備中鍬の威力

 村に帰って来た俺たちは、翌日から早速開墾に勤しむことになった。


「おおすごい!粘土質のここも楽に耕せる!」


 畑を耕すことには様々な意味がある。例えば、空気を土壌に入れて土壌中の微生物を活性化させたり、この粘土質の土壌であるならば耕して空気を入れ、植物が根を張りやすいように隙間を開けるという効果がある。つまり、耕すことは地質改善にも繋がるから重要なのだ。

 2時間ほどかけて4人で畑候補地の1つ目を耕すとまだ荒削りではあるものの、すでに耕作可能なほどに土壌が良くなってきていた。


「よし!このまま耕して何週間か置いておけば、きっと良くなるな!」


 耕すのを手伝っていた農業に詳しい村長は、満足げに頷きながら皆にそう言った。


「では、残りの土地も耕してしまおう!」


 農業は疲れるがやり甲斐がある。勉強よりも全然楽しい。勉強ばかりをしていると、何が目的で何のためにやるのかを見失うことすらある。農業はその点においてシンプルでわかりやすい。食うものを作る。それだけだ。


 一日かかって畑4個分を交代しながら皆で耕した。最初は皆、備中鍬が4股に分かれていることに懐疑的だったが、それでもしっかりと土壌を掘り起こせるということがわかると考えを変え、俺を称賛してくれた。

 それからは手が空いた者が耕作予定地を備中鍬で耕す日々が続き、1ヶ月ほどすると他の土地とほとんど遜色ないような土壌が形成された。


「これで食いっぱぐれるようなことはなくなったな!」


 村長は喜んでいる。この村は小田原から近いこともあって、城下町の奉公人などの逃げてきた人たちも積極的に受け入れている。耕作地は多いほうがいいのだろう。


「それで、今日はここらのお代官様にこの耕作地の使用を認めてもらおうと思ってな。お代官様を呼んでおる。きっとどのように耕したのかを聞かれると思うから、お前の口から答えてくれないか?」


 我々が代官と聞くと、かなり嫌な奴の印象を受ける。実際のところどうなのかはわからないが。

 まあ、代官がどんな奴であろうと、俺が備中鍬を開発したと宣伝することは出世する上で欠かせない。代官とやらに俺の功績を認めてもらおう。


「わかりました。やってみます。」



〜〜〜〜〜



 引き受けてから1時間もすると、数人の従者を連れて代官はやってきた。意外にも物腰柔らかそうな人物で、イメージとは随分違った。30代半ばぐらいだろうか。


「村長殿、早速ですが見せていただいてもよろしいかな?」


 村長の家に入ってきて少し話したあと、すぐに家を出て新耕作地を見に行くことになった。彼はそれなりにここの事情を知っているようで、


「ここは田畑になっている土地以外は粘土質でベチャベチャしていましたよね…。どうやって畑にしたんですか?」


 と道の途中で訊いてきた。


「それがですね、この者が新たに鍬を開発しまして。」


「ふうん。そうなんですか。」


 納得はいってなさそうだが、百聞は一見にしかず。とりあえず新耕作地を見てもらった。


「おお…、これは完璧に耕作地として仕上がっている…。」


 彼は畑の土を何度も掴んでその質を確かめ、そう漏らした。俺たちはただ耕すだけでなく、水も適度にまいて草木灰と呼ばれる雑草などを燃やしたものも新耕作地にまいていた。これをまくことで、これが微生物の餌となったり、これから植える植物の養分になったりする。まだ出来たての土壌ではあるが、着実に良い土壌になりつつある。


「なるほど。これはただ事ではなさそうですね。ちょっとその鍬とやらを見せてもらえますか?」


 一通り見回ったあと、代官こと鳥居四郎左衛門は鍬を見せろと言ってきた。


「あぁ、これです。粘土質の土壌を耕すために鍬を4股にしております。」


「むむむ…。これはすごい。」


 俺の話はあまり聞いていないようだが、四郎左衛門は鍬を見て感嘆していた。


「これはただちに上へと報告すべきだろうと思います。すみませんが、一本お借りしますよ。」


 様々な角度から備中鍬を見た彼は、最終的にそんな事を言って鍬を持って村を出ていった。


「私、道之助が作ったとご報告ください。」


 と去り際に四郎左衛門に言ったが、


「あぁ、そうだな…。」


 気のない返事をするだけだった。正直、嫌な予感がした。



〜〜〜〜〜



 一週間後、ついに種まきをしようかという時、数十人の侍の連中が小山村を訪ねてきた。なんでも、新しい鍬の報告を受けてさらに上級の役人が見に来たらしい。


「あのお侍はどなたで…?」


 一番偉そうな侍について村長に尋ねると、


「あぁ、あの方は多目(ため)元忠様と言ってな。若いが北条の家臣の中でもかなりの有力者だ。あまり失礼な態度は取るなよ。」


 と説明してくれた。


「これが鍬か…。よくできているな。素晴らしい。」


 元忠は鍬を褒め、次に思わぬことを言った。


「では、これを開発した四郎左衛門には報奨をやらねばならないな…。大したやつだ。」


 俺はやはりか、という気持ちと歯ぎしりするような強い怒りを身に宿した。元忠の後方で四郎左衛門はうやうやしくお辞儀をしている。

 農民がこのような高官に意見することは許されることではない。しかし、俺は我慢ならなかった。


「お待ち下さい!その鍬は私、道之助が開発したものでございます。先週、その四郎左衛門殿は村に来て視察をしただけでございます!騙されなさるな!」


 誰もが思わずこちらを見た。元忠は驚いたようにこちらを見やったが、


「いえいえ、大した学もない農民風情が開発できるはずもございますまい。彼らも金が欲しいものですからそう言っておるのです。私が開発しました。そして、この村で試行したのです。間違いございません。」


 という四郎左衛門の言葉に納得して俺に軽蔑のような目を向け、


「お主、偽りを申したな。その罪は重いぞ。」


 と、冷たく言い放って捕らえるように命じた。


「クソッ、四郎左衛門。てめえ許さねえからなッ!」


 俺は激しく抵抗しながら四郎左衛門を散々罵ったが罪は増えていくばかりで拘束され、揃って悲しい目をする村人たちを置いて俺は小田原城下の拘置所のような場所に監禁されることになった。

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