第261話初音のプライドと罰

 でも、初音がなんの意味もなく温泉に誘ってきたとは考えにくい。そしてその意味っていうのは大体俺にとっていつも良くないことだ。ここは────


「悪い、温泉アレルギーなんだ・・・」


「え?そうなの?」


 もちろん嘘だ。一見彼女と二人で温泉、それだけならまだいい。でもさっきのなんか無理矢理な感じの話の繋げ方とか今までの初音の動向を考えるとここは温泉には行かないほうがいいだろう。それに、温泉には人がいっぱいいる。この前の天銀との相合傘のことで相手が男でも意味がないということがわかった。まあ女性相手よりは幾ばくもましだけど、それでもやっぱり温泉に行くと大勢の男の人とちょっとは話すことになるだろう。


「・・・・・・」


ここまですぐに瞬時に思いつく俺も、もう言わずもながらだけどとりあえずそういう展開になることが見えていて温泉に行く気にはなれない。


「そーくんの生まれた時の出生記録とか色々見たけどアレルギーなんて書いてなかったよ?」


 なんで俺すら見たことがないものを初音が見てるんだよ・・・でもここはなんとかやり過ごさないと、俺は温泉に行く羽目になってしまう。


「あー、さ、最近なったからなあ、高校入った直後ぐらい・・・」


「え、それはおかしいよー、高校からのことならそーくんのことはなんでも知ってるもん、でも温泉アレルギーなんて知らなかったよ?」


「そ、それは初音が知らなかっただけなんじゃ────」


「私がそーくんのことで知らないことがあるって言いたいの?」


「ま、まあ、そういうことに・・・」


 っていうかその発言は普通に怖い。


「ふざけないでっ!」


「えっ・・・」


 なんでいきなり感情爆発して怒ったんだ?


「私がそーくんのことでわからないことなんてないでしょ!そーくんの顔の輪郭も性格も髪の毛も大動脈の脈の数も肩甲切痕の細かい位置も上肩甲横靭帯も鎖骨も上腕骨も────」


「ちょっと待て!俺の知らない体の部位があるんだけど・・・」


 大動脈はなんとなく知ってるけど他のやつに関しては鎖骨ぐらいしかわからない。


「ほらっ!私はそーくんよりそーくんのこと知ってるんだから!そーくんは温泉アレルギーなんかじゃないんだって!」


 こ、ここは押し通すしかない。


「いや、本当に温泉アレルギーなんだ」


「じゃあ今度一緒に温泉行ってそーくんのアレルギーが発症したら私がなんでも言うこと聞いてあげる、因みに今嘘だったって謝ったら私のそーくんプロファイリングプライドが傷つけられたことも許してあげるけど?」


「ごめんなさい、嘘です!」


 俺は即座に謝った。初音が謝りどころを作ってくれるなんて滅多にないことだ。ここは大人しくお言葉に甘えよう。


「へえ、嘘だったんだねー、なら罰として餌付けしないとねー」


「えっ!?いやっ、えっ!?待ってくれ、さっき謝ったら許すって────」


「許してあげた結果餌付け`程度`で済んだんだよ?」


 餌付け程度って・・・それ以上に何があるんだよ。っていうか餌付けって犯罪じゃないのか?


「犯罪じゃないよ?」


 いや、でも心が傷むとかは・・・?」


「先に痛めてきたのはそっちなんだし仕方ないよね・・・」


「っていうかなんで心の中で言ってることなのに会話が成立してるんだ!」


「だからそーくんのことならなんでも知ってるんだって、これ以上私のこと侮蔑しないで」


 侮蔑になるのか・・・なんでも知ってるからとかそういう問題じゃない!


「・・・っ!?そーくん!それ何!?」


 初音が俺の口に視線を移した。


「え、口に何かついてるか?」


「そうじゃなくて、その唇!」


「く、唇・・・?」


 そういえばなんか上唇の真ん中あたりの皮がちょっとだけ剥がれてる気がする。あんまり気にしてなかったな。


「・・・そーくん、その皮剥がせてくれたら餌付けしなくても許してあげる」


「ええ!?」


 ま、まあ唇の皮をあげるだけで餌付けが免れるなら・・・いや、でもまだちょっとしか向けてない皮を剥ぐのは多分かなり痛い。でも────


「わかった、そ、それでいい」


「じゃ、じゃあ剥ぐよ・・・!」


 初音は学校に遅刻するんじゃないかというギリギリの時間になるまで皮剥に夢中だった。・・・痛すぎる、この皮がなくなった部分は当分敏感になるな、誰もが経験したことがあるだろう・・・

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