第6話 死ぬのは初めてだ

 しょうが焼き弁当は絶品だった。

 作戦地域の携帯口糧やピナツ―での食事は、すでに地球のご飯事情に1世紀は引き離されている。

 本国の食事だってサプリメント効果のパンと薄い塩味で栄養満点のスープ、はっきり言って美味しくない。

 下等生物のくせに食に関する文化程度は高いのだろう。

 もしも住む事になれば案外いいところかもしれないなと思う。

 そんな飯の事ばかり考えながら作業に没頭している。

 この家の柱や壁に電子強化用透明フィルムを張りつめLB4型とリンクさせ電子機器強化の補助機能を施した。

 これで電子的に妨害されることもなくここはピナツ―と安全にリンクできる空間になった。

 ついでにフィルムの外側10イース(地球の単位で1m弱)にはシールドがあり、この惑星の銃火器程度の攻撃時には容易く耐える仕様だ。

 開放的な窓には光の漏れを防ぐ遮光カーテンと言う商品を真似てピナツ―で作製した生地を取り付けた。これでプライバシーもばっちりで情報の漏えいに役に立つはず!などと呑気に部屋中に展開されたモニターに映る計画図と照らし合わせているとそろそろ時間なことに気が付く。

 夕方にガスエネルギーの開詮とガス風呂の使い方を教えに大家さんがガス業者を連れてくると言っていた事を思い出した。

 余った電子強化のフィルムをユニ●ロと言う店で買ったパーカーのポケットにしまった。

 部屋の中には中継端末から展開された計画図のウィンドウがいくつも表示されており、このままの状態ではまずいなと思う。

 現地人にこの様な進んだテクノロジーを見せると必ず興味を示し使えないのに欲しがるからだ。

 これは極秘任務なのでこちらの事を教えるわけにはいかない。

 中継端末の展開を解除し厳重なロックを施した。

「さて、どこへ隠したものか」

 一人呟きながら部屋の中を見回した。

 奥の部屋にある収納の上のほうなら開けられる心配はない、トモーフにこの紙の扉はなんと言うんだと聞くとトモーフの目からモニターが映し出され〈日本建築の収納スペースで押入れ、扉は和紙製でフスマ、天井に近いほうが天袋と言う〉と解説が出た。

「それでは作業開始」

 そう言って作業用強化プロテクターを捜すが、持ってきてないことに気づく。

「あちゃー、強化プロテクター忘れたよ、しょうがない何とか自力で」

 そう言ってみたが天袋には届かない。下の押入れでもよいのだが、念には念をと入隊時の教官に習っているのでその選択肢は無かった。

 私は雑貨店で買ったリサイクル品の丸椅子を踏み台にする。

 中継端末の両側を持って勢いよく胸の辺りまで持ち上げた。

 ふらつきながら椅子の上に上る。

 地球人に比べて怪力の私がこれだけ重いということは、「そ、う、と、う、の」といいながら腰と腕で持ち上げた。

 その時だ!

