第10話 三姉妹
荷物の搬入も無事に済み片付けに勤しんでいると、どやどやとなだれ込む様に叔父のところの三姉妹がやってきた。
ちなみに彼女たちはこの家が事故物件だと言うことは知らない。
「ユキオちゃん、差し入れ持ってきたわよ」
長女のナノハさんが大きな風呂敷包みを見せた。
「ユッキーが寂しいだろうと思い来てやった、うれしいだろ」
次女のユズハ、こいつが一番厄介だ。
同い年であるにも関わらずなぜかいつも上から目線で物を言うのだ。
「お兄ちゃん!こんな連中の事なんかほおっておいて二人で楽しくイーコトしよう」
と言ってウィンクしているお子様は三女のコノハ、昔から僕の嫁になると宣言しているのだがそれも今年ぐらいかな?
「それにしても古い家だね、高校生の男子が一人暮らしするには何か地味だねー」
ユズハの憎まれ口が始まる。
「ユズネエ酷い事言わないで、ここはお兄ちゃんとコノハの愛の巣なんだよ、絶対にコノハがかわいくコーディネートしてあげるんだから部外者は黙って」
おいおい誰と誰の愛の巣だって?
「あら、この間おねしょが治ったばかりのお子様が愛の巣のコーディネートなんてしたらどうなるかしら?ユッキーだって迷惑だろ、きっと手間が増えるだけだからあんたは遠慮しな」
「そんなことないもん、お兄ちゃんはコノハがお世話するの。だいたいおねしょなんてしたこと無いもん」
完全に僕の意向は無視して揉める二人に苦笑いしていると、風呂敷から重箱を広げ始めたナノハさんが妹たちをたしなめる。
「二人とも止めなさい、ユキオちゃんも困るでしょ、せっかくこれから17歳の青臭い青春の煩悩を謳歌しようという時に水を差すような事を言うのは」
「青臭いのは認めますけど、煩悩を制御する理性は持ち合わせています」
僕は疲れた表情でナノハさんを見たがそれよりも妹2人の視線が痛かった。
「ふーん、ユッキーて煩悩なんだ」
「お、お兄ちゃん!コノハという大事な許婚がありながら別な女と逢瀬を楽しもうなんて」
「って、僕は煩悩その物でもないし、許婚でもないし、女の子を部屋に連れ込もうなんて!……なんて、おも、いもし、な、い?」
僕はおもわず言葉に詰まり冷ややかな空気に肺が凍り付きそうになる。
3人の女子は凍りつきかけの僕をさらに冷ややかに見た。
「まあいいじゃない、さあ食べましょう。」
大人なナノハさんが取り繕うように食事を促す。
救いの女神だ。
おばさんが作ってくれたお稲荷さんや煮物、たまご焼きにタコのウインナーまである。
一人暮らしの男子にはありがたい心遣いだ。
「タコさんのウインナーはコノハも手伝ったんだよ」
「あら、あんた母さんの横で見てただけじゃない」
この二人はいつまでも、もめ続けるだろう。
「それにしても、ここの立地でこの間取りだと古くても高いんじゃない?」
ナノハさんの質問に安いですよと答える。
「まあ、いろいろとそのへんは」
と、ごまかして……やはり事故物件とばれるのはまずい、近所の人には変な目で見られたし、おじさんやおばさんには迷惑かけたくない、ばれたらおじさんの所に連れて行かれるなと思った。
「あっ、お化けが出るから安いんだ!」
唐突にコノハが言った。
僕は目を丸くしてコノハを見た。
「ちょっとやめなさいよ、安さイコール心霊現象なんて今どきありえないでしょ」
あきらかに顔色の変わったユズハに、小学生らしからぬ不適な笑みを浮かべてコノハはたたみかけるように言う。
「今時なんて言葉はあなたの知らない世界では通用しないのだ、ほらユズネエの後ろで何か動いた!」
「イヤー」と耳をふさいだのは以外にも2名、二人の姉だった。ユズハだけならともかくナノハさんまでこの手の話が苦手とは、ますますばれるわけにはいかないだろう。
「違うって、安かったのはおじさんの顔が利いてるからで、いくら安くてもそれなりだよ、だってここが今の実家だから……僕と親父の」
3人ともなぜかすんなりと納得してくれた。
この娘たちそれなりに気を使っているなと思ったが……コノハがここに住むと言い張るのにはちょっと困った。
最後はナノハさんに引きずられながら帰る姿は笑えた。
なんだかんだと言っても、3人とも僕を心配してくれているのには感謝しなければ、にぎやかな3姉妹との楽しい夕食はこの家の空間に恐ろしく静かなギャップを作る。
さっきまでの笑い声が聞こえなくなると、ちょっとした軋みや、風が窓をたたく音が気になりだすのは当然だろう。
この状態は気持ちを弱くしてしまうとたちまち飲み込まれる。
一人暮らし初日でギブアップなんて事になりかねない。
僕は昼間に買った〈家内安全〉の札に手を合わせて拝む、よし、これで僕の精神的支柱は滞りなく完成にいたる。
「フロにゆっくりつかって今日は寝るか」
独り言を言ってみる。
母が居なくなって返事がない事には慣れているはず、それでも環境の変化と言うやつは厄介なものだ。染み込んでくる寂しさは今までの数倍に感じた。
早くなれないとまずいが、学校が始まれば何かとまぎれるだろう。明日残りの片付けと新しい制服を取りにいく、役所の手続きもまだあるし家事も自分でやらないとすぐに生活自体にイエローカードを出されるだろう。
やはり一人暮らしはやる事が多いなと思った。
忙しければすぐに新しい環境にも慣れるだろう。と言うかそれが狙いだったなと思い出して少し笑った。
新しい学校も楽しみだしこの街での暮らしもきっと楽しいだろう。
きっと上手くいく、すべてここから新しく始まるのだろうと思う。
そしてこの家の庭が花で埋め尽くされれば、母の事で落ち込む事もなくなるはずだ。
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