第3話 現地調達
春と言う季節は快適で気持ちがよく午前中の街は賑わっていた。
子供達の学校が春の休暇中らしく、連れ立って行きかう人々は楽しそうで、基地の備品を調達するための買い出し作戦だが気分は浮かれていた。
いかん、気の緩みは作戦に支障をきたす。
気を取り直してまずは寝床の調達だ。
任地の家電量販店では量産型で安価な睡眠カプセルなど手に入りそうに無いので、デパートというショッピングモール風?の構造物に潜入した。
私の地元でのヴァーチャルネットショッピングとは違い、実際に見て触り歩き疲れたりするがなんだかワクワクする。
不思議だ。
技術発達レベルの低い地域の商品にしては気持ちをくすぐられる品ぞろえだし、発展途上人類の気質や習性については私的にいろいろと言いたいこともあるが、同じタイプのヒューマノイドとしてはナカナカどうしてレベルの高いデザイン性に感心せざるを得ない。
優れたデザインはテクノロジーを凌駕するのかもしれない。
ちなみに今の私はピナツ―のAIチヨが用意した現地に合わせた支給品の衣装……まあいいけど、さすがに局地戦用の標準防御仕様の戦闘服を着用してうろつくわけにはいかないだろうと思い用意された服を着ている。
なんだかよくわからないフリフリの短いスカートはさすがに動きづらい、ヒールの高いブーツも歩きづらい、胸元も開きすぎじゃないのか?
AIチヨの趣味がわからないし、つき合わされるほうの身にもなってほしい、ただ動く自動階段?エスカレーターというものに乗ったとき、ふと横の鏡を見ると私のイメージを覆す私がいた。
今までに感じたことのない気持ちに破顔して鏡の中の私は少し頬が赤い。
そんな熱さのせいか分からないが、同じ部隊にいたユミカ少佐の事を思い出した。
彼女は獣人種系ヒューマノイドで美しい毛並みを誇っていて派手なドレスも着こなす女性だ。
非番のときは綺麗な服を着ていてとてもセクシーだと部隊のオス連中が言っていた事を思い出す。支給品の服や艦隊の服ばかり着ていた私は何故そんな機能的でない服を着るのか聞いた事がある。
「こんな仕事をしていても女である事を忘れたら私の一生は不幸でしかないわ」
そう言って笑ったユミカ少佐を私は理解できないまま彼女とは別の惑星の調査任務に就いた。
そんな大人な女、ユミカ少佐は軍の近接格闘術ではマスタークラスの最強戦士だ。
何か……かわいい服を着ただけでこんな気持ちになるとは、今ならユミカ少佐の言った事がわかる。困った事だがきっと私はこの惑星の美魔女?と言うやつなのか、などと思って拳を握ったが、これはれっきとした任務なのだ。
浮き足立ってはいけないと思ってもまた鏡を見て破顔して一笑した。
この嬉しくなる華やいだ気分をあの少年と共有したい……?んっ?私は何を?何であの手助けしてくれた少年を思い出す?そうか!私はきっと疲れているのだ……ははは……よい寝具を見つけないと。
私は案内板に従い4階でエスカレーターを降りる。
とりあえず布団と言う原始的寝具を購入しないと疲れている私の今夜の安眠は保障されないだろう。寝具コーナーに向かい程なくたどり着いた先で絶句した……なんじゃこの値段、高級羽毛布団と書かれた棚には左から順に35万、48万、次の次は、……158万?あくまで私の世界のレートに換算してだがこんな金額出せば、私の世界の家電量販店なら極上の睡眠カプセルが家族分買えてしまう。
しかも自動安眠調整装置付き、睡眠時短パッケージでお釣りがくる。
恐ろしいほどの金額の壁に言葉を失った。
何てことだ。
私の睡眠は保証されないのか……どん底に突き落とされたような気持ちになる。
さすがにあの家の畳という床に直寝するのは遠慮したい。
いくら鍛えているからといっても一応私も女の子なのだ。
こうなれば山で植物の葉でも集めて敷き詰めるか……
「お客様、何かお探しですか」
貧乏人を蔑むような明るい声が背後から聞こえた。
私はすてばちな気分で「安くて安眠できる寝具をください」と言ってみた。
すると店員はこちらにどうぞと私を促しバーゲン品コーナーと書かれた札のある場所に案内された。
掛け布団と敷布団にシーツ付どれでも一式8800円。
目の前が開け明るい気持ちと出会えた。
私の安眠が保証された瞬間だった。
迷わず何か判らない動物の柄入ったものを購入すると空気が一変する。
店員から悪魔のお告げがまたしても私を恐怖と苦痛のどん底へと叩き落す。
「お持ち帰りですか」
このおばさん笑顔で客を脅かして……
「今日中に届けてもらうなんて……」
「無理です」
やはり笑顔だ。
私はあきらめてこの大荷物をかわいい服のまま持ち帰るのだ。
さっきまでの華やいだ気分は何処へ消えてしまったのだろう。
布団を抱えて乗るエスカレーターはなんだか悲しい、かわいい服であればなおさらだ。
救いようの無い行軍に周囲の目は冷たすぎる。
