第23話初音との駆け引き

 殺伐とした空気の中、俺は何とか昼休みまで粘った。他の休み時間は移動教室などもあるため、会話を避けることができたのだが、今は昼休み、昼休みは移動も何もないため、会話を逸らすことは困難。


 俺は4限目終了の合図とともに、教室を後にしようとしたが、初音の瞬発力には勝てず、おとなしく捕まることになってしまった。




「ねえ、そーくん、何で逃げるの?早くあの女に「俺は初音のもの」って言ってよ」




 すると、前の席から月愛がやってきて、




「そうやって無理やり言わせることしかできないなんて、可愛そうだこと」




「何言ってるの?無理やりじゃなくて愛情の表現の仕方をそーくんが分からないみたいだったから教えてあげてるのよ?教えることを無理やりというのであればこの世も世紀末だね」




「そんなところで関連付けないでもらいたいのだけれど、そもそも愛情表現の仕方をわからないというのはその本人がそう思っていないからであって、本当に愛しているのなら愛の言葉の一つや二つーーーー」




 ・・・ずっとこんな感じで言い争っている。もうこの二人の良い合いは平行線になっている。そこまではわかってるんだけど、残念ながら俺にはそれを止める力がない。




「ふ、二人とも落ち着いてーーーー」




「「誰のせいだと思ってるの?」」




「・・・すいません」




 ・・・やっぱり俺にはこの二人を止められるだけの力がない。強いて言うなら俺が初音のものかどうかを言えば終わりなんだけど、そんなことをすればどっちにしろ俺の人生は狂うだろう。




「っていうかそーくんも何ぼーっとしてるの?早く言えば?」




「そうよ、あなたが白雪さんのものであれそうでないにしろ、とにかくないか返答なさい?」




「え、えーっと・・・」




 ここの返答は何が正しいんだろう。「俺が初音のものじゃなくて、初音が俺のものだ!」は、さすがに引かれそうなのでやめておきたい。どうしよう。




「ま、まあ・・・うーん、俺は初音のものーーーー」




 と、言った瞬間初音の顔はぱあっ明るくなり、月愛は僕ににらみを利かせた。




「っていうわけじゃないんだけど、友達以上恋人未満かなあ、はは」




 ・・・僕は月愛の機嫌も取ろうとしてしまったため初音に対する地雷発言をしてしまった。その証拠に月愛は少しにらみが弱くなり、初音に関してはもう今すぐにでも僕を監禁したそうな目でこちらを見ている。




「そーくん?恋人未満って何?」




「い、いや、だって俺まだあの返答してないし・・・」」




「それでも恋人未満って何?」




「いや、何って・・・」




 そういえばどこかの記事で見たことがある。男女の恋愛観は違うと・・・男性は付き合う、つまり恋人になることがゴールで女性はそこからがスタートなのだと・・・


 その観点から言うと今の俺の発言は初音からしたらスタートにすら立っていない、という発言になるのかもしれない。・・・スタートにも立ってないことはないだろうけど、恋人でもないし・・・どうしよう。




「恋人ーーのようなそうじゃないような、なくないようなーーーー」




「そうやってチャイムを待とうとして誤魔化しても無駄、やっぱり夏休みが始まるまでなんて待てないよ、だから今ここで決めて」




 ええ、俺のあの決意は何だったの!?まあ先延ばしにした俺が悪いんだけど・・・ここで決めてと言われても・・・恋人の関係を持ちながら友達でもいられる関係・・・そうだ!




「じゃあ、仮の恋人は?それなら一応恋人だしーー」




「そんなの絶対嫌!」




 と、言いながら俺のトラウマである注射器を取り出した。




「ま、待て!初音ーーーー」




「何?待ってほしいなら早く回答してよ」




 どうする、どうする、こんな緊迫とした状況で正しい判断ができる気がしない。どうすーーーー




「もしかして、ほかに女でもいるの?」




「えっ?」




 と、もう注射器の針を俺の皮膚に当てている。っていうかなんで月愛はこれを見て助けてくれないんだ!?




