第16話 美少女に救われる

 不思議な夢を見た。

 この家の濡縁で?濡縁にしては広くてウットデッキとでも言うような所?

 誰かと二人でお茶を飲みながらのんびり庭を見つめている夢だ。

 不思議な香で初めて飲むお茶を楽しみながら周りを見る。

 夢なので確かにこの家だと言うと自信はないし違うところかもしれない。

 ディテールはかなり曖昧、寝ている頭じゃどうでもいいのだろう。

 温かくて気持ちのよい風が吹いていたのを感じている。

 心地よいところだ。

 青く長い髪の女の子が「ここは地球じゃないよ」といったが眩しくて顔が見えなかった。

 醒めきらない脳ミソをほったらかしにして薄く目を開ける。

 日が差し込んで部屋の輪郭を認識すると、夢だったのかと気付いた。

 今日から新しい高校での生活がはじまる。

 僕はまどろみを振り払いさっさと起き出して身支度を始めた。

 初日から遅刻なんて漫画みたいな事にならないように早めの準備を心がける。

 ここから学校まで歩いて15分ほど、7時半に出れば余裕で間に合うだろう。

 それにしても新しい制服と言うのはなぜか照れくさい、なれない物への期待と不安が入り混じっていてそれをストレートに表しているようだなと鏡の中の自分を見て頷いた。

 そんな浮ついた気分を引き締めるように少しだけきつくネクタイを締める。

「いってきます」

 僕は見えない誰かに呟いた。


 新しい街の風を感じながら少し緊張して新しい通学路を歩く。

 東京と違いこの街では電車に乗る煩わしさから開放された。

 徒歩で学校まで行けるのが何故か新鮮だった。

 そんな心地よい緊張を感じ家の通りから大通りに出ようとしたとき不意に警察官に呼び止められた。

 新鮮な気分に水をかけられるような不快感が沸き上がる。

「君ちょっといいかな、これから学校なのか?」

 当たり前のことを聞くこの警官は何なのだろう。

 僕は一瞬黒い箱の事が脳裏に浮び身構えてしまった。

 通りすぎる人が何事かと僕の事をチラ見している。

「学校ですけど何か?」

「いや、たいした事ではないんだが君名前は?この辺に住んでいるのか」

 やはり怪しい、普通の警察官がこんな通学の時間に学生に職質などしないと思う。

 よく見るとこの警官、目が泳いでいるような気もする。

 それとも僕がやたら怪しい動きをしていたか?……そんなことは無いと思うが。

「ん?答えられんのか?」

「あなた本物の警察官ですか?なんで今呼び止められて個人情報を言わなければいけないんですか?理由を言ってください」

 あーなんで余計な事を言ってしまったんだろうと思っても後の祭り。

「お前、怪しいな!ちょっと交番まできなさい」

「はぁー?これから学校なのになんで連れて行かれなきゃなんないんですか?」

「うるさい、口答えするな、いいから来い!」

 腕を捕まれ来いと言われ抵抗している時だった。

「ウチの生徒がどうかしましたか?」

 僕と同じ高校の制服をきた女の子が腰に手を当てた仁王立ちで警察官を睨んでいた。

「あっ、ウメちゃん今から学校?」

 警察官が急にヘラヘラしたチャン付けでこの女子を呼んだのに呆気に取られていると、女の子が僕のそばに来て言った。

「あなた、何かしたの?」

 怪訝そうに聞いた女の子に僕は首を振ってしていないと答えた。

 そのまま警官のほうを見た女の子はどう言う事かしら?と疑問をなげた。

「いや、別にたいした事じゃないんだけどね、何かこいつ怪しいなあいなーと、ぼくの勘が……」

「勘?あんた馬鹿じゃないの?そんなことで通勤通学の貴重な時間を無駄にさせて税金の無駄使いだと思わないの?そんな弱い物いじめみたいな無駄な事ばっかりしているから、大事なときに役に立たないんだよ、最近出没の地域の不審者ってあんたの事じゃないの」

 一歩もひるむことなくまくし立てる女の子にたじたじの警官はこの子と知り合いなのだろうか? ウメちゃんとか言っていたし……

「いや、そんなに怒らなくても……」

「うるさい、いいからさっさと交番に帰れ!」

 しゅんとして退散していく警官の後姿を二人で見送って歩き出す。

「ホント助かったよ。交番なんてつれてかれたら遅刻間違いなしだった」

「いいって気にしないで、あいついつもなの、この辺じゃ有名なダメ警官だよ。いい加減な事ばっかりでさ……私のお姉ちゃんに気が有るみたいでね、ストーカーかってぐらい付きまとってあったまくんだよね、私にもなれなれしいし……それにしても君この辺なの?見かけたこと無いけど、一年生?」

 僕は転校のいきさつを説明した。

「へーそうなんだ、私も2年、佐藤ウメですウメって呼んで、よろしくね、えーと」

「野田ユキオですよろしく」

 僕がそういうと彼女は微笑んだ。

 とても綺麗な黒髪をなびかせて笑った顔に僕は無意識で「美少女」と声が出た。

 やばい!と思ったが小声で聞き取れなかったのか、何事もないように少しだけ前に走り出し、スレンダーな体をくるりと僕に向けた。

「同じクラスになれるといいね」

 と言った彼女に僕はクラッと青春の眩暈を感じて全身に熱を帯びる。

 バカになってはしゃいだ挙句心の叫びを本当に叫びそうになる。

 うまく同じクラスになって友達になれれば朝の通学、いやいや学校の生活自体が素晴しく充実しそうだ。

 だが、しかし! 世の中そんなに甘くない事を痛感する。

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