第8話 黒い箱と女に見える犬
部屋にたどり着いて新品の布団の横に買出しの荷物を置いた。
布団は動物柄のかわいいものだが、何かビミョーだ。
こんなデザインを選ぶのはよほどセンスのない奴か宇宙人ぐらいだな、と思いながらため息をつく。
購入したお札を部屋の一番目立つところに貼ってほっとすると腹の虫が騒ぎ出した。
引越しのトラックがくるまでまだ時間があるので、少し腹ごしらえしようと思い、スーパーヤマダで買ってきたしょうが焼き弁当を食べる事にした。
「うまいな」
絶妙な焼き加減!きっと腕に覚えのある凄腕の主婦パートさんが存在しているに違いない、期待していなかったので一口食しておもわず声に出してしまう。
たかがスーパーの惣菜弁当と侮るなかれ、近くにいい食料の調達場所があって助かると思いつつもう二口目を口に運んだ時、背筋に冷たい視線を感じたのである。
誰かに見られている?
そう思えるほど鋭い殺気は獲物を狙うハンターのように此方を伺っている。
此方と言ってもなんだかしょうが焼き弁当にウエイトが置かれた視線なのは何故だろう?
だれだ?あたりを見回す。
!、ねこが一匹濡縁に座りこっちを見ている。
この猫?僕は、自分の小心さに思わず笑ってしまった。
「ほしいの?」
声をかけると僕の言葉が通じたかのようにニャーと鳴いて寄ってきた。
窓を開け弁当のフタに肉を小さく千切ってのせて猫にあげた。
「うまいか?」
猫に話かけながらぼんやりと庭をみる。
生垣で外からは見えないが、この小さな庭には薄い黄色の花が咲いているのが見えた。
母が生きていたころ、家はマンションだったが、バルコニーは花があふれていたのを思いだした。母は狭い事が少し不満そうで、庭のある家がいいとよく言っていた。
あの頃はまったく気づいていなかった。
母の育てた花がどれほど家という空間を豊かなものにしていたか、それが家族にどれほど安らぎを与えていたのか今頃気づくなんて僕は情けない息子だと思う。
母が逝ってしまい、手入れをしてくれる人のいなくなった花は程なく枯れて日々色を無くす窓を見るたびに母がいなくなった現実を突きつけられた。
枯れた花は気持ちを重くする。
あの日から家の中の色は消えたようにモノクロで僕と父の生活はプログラムを毎日こなすだけの味のないものになっていた。
母のようには出来ないけど、この庭を花であふれさせたら、何かから救われるような気がした。晴々とした気分で満たされる様にイメージが膨らむ。
おなかいっぱいで濡縁で居眠りを始めたねこの横に僕も座り込んだ。
軒下と青空のコントラストを見比べると目がチカチカして少し涙が流れた。
もうすぐ引越しの荷物が届く、今日二度目の気合を入れると「よっしゃ」と声を出し立ち上がる。
ねこも釣られて起き上がり庭の隅に歩いていった。
何気にそちらに目をやると黒くて四角い箱が置いてあるのに気付いた。
僕はそれに近寄ってしばし眺める。
一見ただの黒い箱だがキチンとした工業的な四角でしかも金属だ。
持ち上げようとするとかなりの重量で結構な努力を要する。
この重さは以前にも経験した事があるがいつだったか思い出せない、歯を食いしばりやっと濡縁に乗せた。
木製の濡縁はきっと聞こえない悲鳴を上げているだろう。
この黒い箱に引き付けられ僕はそれをしばらく観察した。
何の箱なのだろうか?
蓋がついているわけでもなさそうでしかも触った事のない表面素材の感じは、金属と言う認識はできるが僕の知る〈普通〉のモノとは明らかにちがう。
ピアノとも違う光沢で硬い、衝撃に対する強度は計り知れないが計る気はないし手段もない。
「いったい何の塊だ?」
僕は左右前後と見回すが手がかりはなかった。
あきらめて部屋に戻ろうと体をずらしたとき太陽の強い反射で上面の一部に光沢の違う所を見つけたのだ。
注意深く見ないと分からないほどの違いに僕はその部分を無意識にタッチして右側に指をスライドさせた。すると上面の真ん中に一文字の発光が走りその部分が上に迫上がりそのままモニターになった。
モニターといっても僕らの言うところのそれではない、実態は光の膜で手で触ると何もない、その部分が四角に発光しているからモニターに見えるだけかもしれない。
これは何だ?疑問が一段階強くなる。
庭先では太陽光が強すぎて画面が見えにくい、もう一度持ち上げて部屋に移動した。
移動する際の重量で濡縁が壊れないかすごく心配だったので細心の注意をはらう。
部屋に入り僕はその物体の前に正座してマジマジとモニターを見る。
さっきと同じにタッチしてみると今度は急に〈ウィーーーカチャ〉と音がして一瞬部屋の壁に流れるような発光が見えた気がした。
気を取られる暇もなくハコはモニターの前面が斜めにスライドしたと思うとタッチパネル式のキーボードらしき物が現れた。
そこには見たことのない文字?が並んでいて左右に何本かの緑の発光がある。
たぶんこの器械のインターフェイスなのだと感覚で理解した。
ためしに適当に触ろうと両手をキーボードの前に出し……止めた。
調子に乗って知らない装置に勝手にさわり、酷い目にあうマヌケが主人公の猫型ロボット漫画を思い出したからだ。
まあここまで触っていて今さらなのだがもしかしたら僕の動物的勘なのかもしれない。
つぎのステップはやばいかも、そんな考えのよぎったとき画面が急に点滅して、
〈EMERGENCY〉と僕にでも分かるアルファベットが並んだのだ。
それが10秒ほど続くと今度はぼんやり人影が映った。
何か調整が必要なのかそれははっきりと映らないが一瞬だけ顔?が見えた……
犬の?そう、あきらかに女と分かる犬の顔……エッ?女に見える犬ってなんだ。
悪い夢でも見ているような気分になって僕は勢いだけでスライドしたキーボードを押し上げた。
〈キュイーーーーカシャ、カシャ〉と器械音が鳴り全てがもとに戻る。
なんだったのだろうかあの映像、悪戯にしては懲りすぎだ。
僕は理解を超えた物体に目を落とし溜息をついたときチャイムが鳴った。
引越しの荷物が到着した。
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