「ほかに女がいるからそんなに悩んでるんでしょ?ねえ?そうじゃなかったら悩む必要なんてないもんね?誰なの?ねえ?誰なの?会わせてよ?ねえ?」




「いや、ほかに女の子なんていなーーーー」




「じゃあ私を遠慮なく選べるよね?早く、言って?私のものだって」




 ま、まずい・・・かなりキレてる。もう俺が何かを言ったところで聞いてくれそうにないな。っていうか注射器を皮膚に刺された状態で喋るなんて、こんなのほとんど尋問だろ・・・




「・・・そっかあ、そーくんはまた喉に乾きが欲しいんだね?」




「えっ・・・」




「自分の喉に乾きを与えて私にあの時みたいに生殺与奪を支配してほしいんだね?」




 俺はそんなマゾヒストじゃない!っていうかあれをもう一回やれだなんて冗談じゃない。あんなのもう二度と経験したくない・・・。




「は、初音?考え直した方がーーーー」




「あー、拷問器具なんかも買った方が良いのかな?んー、何にしよっかなあ♪」




「・・・・・・」




 く、狂ってる・・・いや、前も狂ってはいたけど今はさらに狂ってる・・・ここはとりあえず話題を逸らした方が良いのかもしれない。




「初音、今日の朝ごはんものすごく美味しかったよ、いつもありがとう」




「ありがとう、じゃあ、そんな彼女ほしいよね?」




「・・・今日は天気晴天だねー」




「そうだね、で、そんな彼女ほしいよね?っていうかもう彼女だよね?」




「・・・・・・」




 ・・・どんな話題に切り口を変えてもすべて元の話題に切り替えられてしまう。




「初音・・・あ、あの」




「何?付き合うだけだよ?スタートにすら立ちたくないっていうの?別に私は結婚を強要してるわけじゃないんだよ?」




「で、でもーーーー」




「じゃあ、わかったよ、私と付き合えない理由を言って?治すから」




「!?」




 以前の初音ならこんなことは言わなかっただろう。初音も変わろうとしているのかもしれない。でも・・・それは絶対に治すことのできない病的なまでの嫉妬なんです・・・


 いや、初音が変わろうとしているのに過去の経験則だけで決めつけるのは良くないな。俺も初音と向き合おう。




「えーっと、その・・・嫉妬・・・っていうか、ちょっとぐらいは女の子と話すのを許してほしいというか・・・」




「なんで?浮気するため?」




「いや!そうじゃなくて、一応友好関係を広めておきたいし・・・」




「私以外にそんな人が欲しいの?」




「いや、だって、仮に俺と初音が結婚したら初音がお嫁さんで俺が旦那さんだよ?そうなったら初音も色々と忙しくなるだろうし、かといって、俺が一人っていうのもなんか寂しいし・・・」




「お、お嫁さん・・・?」




 初音は何かをつぶやくと目を閉じ、いきなり「えへへ」と笑い始めた。正直若干気持ち悪いけど、まあいいや。




「・・・わかった、で、そのちょっとの定義は?」




 !?初音が受け入れてくれた!?




「え、えーっと、三回しか会話のキャッチボールをしないこと、で、どう?」




「・・・三回、じゃあもしその約束を破ったら何してもいい?」




「あ、う、うん、や、破らないけど、もし破ったら、ね」




「・・・わかった!いいよ!」




 やったああああああああああ!!!!!!!これで俺は初音から少しだけ解放される死初音のことを純粋に愛せーーーー




「でも、こっちにも条件があるよ」




「じょ、条件・・・?」




 こ、怖いけど聞くしかない。背に腹は代えられないというやつだ。




「毎日一緒にお風呂に入って、毎日一緒に寝ること、どう?」




 ・・・だいぶ恥ずかしいけど、それで幸福を得られるのなら・・・




「わかった、それでいこう」




「じゃあ、そういうことで、恋人ってことでいいの?」




「あっ、そのことなんだけど、一週間ぐらい試験的にして、一週間後に返答してもいいかな?」




 そうでなければ意味がない。これでまた嫌なところが見つかり、幸せを掴めないなら二の舞になるだけだ。




「うーん、ちょっと不満だけど、それでいいよ」




「ありがとう!」




 ・・・俺は、まだ知らなかった。なんで初音が‘お風呂‘と‘一緒に寝る‘ということを選んだのか・・・その二つの連鎖は、悪魔のコンボだ・・・


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る