第705話唯一の悪いこと

「本気で心配したのに・・・!」


「え、あ・・・」


 初音のその顔はとてもずっとは見ていられなかった。

 それほどまでに、自分がやってはいけないことをやってしまったんだと自覚する。


「・・・本当に悪かった!」


 再び俺は土下座をする。


「うっ・・・ぅ、本当に悪いと思ってるの?」


 初音は若干に泣きながら言う。


「お、思ってる・・・!」


 思ってなかったら土下座なんてしない。


「反省、した・・・?」


「し、した!」


「もう絶対こんなことしない・・・?」


「しない!」


 俺ははっきりと断言する。

 やはりいくら自分の身のためとは言え人を心配させるような嘘をつくのは良くない。

 猛省しよう。


「・・・・・・」


 俺がそう断言すると、初音は俺に抱きついてきた。

 俺は泣いている初音のことを抱き返す。

 ・・・たまには、こんなこともあって良いだろう。

 しばらくそうしていると・・・


`ガチャ`


 俺の部屋のドアが開いた。


「えっ・・・そーちゃん?」


「あっ」


 俺は結愛が部屋に入ってきたため、咄嗟に初音のことを抱きしめていた手を離す。


「そ、そーちゃん?な、何してたの?み、見間違い、かな・・・?」


 見間違いなんて言うことはありえないことを分かっていると思うが、結愛はそんなことを聞いてきた。


「いやっ、これは・・・」


 仮にも今は結愛と恋人関係ということになっている。

 だから今までみたいに俺と初音は恋人だからという無意識下にあった言い訳が作用しなくなってしまった。


「お、俺が悪くて・・・」


「そーちゃんが悪いことなんて何一つこの世に無いよ・・・?」


 結愛は真顔で言う。

 冗談めかしく言われた方がまだ怖くなかった・・・


「・・・あ、ごめんね、一つだけあるね」


「・・・え?」


 が、ついさっき言ったことをひっくり返した。


「そんな虫と恋人だなんて思っちゃってるのはそーちゃん唯一の悪いところだよ、まぁそーちゃんの悪いところなんてそれだけなんだけど、人間誰にも欠点はあるって言うけど、その欠点は大きすぎるよね・・・」


 まるで人間の残酷さを象徴したかのような表情で語る。


「で、何があったの?」


「実は──────」


「そーくんが私についちゃいけない嘘をついて私のことを悲しませただけだよ」


 初音は今の俺に一番刺さる言い方で言い放った。

 シンプルに胸が痛い。


「ならそーちゃんは悪くないね、こんな虫に嘘をつくなんて悪いことでもなんでもないし悲しませるなんてむしろすごく良いことだよ!」


「い、いや、結愛、それは流石に・・・」


「何も間違ってないよ、そーちゃんが悪いことなんてあるわけないもん」


 そう言いながら結愛は俺の頭を優しい笑みで撫でた。

 本当にこの2人は俺の感情を揺さぶってくるな・・・そのせいで俺がたまに自分を見失いそうになるのも、俺の心がそれだけこの2人に動かされているからってことだな。

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