初陣
※注意
はじめまして。今更ながら、この小説についての留意しておいてほしい点について書かせていただきます。
・この小説では杉浦家を筆頭にした架空の武家や人物名が多数出てきます。転生モノというジャンルですので、リアリティに関しては追求する気はあまりございませんので、ご了承ください。
・言葉遣いや人物の呼び方は戦国時代の言い回しをあまり重視しておりません。
例えば、「情報」のような明治以降に使われ始めた言葉を主人公以外が使うこともございます。
また、戦国時代においては北条氏康に対して氏康と呼ぶのは無礼に当たりますが、一部例外を除いて、基本的にはその人物名で呼ぶこととします。通称の氏康であれば、新九郎というような呼び方をする場合はすべての読者の皆様がわかるように書きます。
手探りで書いている段階ですので、不備などが目立つかもしれませんが、温かい目で見ていただければと思います。
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「伝令です。箱根一帯の約1万5000石を治めていた佐々木正勝が今川義元の扇動を受けて反乱を起こしました。」
ある夜、伝令が飛び込んできた。俺たちは3000石ほどを領土とする氏康の直臣で、箱根から少し南へと行った熱海に領土がある。すぐに出撃し、佐々木正勝を打ち負かす必要があるだろう。
「若、箱根は小田原に非常に近い地です。早急に討ち取らねば北条の名折れとなります。まだ出撃の命令は下っていませんが、用意はしておいたほうがいいかと。」
通泰はそのように俺に意見した。ごもっともだと思う。だが、
「そうはさせん。その青二才に指揮をさせるわけに行くか。ゴホッゴホッ…、俺が行く。佐々木正勝は以前から気に食わなかった。俺が…、やる。」
と父上は勇んでいる。咳は出るし起き上がれるかも怪しいのに一体何を言っているのだという感じだ。周りは止めようとしているが、一応彼が当主なのだから無理には止められない。なので、
「父上、そのお体で戦場に行けばあなたを庇って誰かが死ぬことになります。絶対にお止めください。
ただ、父上の仰るとおり私はまだ半人前です。指揮はこの通泰殿に任せますのでご安心を。」
と提案した。前半部分には怒りを顕にしたが、通泰の実力は彼も認めるところらしく、渋々承諾した。
〜〜〜〜〜
「若、今回の戦ではあなたは一兵卒です。兵卒が戦において最も大切にしなければならないことは規律を守り、指示に従うことです。私の指示に従っていただきます。」
通泰はそのように俺に忠告した。これまたごもっともな意見だ。軍隊はより素早く、より指揮官の意に沿った動きをした方が勝率は高くなる。かのナポレオンも、個人の兵士に対しては、戦闘力よりも移動力を求めたと言われている。また、
「戦をする時によく言われていることですが、初陣をする兵士が最も死にやすいです。これは単に戦慣れしていないのも原因ではあるのですが、何よりも手柄を焦ってしまうことが影響しています。
若ほど落ち着いていらっしゃるならば問題は無いと思いますが、念の為注意していただければと思います。」
とも警告した。彼は俺が記憶を失ったことに対して、当初は苦々しく思っていたようだが、特に俺の座学の才能を見出してからは評価を変えたようで、かなり従順になった。相変わらず俺の敬語は直らないが。
さて、あの後すぐに出撃命令が下り、俺たちは小田原側から箱根の麓に向かった。あいにく、佐々木の兵士は領土の広さに対しては少ないようで、兵士を彼らの城の付近に集中させているようだ。小田原側へと俺たちの領内から向かう途中、彼らの領内に入りかけて焦ったのだが、警戒する兵士などはいなかった。
集まった兵は合計4000人ほど。2000人を指揮するのは総大将・北条氏康。流石の動員力だ。500人ほどを動員したのは北条幻庵。彼は文官というイメージが強いが、この時代の評判を聞く限り、意外にも指揮官としての腕も良いようだ。