 予期せぬ事態と言うのは突然やってくる。

 中古品の丸椅子は重量オーバーの悲鳴と共にあっけなくゆがみ分解した。

 もちろん私は無様に宙を舞う。

 運悪くその下にいたトモーフは私の落ちた衝撃で変な声と共にエラー音を出し活動を停止した。

 私の不幸は続く、落ちる瞬間勢いよく離した超重量級中継端末LB4型は天井にぶつかって跳ね返ると法則の倍の落下速度と程よい進入角で私の頭を直撃したのだ。

〈イタイ、イタイ〉そんな自分の思考がグルグルと駆け巡って意識が薄くなる。

 脳に埋め込んだ補助機能が起動して思考が記録されると同時に、意識がはっきりと鮮明になる。

 やってしまった。

 不測の事態で明日の定時連絡は間に合いそうにない、この程度の瀕死ならたぶん24時間ぐらいで動ける程度にナノマシンが治癒してくれるだろう。

 しかし痛みと動けない状態で夜明かしとは気がめいる。

 せっかく買ったカワイイ布団に寝るのも先延ばしだ。

 痛みはナノマシンの分泌する薬品で少しだけ薄れてきた。

 しかし運動神経に問題があるのか体は動かないままだ。

〈ぴん、ぽーん〉とやや間抜けな電子音がして。玄関の開く音、「泉さーん、大家の富田でーす……留守かな」

 私は見つからないように祈った。

 余計な事をされると私が地球人じゃないとばれるかもしれない。

 それにナノマシンの活動中は安静にしてないと活動を妨げ心臓にかなり負担が掛かる。

 あきらめて帰ってくれ。

 そんな願いも虚しくガスの業者さんが庭に回って窓越しに私を見つけた。

「お、お、大家さん大変だ!死んでる~~~~~」

 と言って騒ぎ出した。

「あーなんてこと!泉さんしっかりしてください」

 私を見るなり大家さんが〈キュウキュウシャー〉と怒鳴った。

 ガス業者があわてた様子で通信機を使いどこかに連絡している。

 大家さんがどこからか持ってきたタオルで傷口を押さえる。

 まもなくけたたましい警告音が響き、何人かの人が駆け込んできたかと思うと、私は車輪つきの台に乗せられて白くて赤のラインの入った乗り物に乗せられる。

 いったい何処に連れて行くと言うのだろう。

 頼むからほっといてほしい、だんだん眠くなってきた。

 やばい意識を失ったら困る。

 到着までに何とか動けるようにならないものか私は必死で手足を動かそう試みるが心臓が苦しくなるだけで無駄だった。

 しばらく乗り物に揺られてから停止する。

 扉が開くと規模のわからない建物の搬入口みたいな所に連れてこられた。

 たぶん医療施設だろうが乗り物の赤い点滅が私の不安を煽る。

 無常だ、たぶんここは、この世界の原始医療の最先端でこの傷はこいつらにしてみれば致命傷以外の何物でもない。トモーフがエラーしていなければ私をシールド遮蔽してくれたに違いない。

 悪運と言うのは悪いときには重なるものだ。

 いったい私は何をされるのか?

 戸惑いと不安が体中にあふれ出すがもうまな板のニシキゴイでしかない。

 ちなみにまな板というのは魚をさばく板だ。

 ライブラリーで見た。

 

 1,2,3で持ち上げられ治療用の台の上に移動した。

 羽織っていたパーカーの前を開けられお気に入りの服を鋏で切られ胸に変なコードをつけられながら医療従事者らしい男が難しい顔をしている。

 「おかしいな?頭の傷が塞がって出血が止まっている」

 ナノマシンの力を知らない医療従事者が疑問など持たなくていいと思いながら開いたパーカーのポケットからフィルムが手元にあたるのを感じ握りしめた。

 そりゃお前らの技術程度で何とかなる代物じゃない、早く私を解放してほしい。

 ん?いつの間にか手と口が微かに動くようになっている事に気付く。

 何とか頭の回線が繋がってきた。

 ごにょごにょと口を動かし両手をばたばた動かした。

 それが運の尽きだった。

「先生痙攣が始まりました」

 私のお気に入りの服を切り裂いた女が言った。別の女が器械を確認して喚く。

「先生、心拍がー!」

 何かの器械が〈ピー〉と警告音を鳴らしている。

 この混乱で心臓に負担がかかってしまったらしい。

 ナノマシンの活動は血液に乗った作業を進めるため、なるべくそっとしておかなくてはならない。心臓がどうにかなったら非常にまずい。

「先生準備できました」

 むねにひんやりとしたゼリー状のものを塗られ、体がピクリとする。

「それじゃ、みんな離れて」

 医療従事者の手馴れた声と同時に周りの人間が離れた。

 私の身体に何かを押し付けられた次の瞬間全身に強力な電気が流れる。

 体中に痛みが走り意識が混濁し始め、全身のナノマシンが電気ショックで一匹残らず私より早く他界したようだ。

〈コンパク・トレースシステム起動〉

 私の思考を無視して別の意識がこの体に最後の指令を下した。

「先生!何か変です。この体……指先が焦げてきています」

 地球人医療スタッフが騒いでいるのが心地よいBGMに聞こえる。

 最後の瞬間に現れたシステムにより別の物に変換された私が私の中から抜け出ていくのを感じる。たぶん握りしめたフィルムから意識の流出が始まったのだ。

 緊急事態の最後の手段が起動して転送先を見つけたのかとぼんやりと思った。

 すごく変な気持ちだがこれも数秒。

 動けなくなった私は処置室の窓を向いたままで、その乳白の窓が夕日で赤く染まっているのを強制的に眺めているらしい。

 この地球も私のいた所と同じオレンジの黄昏だ。

 あの場所に帰りたいなと思う。

 意識の混濁する耳元で白衣の女が「停電です。非常用電源きます」と叫んで、現場は混乱しているようだ。

 たぶんフィルムのお陰で何かに変換された私がこの施設のどこかで強力な通信を開始したのだ。私達艦隊の兵士には自己再生に必要な情報を脳に組み込まれたチップを通じてLB4型に転送することが出来る。ただそれは近くにあればの話だ。幸いこの惑星の高速回線は予想より進んでいるのでこの距離でも使用できるのだろう。運よく電子強化フィルムも手に持てた事でより強力に私を送りだすことに成功したのだろう。

 だんだんと耳が聞こえなくなり視界もかすかにオレンジの光を感じるくらいになるともう私の中の私は消えてしまう。

 残りカスの私の身体を強烈な孤独が包み始める。

 死ぬのは初めての経験だ。

 数秒して自分が誰かもわからなくなると全ての機能が停止して黄昏の色も消え真っ暗な闇が残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る