます私…


 それでも夢は見ます。


 『白馬に乗った王子様が向かえに来てくれる』


 そんな事を言ってるから結婚できないんだよって何回も友達に言われました。とほほ…


 友達の結婚式に参加するため、ドレスを着て電車を待つ私は普通のOLなので、こう何度も結婚式をされちゃうと心と一緒にお財布も寂しくなっちゃうんですよ…


 そんなこんなで電車がやって来て、扉が開くと私は中に入った。


 時刻は正午を回ったところなのにガランとした車内に小さくガッツポーズをして席に座った。


 駅も全く人がいなかったし、今日はツイてる、素敵な出会いがあるかもって思ってみたりして…


 会場がある駅までは三十分、私はスマホを取り出していじり始める…


 すると、


 「お客さん、切符見せて下さい」


 いつの間にか私の前に車掌さんが立っていて、そんな事を言ってきた。


 「切符って…私PASMOSで入ったんですけど…」


 「困りますよお客さん、切符を持った招待客だけがこの電車にご乗車できるんですよ」


 「そんな事言われても、普通に電車を待ってただけなんですけど…」


 「はぁ、しょうがないですね…必ず次の駅で降りて下さいよ。それ以降は知りませんからね」


 「言われなくても降りますから」


 「たまに間違えて乗ってくる人がいるんだよ…全く…」


 ぶつぶつ言いながら車掌は行ってしまった。


 あの駅は普通電車しかこない筈なのにそんな事言われるのはおかしい。

 それとも、私が知らない内にそんな電車が走るようになったのかな?


 などと考えていると、隣に誰かが座った。

 振り向くと男性がニコニコと私に笑顔を見せている。


 「こんにちは、僕は山島良太やましまりょうたです。貴女が今宵の招待客ですね」


 山島良太と名乗る男は、黒髪で年齢は二十代後半といったところでしょうか。見とれてしまう程のイケメンだった。


 「こ、こんにちは、湊明菜みなとあきなです…」


 イケメンに見つめられるとこんな簡単な挨拶でさえ、緊張してしまうもんです。


 「明菜さん、よろしくお願いします。」 


 よろしくお願いしますってまだ何か用があるんだろうか?

 凄く緊張して山島さんの顔が見れない私はすぐに視線を反らしてしまう。


 「明菜さんは、かわいいですね」


 「なっ!?」 


 笑顔でそんな事を言ってくる山島さんはクスクスと笑った。


 そんな事、男の人に言われた事ないよ…

 

 私があたふたとしてると山島さんは更に話を続ける。 


 「明菜さん、どの様にしてこの電車のチケットを手に入れたか知りませんが、覚悟は決めたんですね?」


 「覚悟?、えっと、私、間違えてこの電車に乗ってしまったんです…」


 「なるほど…」


 少し黙った山島さんは考える様な素振りをして私を見ると、


 「明菜さん、必ず次の駅で降りて下さい。でないと――」


 「おやおや、今宵の招待客ではありませんか」


 山島さんの話を遮る様に別の男の人の声が聞こえた。


 「ちっ、沢辺さわべか…この人、明菜さんは招待客ではないんだよ、間違えてこの電車に――」


 「そんな事、関係ありませんよ。この電車に乗ったのだからね」


 沢辺と言われた男の人はまた山島さんの話を遮る


 「お前だって分かってるだろ?」


 「なら、あなたは引いて下さいよ」


 ニコリと笑って沢辺さんは山島さんに言った。


 「なぁ、沢辺、これ以上…」


 山島さんは俯いて黙ってしまう


 「私は、この方で終わり《・・・》ですから」


 そう言ってクスクスと笑う沢辺さんの胸ぐらを掴む山島さん


 「沢辺、てめぇ!」


 「おっと、暴力反対、この方が怖がってますよ?」


 胸ぐらを掴まれた沢辺さんは両手を上げて私を見てウインクをした。


 「ちっ、なぁ沢辺、頼むから次の駅で明菜さんは降ろしてくれよ…」


 「それは、明菜さん次第です」


 沢辺の言葉を聞くと、掴んでいた胸ぐらを離して山島さんは私を見た。


 「いいかい明菜さん、何があってもキスはしてはいけないよ」


 「き、キス!?」


 ただでさえ分けのわからない状況なのにそんな事を言われてしまい頭の中が真っ白いになってしまう。


 「それから、必ず次の駅で降りるんだよ」


 そう言って山島さんはこの場を去っていった。山島さんがいなくなると沢辺さんが自己紹介を始める


 「怖い思いをさせてしまいましたね。すいません。改めて僕は沢辺大樹さわべたいじゅと申します。」


 丁寧に挨拶をする沢辺さんは金髪で三十代前半に見える。こちらもかなりのイケメンだ。


 「えっと、湊明菜です…」


 困惑する私も自己紹介をした。


 「明菜さん、本当にすいませんでした」


 沢辺さんは私の頭を撫でた。


 「えっ!?」


 突然、頭を撫でられて固まった私を見て沢辺さんはクスクスと笑う。


 「明菜さんはかわいいですね、彼が一生懸命になるのも分かる気がしますよ」


 先程の二人のやり取りといい、この電車の事といい全く分けがわからない

 私は結婚式に向かう途中でこの電車に乗ってしまった。

 ツイてるかもって思った自分を悔やんでしまう。

 

