スズの過去 いつかの君へ4
引き上げた少年を、付近のトンネル内に寝かせた。
「……この子がさ、この雨なのに、川に行くのが見えたから……
案の定おぼれて、それで、助けようとしたんだけどね……」
「しゃべるなにゃ。じっとしてろにゃ、オマエ、ひどいケガだにゃ」
スズは少年の傷を確認した。
ワラエルも、足をくじいたようだが、それより少年の方を気にかけていた。
頭を打っている。出血。
スズは意を決し、傷口をなめた。
苗宮のいやな気配が口中に広がり、耐えがたい苦痛にさいなまれたが、それでもスズはなめ続けた。
毛玉の封印が傷をふさぎ、応急処置となった。
「ぼ、坊っちゃん、なんであっしなんか、あっしいつも、ドロボーしてばっかりなのに……」
少年は、ワラエルに笑いかけた。
意識がもうろうとしているせいか、しゃべる猫やねこみみ人間に、疑問を持ってもいない様子で。
「……せっかくさ、手提げに別にして入れてたのに。
わざわざランドセルの方から……持っていくんだもん。
でも、仕方ないよね……そっちの方が、たくさん入ってたから……」
少年は手を伸ばした。
スズが拾ってきたランドセルを取り、中を開いて。
「お腹……すいてるんだよね。いつも。
だから、ドロボーなんて、するんだと……思ったから。
お腹がふくれたら、ドロボーなんて、しなくていいと、思ったからさ」
ランドセルの中。
クッキー。
猫の形や、魚の形のもの。
「日にちが経って……この雨だし、しけってるかもしれないけどさ。
俺から君へ、あげるんだ。
そうすれば、君はドロボーじゃないから。
俺の方から仲良くなって、君をドロボーじゃなくさせるんだよ」
少年は。
苗宮キウイは、やさしく笑いかけた。
「ああ、ああああ」
ワラエルはこらえきれず、泣いた。
スズも口を手で押さえ、声を出せずにいた。
そんなスズに、キウイは顔を向け、言った。
「お願いがあるんだけど……この子何か、探してるみたいなんだ。
もう必死で、泣きそうな顔で、川で何かを探してたからさ。
俺はちょっと、手伝えそうにないからさ。
俺の代わりに、手伝ってあげてくれないかな?」
「……!」
スズも耐えきれず、涙を流した。
「違う、違うんだにゃ……! スズが悪いんだにゃ!
スズがウソついたんだにゃ、黄金のマグロを探してこいって、そんなのいないのに!
見つけられなかったらこの町から出て行くって、約束して、スズがコイツを追い出したかったから……!
スズのせいで、ワラエルがおぼれて、オマエがケガしたんだにゃ!
スズは、ひどいヤツだにゃ……!」
泣きじゃくるスズを、キウイはきょとんとした顔で見た。
それから、言った。
「本当にひどい人は、そんなふうに泣いたりしないよ。
君は、やさしいんだよ。
君とこの子が望めば、きっと、仲直りできるよ」
「そんなの!」
なかば意固地に、スズはわめいた。
「できないにゃ……! スズは、この町の猫の番長だから!
一回敵になった相手を簡単に許してたら、リーダーの威厳にかかわるにゃ!
だから……! スズは、ひぐっ、ワラエルと、仲良くなっちゃ、ダメなんだにゃ……!」
キウイは、首をかしげた。
「君は、猫なんだよね?
意外だよ、そういう、なんていうか、リーダーだからこうしなきゃとか、そういうのにこだわるなんて。
猫ってもっと、わがままで、自分勝手なものだと思ってた」
キウイはそして、スズと、ワラエルとを順番に見た。
「そうだな、じゃあ、こうしよう。
俺はこの子と、仲良くなるから。
君は俺と、仲良くなってよ。
そうすれば、誰も文句なくて、みんな幸せになれるよ。
だからさ」
キウイは、スズへ、手を伸ばした。
「ともだちになろう」
そのときのスズの表情は、後で自分で思い返して、なんとまあこっけいで、気が利かなくて、最悪だったことか。
雨は弱まり、雲が切れた。
月明かりが、このトンネルの中にまでさした。
月光を浴びて、魚の形のクッキーが、金色に光った気がした。
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