さらに、遠山綱景と北条綱高が250人、多目元忠、笠原康勝、富永直勝が200人をそれぞれ率いてきた。ほかは杉浦家ぐらいの規模の家の兵士からなる。風魔党もきているらしい。
俺たち閃撃部隊は当主である氏康の直轄部隊に組み込まれ、状況によっては指揮官の判断の基、独自に攻撃をしても良いとされている。軍議では各部隊の指揮官と付き人一人が招集され、どのように佐々木を攻めるかという話し合いが行われた。それには俺と通泰で参加した。
「どうやら、今川義元が佐々木を煽って反乱を起こさせたことは間違いないのですが、清水康英殿の調べによりますと、今川義元は未だに動く気配がないとのことです。」
進行を務める幻庵がそう言うと、各々まずは一安心した。今川と北条と言えば、良好な関係を築いている印象があるが、それは河越夜戦後の話であって、それ以前はかなり仲が良くなかった。
今川義元は今川の当主となるに当たって花倉の乱という争いを経験した。これは義元の当主就任に対して福島氏という有力家臣が待ったをかけて起こしたものであり、北条家は義元を支援し、義元と一旦盟友関係となった。
しかし、北条家と敵対していた武田信虎と義元が同盟を締結したことでその関係は急激に悪化。北条氏綱は今川の領土である駿河 (現在の静岡県東部)に侵攻。領土を奪い取った。
で、時を経て今、義元は再び北条に反撃しようとしている。こう言っては悪いが、佐々木正勝は今川の駒として利用されたに過ぎない。
北条の前当主である北条氏綱は非の打ち所がない名将であり、戦国時代屈指の実力を有していた義元ですら恐れをなす存在だった。ただ、その跡継ぎである氏康の評判は良くない。
義元としてはこれを好機として領土を奪還し、さらに小田原まで奪ってやりたいところ。氏康の力量を見定めようと言うのが今回の事件の意図なのだろう。
その状況を通泰にあらかじめ説明されており、上記のような結論を出した俺は会議でそのように発言し、
「つまり…、この戦をいかに素早く片付けるかが重要になって参ります。雑に攻めることは死人を増やしますから、そうあってほしくはありませんが、策を立ててなるべく早く制圧しなければなりません。」
と結論づけた。それに氏康をはじめとした一同も納得し、頷いている。しかし、どのように相手を降伏させるかを考えるのは難しい。そこで、
「今回の件、私に一任していただけないでしょうか。1日の猶予とありったけの法螺貝をいただければ、何とか致します。たった1日ですので、力押しをする前に時間をいただきたい。」
と俺が再び発言した。俺に因縁のある元忠はすぐにそれを否定したが、俺は備中鍬のおかげで一目置かれる存在となっていた。
「まあ、1日だけってんならお前に一旦任せてもいいぜ。道之助、俺はお前に期待してるんだ。」
と氏康が言えば、
「法螺貝とはまた突飛なことを思いついたようじゃな。殿がそう仰るなら任せてみても良いだろう。」
と幻庵も同調した。かくして、俺は佐々木正勝征伐のために動き出した。
〜〜〜〜〜
「若、あのようなことを仰っていましたが、策はあるのですか?」
「あぁ、無策であんなことは言いませんよ。」
「…、ではいかようにして佐々木を追い詰めるのですか?」
「佐々木は箱根山の中腹で籠城しようとしてるようですね。城でも築いているんですか?」
「ええ。大した城ではないのですが、築いております。ただ、厄介なことに箱根山は広大で険しく、登りにくいので攻めにくいです。
さらに、麓や山の周りにある集落から兵を徴集して、それを軍事拠点としているようです。」
「そう、それなんです。俺たちが箱根山を登るのは難しいですが、困難というほどではありません。その、兵たちがあちらこちらに潜んでいる可能性があるから難しいんですよ。」
「な、なるほど。しかし、それへの対処法などはございません。」
「いやいや、あります。その兵たちは集落を拠点にしていて、伏兵の多くは農民兵です。つまり、それらを先にこちらの味方にしてしまえば、勝ちは見えてきます。」