こんな事なら軽々大荷物を運べる携帯型プロテクターを持ってくるんだったと後悔しても仕方ないのであきらめて歩く。
こんな姿をあの少年には見られたくないな。
トボトボと消沈して歩く私は傍から見てもきっとみじめだ。
「ねえ彼女、スゲー重そうじゃん、送ってあげようか」
そんな私に救いの声が。
やはり救いの手を差し伸べてくれる優しい種族なのか、少し見直したぞと思い振り向くと変な髪の色の男が車輪のある白い乗り物、車から顔を出して笑っている。
わざわざバックして箱型の車を横付けすると後ろのドアが開いてべつの二人の男が降りてきた。
「ナカナカいい女じゃね、しかも布団持ってるし」
「オーあたりじゃないすか、ついてるっすねー」
人通りの少ない路地で私を無視してのん気に会話している地球人のオス。
どうやら私を見て発情したのだろう。
「それじゃさらっちゃいますか、とっととのれや」
私の手を掴みこの原始的な乗り物に押し込もうとする。
怒りで体が震える。
こんな下等生物が私の体に勝手に触れるなんて……
怒りが込み上げて感情が抑えられなくなる。
殺しちゃダメだ……心の声が聞こえて任務のために一度落着こうとした。
「あれー、彼女怖くなっちゃったのー、お布団の上でやさしくするから早く乗れって」
あほズラは第5惑星のオスザル以下だ。
殺しちゃ……
「ハナセッ」
「エッ、なに、カノジョー、聞こえなーい」
「ハ、ナ、セ、っていってんだよ、コノ下等ザルが!」
布団を軸にした回し蹴りは降りていた2人の男の顎を砕いた。
一人は勢い余って歩道横の民家の壁に激突、もう一人は車のボディーにめり込んだ。二人ともピクピクと悍ましく痙攣している。
殺さずに済んだか?
「このアマー、何してくれんとんのじゃ、ふざけんじゃねーぞこのやろう」
この頭の悪い乗り物操縦者は今の回し蹴りの圧倒的な威力と芸術性を見てなかったのか?
力の差を見せつけたはずなのに勢いだけで殴りかかってきた。
やはりレベル低い種族の情報処理能力はこの程度で、自分の置かれている立場を理解できないようだ。
布団を持ったまま難なく拳を交わし片手で喉を掴んで上に掴み上げると喉に私の手が食い込んで、男は苦しそうに表情をゆがませる。なんて醜さだろう。
「うぐー、はな・せ」
苦しさに絶えかねたサルが手足をバタつかせさらに酷い顔になる。
みぞおちに一撃膝を入れると動くのをやめた。
「おい、下等生物!今すぐ殺して標本にしてやろうか」
そのまま何度か乗り物のボディーにたたきつける。
後頭部の当たる場所に血液がついて男はついに泣き出した。
「しゅ、しゅいいましぇんでした、かんべんしてくらさい」
泣きながら聞いた事ない発音で嘆願する男を地面に投げ捨てる。
一発蹴りを入れると「ぐエッ」と爬虫類の潰れるような声を出した。
前に演習で行った雨ばかり降っている泥の惑星に住むカエルだってもう少し美しい声で鳴く。
「お前、この乗り物どうやって動かすか今すぐ教えろ」
引きずり起こして説明させると簡単な操作でうごく乗り物だと思った。
これなら私の故郷の星にあるフリーモビルと変わりない。
荷物を載せ走り出す。
呆然と見送る下等生物の顔はやはりサルと同じだった。
これで残りの買い物もらくに出来る。
道を走るルールは連合のフリーモビルと同じようもので走るうちに覚えた。
途中雑貨店により丸い椅子と小さいテーブル、鍋と食器を買う。
次に100円ショップでタオルとかボディーソープ?たぶん体を洗うものなど地球式の身の回り品を購入した。後は食料を調達して、今日中に基地稼働して生活できるようにしたい。
大荷物になったので、この乗り物は役に立った。
腹は立ったが提供してくれた下等生物どもに感謝だ。
基地に買い物の荷物を置いて、邪魔になった乗り物は河川敷の広場に置いた。
ボディーの横に100均で買った太字の黒マジックで伝言を書く。
〈ご自由に使ってください、かわいがってくださいね〉と書いて放置した。
よい子はくれぐれも真似をしてほしくない。
これで後は基地に戻って……あっ、昼ごはん食べてなかったな!と思い出す。
それにピナツ―のAIチヨに定時連絡もしないといけない。
一日でもサボると帰還した時に艦隊本部の隊長にどやされる。
隊長は怒ると変身してしまうタイプなので厄介だ。
同じタイプのヒューマノイドなのに変身はかなり反則で、私みたいな下っ端は教育名目と称して厳しいペナルティーが科せられる。まあ、部下を心配しての事だとは分かっていても、ピナツ―と同型のS型ライトクルーザー5隻の外郭清掃はかなりきつい。
「お昼ご飯を買ってさっさと基地に戻ろう、ついでに定時連絡も忘れず!」
自分に言い聞かせるように声だし確認しながら食料品店に急いだ。
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