第685話一肌脱いでね

「んっ、ん?こほっ」


 目を覚ますと、なんていうか・・・息がしにくかった。

 別に顔を袋で覆われているからとか口と鼻を塞がれてるからとかではない。


「そーくん!早くっ!早く起きてっ!」


 そして初音の声が響いている。

 ・・・響く?


「こ、ここって・・・」


「お風呂だよ?」


 そうか、通りでちょっと息がしづらいと思ったら、湯気のせいだったのか。

 って、え?


「お、お風呂!?さ、さっきまで俺たちリビングにいたよな!?」


「そーくんが言ったんでしょ?」


「な、何をだ?」


「お風呂に入ったら私のこと殴って気絶させて、私のこと辱めるって」


 あぁ、俺が初音とお風呂に入らないために言ったやつだ。


「言ったけど・・・」


 因みにいきなりお風呂というかなりクライマックスな状況で初音もおそらくバスタオルを巻いているだけの状態なのに、なぜこんなに俺が落ち着いて会話できるのかと言うと、湯気さんのおかげで初音のことがよく見えないからである。


「言ったけどじゃないよ、早く一肌脱いでよ」


「・・・え?」


 あ、あれ・・・?おかしいな、俺の予定では「えっ!そ、そーくん!殴るなんて言わないでっ!」みたいな感じになる予定だったはず・・・?


「え?じゃないよ、まず私のこと殴って気絶させるんでしょ?」


「それは・・・」


「嘘ついたの?」


「う、嘘っていうか、その・・・」


 なんで俺はこんなに殴らされようとして・・・それよりも、なんで初音はこんなに乗り気なんだ。

 普通は彼氏に殴るなんて言われたら仮にも俺は男なわけだし。

 「怖いよ〜!やめてっ!」ってなるもんじゃないのか?

 世間ではそれでDVとかって騒がれるわけだし、それが普通なはずだ。

 なのに・・・


「嘘じゃないなら早くしてよ、私のこと殴って気絶させて辱めるんだよね?」


「・・・ジョ、ジョークだよジョーク!ア、アメリカンジョーク?じゃなくて、ブラックジョーク?だ!」


「・・・は?」


 俺がそう茶化してみるが、初音は怒りの声を露にする。


「ジョークって何?ふざけてるの?早く私のこと殴ってよ」


 ここまでして殴られにくる高校生女子が果たしてこの世界にどれだけいるだろうか。


「な、殴れるわけないだろ?本当嘘ついたのは悪かったって・・・」


「・・・わかったよ、じゃあ私のこと殴らなくて良いよ」


 初音にしては珍しく、どうやら譲歩してくれたらしい。

 今日初めて俺の両親と会ったりして、初音も少しはテンションが上がっていたりするのかもな。


「そ、そうか、わかってくれて良かっ──────」


「────その代わり」


 初音は一区切りするように言う。


「私のこと、辱めてね?」


「・・・え?」


 どう言うことだ・・・?


「え、それはつい今許してくれたはずじゃ・・・?」


「殴らなくてもいいって言っただけで、辱めないでいいよとは言ってないよ」


「つまり・・・?」


「私のこと辱めて」


「・・・わかった」

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