プロローグにしてエピローグ

スズの過去 いつかの君へ1

 苗宮虎徹なえみやコテツという人物を、スズはうとましく思っていた。

 猫が嫌う気配をまき散らしながら、猫と仲良くなろうと突撃してくる。

 スズもさんざんまとわりつかれ、そのたびに毛玉を投げつけて追い払ってきた。


 そんな虎徹が、子孫は猫と仲良くなってもらうべく、マタタビを妻に迎えたという。

 少し興味がわいたが、生まれた娘は虎徹よりマシなものの、やはり苗宮家の気配があり、スズは失望した。

 クラスメイトから「やーいおまえの母ちゃんマータタビー」とからかわれるのを見ても、スズにはどうでもいいことだった。事実だし。

 その娘が成人し、誰かと子をなしたと聞いても、スズはもはや、興味を示さなかった。




 住宅地のひさしに登り、スズは日向ぼっこをしていた。


「こらー! 待てー! 俺ののり返せー! 工作の宿題やれないだろー!」


 やかましい声に、スズは目を向けた。

 ランドセルの少年が、でんぷんのりのチューブをくわえた猫を追いかけていた。

 あの少年は確か、苗宮家の。名前は忘れた。興味がないからだ。


 スズはため息をひとつついて、その場を離れた。




 少年をまいた猫は、でんぷんのりをぺろぺろとなめていた。

 そこにスズが顔を出した。


「ワラエル、オマエ何やってるにゃ」


 びくりと、猫はスズに顔を向けた。

 ドロンと姿を変えると、そこには三本の尾を持つ、みすぼらしいねこみみ人間が現れた。


「へ、へへ、町猫番長スズさん、本日はお日柄もよく……」


 卑屈な笑みを浮かべるワラエルを、スズは冷ややかに見下ろした。


 ワラエルは猫魈ねこしょうだ。三本の尾を持ち、猫又よりもさらに歳をへて、強大になった妖怪とされる。

 しかしワラエルにたいした力はない。ただ年老いただけの猫で、スズに縄張り争いをいどみ、そして負けた。


「スズのシマでドロボーはご法度だにゃ」


「し、しかしですねスズさん、あっしは食いぶちもなくて、こうやって文字通り糊口ここうをしのぐ有り様でして、あ、あの男の子はスズさんら猫たちが嫌ってるでしょ、ちょっとくらい悪さしてもいいかと」


「それとこれとは別だにゃ」


 スズはのりを取り上げた。


「ここらの猫がドロボーするって思われたら、猫たちみんなの肩身がせまくなるにゃ。誰であろうと、人に迷惑をかけることは禁止だにゃ」


「じゃ、じゃあせめて、舎弟にしてくださいよ、あっしがスズさんのために働きやすから、ね、おまんまにありつけさせてもらえればそれで……」


「くどいにゃ!」


 スズは一喝し、ワラエルはびくりとした。


「もともとオマエが意気揚々とケンカを売ってきたせいで、関係ない猫までケガしたにゃ。

 それをぬけぬけと舎弟にくだりたいなんて、許されるわけがないにゃ」


「そ、そこはほら、あっしも心を入れ替えて……」


「くどいって言ってるにゃ! フシャーッ!」


 スズがうなり、ワラエルは飛びのいた。

 しばらくスズににらまれ、ワラエルはびくびくと見返し、それからしょんぼりと去っていった。


 猫のうらみは七代たたる。

 一度敵対した相手と、それを忘れて仲良くなるなんて、どうしてできようか?

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