第753話一時の会談

「全く・・・」


 お兄様にはもう少し私の気持ちというものを考えていただきたいです。

 私が物心ついたころからお兄様を好きな気持ちをあんな風に無下にするなんて、お兄様が恋心なんて分かっていなかった時からの気持ち、それを・・・


「あ〜!お兄様ぁぁぁぁぁ!!」


 私はベランダに出て外に大声で叫びます。

 大声を出すと少しは気分も晴れるというものです。


「大きな叫び声だね、きーちゃん」


「・・・あ」


 隣を見ると、私よりも先にベランダに居たらしい桃雫さんが小さく微笑みながら私を見ています。


「わ、忘れてください・・・!」


 私はこんなところを人に見られてしまうという恥に耐えきれず思わずそう口に発します。


「ふふっ、変わらないなぁきーちゃんは」


「・・・・・・」


 改めて結愛さんの顔を見てみると、表情は小さく微笑んでいるように見えますが、目は少し虚な感じでした。

 おそらく白雪さんが戻ってきたことが相当ショックなのでしょう、それは私もですが。


「・・・きーちゃんはそーちゃんが変わったと思う?」


「思いません」


 そのせいで私が困っているんです・・・どうしていつまでもあのように幼稚性、と表現すると語弊がありますがあの言語化が難しい、常に心配させるような雰囲気を纏っているのでしょうか。


「即答かぁ、流石だね、私もそう思うよ」


 桃雫さんも意見は同じらしいです。


「でもね、そーくん自体は変わってなくてもそーくんの周りの環境が大きく変わっちゃったの」


「主に白雪さん、ですよね?」


「うん」


 それは確かにそうです。

 1人の人をここまで厄介に感じる日が来るとは思っていませんでした。


「あの白雪初音とかいう女が居なければきっと今頃私ときーちゃんとあの子とで平和にそーちゃんを取り合って普通の青春を送ってると思うよ」


 あゆさんが居る時点で平和なのかはわかりませんが白雪さんが居る今よりは確かに平和になっているかもしれません。


「そーちゃんだって、あんな虫さえ居なければきっとこんなに大変な高校生活を送ることもなかったのに、本当、そーちゃんとあの虫を出会わせた神様なんてのが居たら殺したくなっちゃうよね」


 静かにそう語る桃雫さんは、本当にそれを有言実行しても驚かないほどの冷淡な表情と声音。


「でもそーちゃんは優しいからあんな虫にも騙されちゃうの、本当、どうしたら良いんだろうね、そーちゃんを籠絡するのって」


 それは私も良く考えているところではあります。

 と言うよりその点については私の方が考えていると思っています、何せ私にはお兄様の妹であるというメリットでもあり恋愛においては最悪のデメリットとなるものを持ち合わせているからです。

 今まで色々考えて来ました。

 例えば「実は私とお兄様は血が繋がっていないんです!」と言ってお兄様を騙し通すケースとかお兄様を体で誘惑するなど。

 ですが・・・前者はお兄様だけなら騙し通せる可能性は大いにありますがお母様等に確認を取られたらすぐにバレてしまいますし、後者に関してはお兄様が私を妹として意識している以上難しいところがあるのと、そもそもお兄様は殿方特有の性欲というものが欠如してしまっているので不可能です。


「・・・いや、その前にあの虫だね、本当にあの虫のことをどうにかしてそーちゃんから遠ざけないと、ようやくそーちゃんから離れてくれたと思ったのになぁ」


「・・・そうですね」


「だから、もう一回改めてそーちゃんと話してくるよ」


「・・・そうですか」


 私からするとまだ潜在的にお兄様の恋愛対象に入れる桃雫さんが羨ましいですが、桃雫さんはそのメリットにすら気づいていないのでしょう。

 この妹という枷は、本当に大きいです。

 私がもしお兄様の妹でなければ、今頃は絶対にお兄様と私が恋人になっていたと断言できてしまうほどに。

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