スズの過去 いつかの君へ2

 季節は過ぎゆく。


 スズの耳に、様々な猫好き人間のうわさが入った。

 富豪に引き取られたあの子、孤児院のころから不器用な笑顔を絶やさず、ボランティア活動に積極的だった、彼が才能を開花させて音大に入った、とか。

 あそこの娘さんが獣医学部を卒業できた、一時期はお父さんが亡くなって夢をあきらめかけたけど、その父が酒代削ってこっそり学資保険に入ってたおかげで、ちゃんと学費を払えた、とか。

 スズには関係のないことだった。目下の悩みは、猫魈ワラエルだ。


 ワラエルはスズに幾度と食べ物の無心に来たり、苗宮の少年にちょっかいをかけたりした。そのたびに、スズの怒りが降った。

 ご機嫌取りのつもりか、ゴミ捨て場から拾ってきた、ドロッドロに汚れた恋愛指南書を持ってきたこともあった。ケンカ売ってるのか。


 その日、苗宮の少年は調理実習だった。

 学校で作ったクッキーをランドセルに入れて、うきうきと帰路についていた。

 そこを、ワラエルは狙った。

 スズは出遅れ、クッキーが奪われた後に、ワラエルと取っ組み合いになった。

 クッキーを地面に落とし、踏んづけ、ぐしゃぐしゃにしてしまった。

 女性の顔の形をしたクッキー、包み紙には「たんじょうびおめでとう」の文字。


 少年が追いついた。

 泥だらけのクッキーを見て、泣いて、怒った。


「なんてことしてくれたんだよ! 今日、母ちゃんの誕生日だから、プレゼントしようと思ってたのに! こんなんじゃ、あげられないじゃないか!」


 手提げ袋をぶんぶんと振り回され、ワラエルもスズも退散した。

 スズは苦々しく思った。

 苗宮の家に興味はない。興味はないが、自分まで嫌われるのは心外だ。




 夜。

 ワラエルはおずおずと、スズのもとへ来た。

 スズは冷酷に告げた。


「最後のチャンスをやるにゃ」


 ワラエルに顔を寄せ、凍るような目で見つめ、スズは言った。


「町はずれの川、あるにゃ?

 あそこの川には、満月の夜にだけ、世にもめずらしい黄金のマグロが泳ぐという言い伝えがあるにゃ。

 次の満月、そのマグロをつかまえて持ってくることができたら、オマエがやらかした一切を許して、仲間にしてやるにゃ。

 でももし見つけられなかったら、もうこの町にいることは許さんにゃ。

 すぐに出て行って、今後スズたちとかかわらないことを誓うにゃ」


 ワラエルは泣いて了承し、チャンスをくれたことに感謝し、きっと見つけてみせると約束した。


 スズの出まかせであった。

 そんな言い伝えはない。

 ワラエルを確実に追い出すための、口実だった。

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