 などと考えてると、こほんと咳払いをした沢辺さんが話始めた。 


 「ところで、明菜さんは間違えてこの電車に乗ってしまったみたいですが、この電車の事をご存じですか?」


 「いえ…」


 「では、少し説明をしましょう。この電車はチューチュートレイと言って出会いを求める人が集う電車です。でも、本来はチケットを持ってないとこの電車に乗る事はできません。」


 「なるほど、でも、チケットを持っていない私がどうして乗る事ができたのでしょうか?」


 「たまにいるんですよ、チケットを持って無くても乗れちゃう人が」


 話を聞いても全く分からなかった。

 そんな私の事が分かったのか沢辺さんは私の手を握る。


 「明菜さん、大丈夫ですよ」


 沢辺さんに手を握られたけど嫌な気はしなかった。むしろ落ち着いてくる感じがした。


 「ありがとうございます」


 「いえいえ」


 沢辺さんの笑顔は凄く素敵だった。

 私は自分の顔が赤くなっているのが分かるくらいに火照ってしまっていた。


 「顔、赤いですよ?」


 「なっ!」


 恥ずかしくなった私は視線を反らしてしまうがそんな私を見て沢辺さんはまたクスクスと笑う。


 「本当に、かわいらしい方だ」


 「そんな事…」


 沢辺さんはとても素敵な人だけど私とは不釣り合いである。

 白馬の王子様に憧れる私だってそれくらいは判断できるのです。


 すると、


 「次は、横浜ー、横浜ー」


 アナウンスが車内に流れると電車が止まり、扉が開いた。


 私は沢辺さんに捕まれている手を振りほどいて扉に向かって一歩踏み出すと、腕を捕まれて沢辺さんの胸元に引き寄せられる。そして顔を上げたところでキスをされた。


 「んっ!?」


 私は慌てて沢辺さんを引き離そうとして両手を押し出したが力が入らなかった。


 沢辺さんの唇が離れると全身の力が抜けて座り込んでしまった。


 「明菜さん、ありがとうございました。キス美味しかったです。」


 そう言って私を見下ろす沢辺さんは相変わらずの笑顔だった。


 「あなたのお陰でこの電車から出ることができます。」


 沢辺さんはそう言って電車から出ると背伸びをして私を見ると手を降った。


 そして扉はゆっくりと閉まっていき、電車は進み始めた。


 「沢辺め、やりやがったな!」


 そんな声が聞こえて見上げると山島さんがいた。


 「明菜さん、ごめんよ、やっぱり君の元を離れるべきではなかった」


 「ど、どうゆう事ですか?」


 力が抜けて体が動かせない私は精一杯の声をだす。


 「この電車はチューチュートレイ、出会いを求める人が集うのだけど入って来た人とお互い同意してキスをすれば二人で出ていけるんだけど、何があってもキスをした二人は別れる事は出来なくなって自由な恋愛は出来なくなる。ただ、それには抜け道があってたまに明菜さんみたいにチケットを持たない人がやってくるんだよ。そのやってきた人三人とキスすれば自動的に電車を出る事ができるようになるんだよ。」


 「分けがわかりません…」


 「だよね…」


 少しの沈黙が訪れた後に体が少し軽くなった私は質問をする。


 「私はもう、この電車から出る事は出来ないんでしょうか?」


 「できるよ、できるけど、チケットを持った招待客と同意してキスするか、沢辺みたいに強引にキスをするかしないといけないけど…」


 「ムリですね、私、かわいくないし、積極的にいけません」


 「そんな事ない、明菜さんはかわいいし魅力的だよ」


 「私、彼氏出来た事ありませんし…」


 「それは、周りの男の見る目がないからだよ」


 「そうでしょうか…」


 「そうだよ、大丈夫、その間は僕が明菜さんの側にいるから」


 「そ、そんな事…」


 私はそんな事男の人に言われた事がない。

 山島さんが見れずに胸のドキドキがおさまらなかった。


 「さぁ、行こっか」


 手を出してそう言った山島さんの手を握った私は手を繋いでこの場を後にした。


―――


 どれくらいの月日が流れたかわかりません。


 私もチケットを持った招待客と何回かお話をしましたが話がまとまる事はありませんでした。


 でも、私は幸せです。


 「さぁ、行こっか」


 そう言って私の手を握る山島さんがいるのだから…



チューチュートレイ  完

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