ここまで説明しても、通泰は不思議そうな顔をしているが、まあいい。戦闘だけが戦ではない。それ以前の謀略も勝敗を大きく左右するものとなる。
「そういうわけで、風魔党から何人か腕の良い忍を借りてきたので、今から集落を調略しに行きましょう。まだこちらが攻める素振りをしてないし、きっと油断していることでしょうから、こそっと中に入って集落を落とせばいいんですよ。」
通泰はこの言葉に衝撃を受けたような顔をしていたが、俺は彼がいくら諫言しようか聞く耳など持たない。薄暗い箱根山に俺と通泰と風魔の忍者3人が入っていった。
1kmほど進むと、集落があった。ちょうど佐々木の兵士が集落に立ち入って、何か指令を出していたようで、警戒心は弱そうであった。数分経つと、指令を出した兵士たちは立ち去った。
集落には佐々木側の兵士は誰ひとりとしておらず、ただ農民兵が戦の準備をしているところだった。中に入って行くと、
「誰だ、お前ら!」
「武器を捨てろ!取り囲むぞ!」
そんな感じで槍を突きつけられ、仕方なく腰に差した刀を地面に置き、手を上げて戦闘の意思はないということを見せ、演説を開始した。
「いきなりの訪問で申し訳ない。我々は北条氏康様の命でやってきた杉浦家の者です。
この集落の皆さんにお聞きしたい。この戦いの先に皆さんの明るい未来はあると思いますか?」
俺がそう言うと、俺を拘束しようといていた農民も手を止め、お互いに顔を見合わせてざわざわとし始める。
「北条家は農民の暮らしを思いやる大名です。他では五公五民(五割が税で五割が農民の取り分)が当たり前なのに、北条では四公六民の税制を実施している。こんなの北条家だけです。
佐々木家が独立した後、この税率を保ってくれるでしょうか。あるいは今川に支配された後、この税率になるでしょうか。
今川は少なからず、五公です。それでも今川に付きたいですか?」
「だが、佐々木様は今川の殿様の援護を受けて、今川の殿様の野望を叶えると仰った。
今川の殿様はこの乱世を制し、全国を治めるとのことだ!そうなったら必ず税は抑えられるに違いない。」
農民から反論の声が出た。佐々木は農民たちを上手く言い包めたのかもしれない。しかし、俺は軍議でも話題になった、彼らにとって衝撃的な事実を暴露した。
「いえ、佐々木はただ駒として今川に使われているだけです。今川は助けに来る気もなく、佐々木はただ圧倒的な北条の力の前でひれ伏すだけです。
もし、これが勝てる戦いならば希望を持ってもいいと思いますが、絶対勝てない戦いならあなた方はただの馬鹿です。叶わない夢を抱いて負けて罰を受けるか、我々に今従って佐々木に勝つのに貢献するか。今決めてください。」
流石にこの事実は農民たちの動揺を招いたようで、人々はお互いに意見を交わし合い、集落の長と思われる人物に判断を委ねた。
その時、
「何を騒いでいるのかと思えば…、貴様ら何をしている!」
という声がしたので振り返ると、先程の兵士たちが騒ぎを聞いて駆けつけていた。
「急いでその者どもを取り押さえろ!」
兵士たちは俺たちの格好を見て、何者かを悟ったのか農民たちにそう指示をする。集落の長はそこで農民たちに号令をかけた。
「者ども聞け!今より我らは北条氏康につく。その者どもをひっ捕らえてしまえ。」
兵士たちといっても5人程度。100人規模のこの集落では多勢に無勢であった。
この後、この集落から他の集落へと情報が行き渡り、この夜が明ける頃には、佐々木が頼りにしていた12個の集落のうち、9個の集落が佐々木側に知られぬままこちらにつくという状況になった。
「若、これで各集落に十個ずつ法螺貝が行き渡りましたが…、一体何を考えておいでなのですか?」
朝になり、風魔党の忍者たちが法螺貝の輸送を終えたところで、通泰はそう訊いてきた。
「これから佐々木正勝には四面楚歌状態になってもらうだけさ。」
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