第69話 そして、祭りは終わる。2

 火車アブリマルが車輪を回すと、それはあの世への通り道となった。

 アブリマルは、自分の手を見て、しみじみと言った。


「オレサマは、死人を地獄へとみちびく妖怪で、死体を盗む怪物だった。

 好き勝手に暴れて怖がられてたけど、本当はそんな自分がイヤで……だから忘れたんだ。

 全部忘れて、マヌケで愛嬌のある五徳猫になって……それで、オレサマは……友達が、欲しかったんだ」


「アブリマル大丈夫? 友達欲しくてイメチェンした結果がリーゼントって、五徳猫デビュー大失敗してない?」


 徳川いぬみみ綱吉は笑いかけ、アブリマルの肩に手を置いた。


「火車は恐ろしい妖怪とされるが、文献によってはこんな記述もある。

 火車は本来は極楽浄土の使いであり、見る者の心によって違う姿に見えると」


 いぬみみ綱吉にうながされ、アブリマルは振り返った。

 ジャミーラやスズら、仲間たちが、そこにいた。


「彼らの目は、恐ろしいものを見る目に見えるか。君のことを怪物だと」


「ああ……」


 アブリマルは、涙を流した。


「友達、できてんじゃねぇか。不器用なオレサマでも。うれしいなあ」


 いぬみみ綱吉は、笑顔を向け続けた。

 それから不意に、向き直った。


「苗宮キウイよ」


「は、はいっ」


「余はかつて、みずからの理想とする世を作るための政策を行った。

 しかし理想ばかりを追い求め過ぎ、周囲の進言や人心をないがしろにした政治を行い、後世の評価は知るべきところだ。

 指導者の先達として、伝えておく。

 人の上に立つに必要なのは、理想でも、能力でも、家柄でもない。

 人々と、手を取り合えることなのだよ」


「……心に留めておきます。

 ってあれ、もしかして俺、指導者として期待されてる?」


「息子よ、次は世界征服ですね」


「マジで!?」


 いぬみみ綱吉は笑い、それからいぬみみ人間の方を向いた。


「ワン・チャン。リィルゥ。

 犬のみの指導者ではなくとも、苗宮キウイは諸君のよき指導者となろう。支えてやってほしい」


「は。心から承ります」


「アタシは楽しくケンカさせてくれるならなんでもいいぜー」


 いぬみみ綱吉はうなずき、そしてあの世への門をくぐった。

 振り返り、面々を見渡した。


「さらばだ。楽しかったぞ、諸君」


 いぬみみ綱吉は、そして、いぬみみを外した。

 穏やかな表情の徳川綱吉は、能の様式にのっとり、一礼を行った。

 門が、閉じた。


「……ふぅ」


 アブリマルは、車輪を手に取った。

 ジャミーラがたずねた。


「アブちゃん、これからは火車としてやってくのぉ?」


「いや」


 アブリマルは、リーゼントを整え直した。


「これからも、五徳猫としてやってくよ。

 火車の生き方はなぁ、もう、忘れちまったよ」


 アブリマルは、はにかんでみせた。

 車輪が縮まり、五徳になると、アブリマルはかぶるために頭上にかかげた。

 高らかに。

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