第36話 悲しき激突!イカ人間獣医!4

 気絶から目を覚まして、セピアは見上げた。のぞき込むキウイの顔が見えた。


「よかった。大丈夫そうですね」


「……何が大丈夫なんですか。

 私は悪いことをしました。それでこらしめられました。それで終わりです」


「そう言わずに。ほら」


 キウイが示し、セピアはそちらを見た。

 招き猫カムカムが来ていた。


「マスター。セピア。お願い。カムカムを、なでて欲しい」


 カムカムはセピアの手を取り、自分のほおに当てた。セピアは目を丸くした。


「あた、たかい……? あなた、なんでこんな温かいんですか。今まであなた、体温なんてなかったじゃないですか」


「ねこじゃらしマスターの技で、カムカムに猫としての性質が芽生えた。だから、」


 言葉が詰まった。カムカムの目から、涙があふれた。


「ごめん、セピア、今までごめん、助けられなくてごめん……!

 カムカムは、ずっと一緒にいたのに、猫の代わりになれなくて……!」


「そんな」


 セピアは首を振った。

 セピアの目からも、涙が流れた。


「そんなの、カムカム悪くないじゃないですか、ただ私が悪いだけで、カムカムはずっと私と一緒にいてくれて、なのにこんな」


 互いに言葉が出なくなった二人を、キウイは見守った。それから声をかけた。


「今まで、つらかったと思います。その埋め合わせになるか分かりませんが、これからは俺たちがついてますよ」


 セピアは見上げた。キウイは目線でうながした。スズたち四人のねこみみ人間が、思い思いに笑いかけた。


「これからスズたちが、遊んでやるにゃ。キウイのエリクサーがあれば、イカの毒なんて気にせずに遊び放題だにゃ」


 セピアは、信じられないという顔をした。


「そんなの、なんでですか? 私、悪いことしましたよ? あなたたちを傷つけたのに、なんでそんな、優しくするんですか?」


「スズたち全員、それでいいと納得したにゃ」


「でもそんな、ダメですよ、おかしいです。私は悪いことをして、悪いことをしたら罰を受けるべきで、そんなの」


「くどいにゃ」


「でこぴん!?」


 スズはにんまりと、笑ってみせた。


「知らなかったかにゃ? 猫はわがままで自分勝手だにゃ」


 ジャミーラたちも笑った。


「お猫様が遊びたいって言ったらぁ、人間に拒否する権利なんてないわよねぇ?」


「苦しい思いをしたことなんざ、とっくに忘れちまったぜ!」


「天上天下唯我独尊、ボクたち猫のわがままという災厄を、その身に罰として受けるがいいさ」


 セピアはぼう然とした。

 それから、もう涙は、こらえきれなかった。


「そんなの、私、いいんですかぁ、そんなことされたら、私うれしすぎて、死んじゃいます……!

 あぁう、ごめんなさ、あぁ、あり、ありがとうございま、うぁう、あぁ、あああああ……!」


 号泣するセピアを見ながら、キウイはカムカムに問いかけた。


「これにてプラマイゼロ、かな?」


 カムカムはうなずき、それから首を振り、答えた。


「プラマイゼロ。否。これはプラス。マイナスを超えて、大きなプラス。カムカムは、そう信じる」


 カムカムもまた、涙をこらえきれなかった。


 月は沈み、朝日が登った。澄んだ光が、この場の全員を照らした。

 キウイはほがらかに笑った。もう何も問題ないと。天井の吹っ飛んだこの病院をどうするかは、あえて考えないようにした。

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