第8話初音はフィギュアに嫉妬する

 俺の部屋の整理が終わったころには時計はもう午後6時を指していた。時が経ってみると、意外に時間が経つのは早いもんだ。・・・そんなわけがない!俺はこの昼ご飯を食べ終わってこの家についてから約5時間の間、どれだけ辛かったか・・・


 そう、初音が俺の大好きなラノベや漫画のほとんどを捨ててしまったからだ。はあ、本当に鬼だ。いや、悪魔だ。初回特定版の限定ラノベとかもあったのに、すべて捨てられてしまった・・・


 それでも俺がまだこんなに思考を回せているのは、これのおかげだ。




「癒される・・・」




 そう、俺が今手に持っているのはラノベキャラクターのフィギュアだ。フィギュアだけは辛うじて初音にはバレずにベッドの下に隠すことができた。これこそ不幸中の幸い、というやつだと思う。




「そーくん、入るよ?」




 初音が部屋に入ってきそうになったので、すぐにフィギュアをベッドの下に隠した。




「・・・今なんか隠した?」




「い、いや?隠してないけど」




「・・・そう、まあいいや、これからどうする?ご飯にする?お風呂にする?それとも、私?」




「ご飯にーーーー」




「私?」




「いや、だからご飯にーー」




「わ!た!し!?」




 いや、そんな無理やり私って言わせようとしなくても・・・でも俺は今作業をした後なので本当に疲れている。だからちょっと冗談に付き合っている暇はない・・・




「ごめん、ちょっと今日はもう疲れたからご飯がいい・・・」




 そして俺が本当に疲れているのを察してくれたのか初音はーー




「そう・・・まあ、わかったよ、なんか今日は本当に疲れてそうだし、ご飯にしよっか」




「ありがとう・・・」




 まあ、作業で疲れている、なんてのはほとんどが口実で実際はラノベや漫画が捨てられたことが精神的につらい。それもただ捨てるだけじゃなくて、毎回巨乳キャラクターの胸の部分だけをハサミで切り取ってから捨てていた。本当にやめてほしい・・・




「今日は何が食べたい?私が作るよ!」




「んー、なんでもいい」




「えー、なんでもいいが一番お料理する人を困らせるんだよ?」




「あー、じゃあ、オムライスが良い」




 本当に今は何でもよかったからぱっと思いついたオムライスを口に出してしまったけど、よく考えたらそれは大失敗だった・・・




「私の愛情入りの?」




「オムライスが良い」




「私の愛情入りの?」




「・・・愛情、入りの・・・」




「おっけー!じゃあちょっと待っててね!」




 そういうと張り切ってキッチンへと向かっていった。よし、初音がいない今のうちにフィギュアと少しでも和んでおこう。




「あ!ケチャップの量ってどのくらいがーーーーえ?」




 俺が部屋でフィギュアと和んでいると普通に初音が入って来た。料理中だと思って鍵をかけていなかった。いや、そんなことよりフィギュアが見られた!まずい!!




「・・・何?それ」




「・・・・・・」




 声音が完全に狂気な人のそれだ・・・




「もしかして、隠してたの?」




「・・・・・・」




「そう・・・そのフィギュア貸して?」




「・・・・・・」




「貸して?」




「・・・・・・」




 このフィギュアたちだけは見捨てることができない!




「ねえ、そーくん、麻酔なしで去勢したら痛いらしいよ」




「・・・・・・」




 な、何をいきなりそんな恐ろしいことを言ってるんだろう。




「なんかいろいろな痛みがあるんだって、女の私にはわからないけど純粋な痛みとか、あとはショックとか喪失感とか、いろいろあるらしいよ?」




「・・・・・・」




「もう一度言うね?貸して?」




 そ、それは、つまり、ここで俺がフィギュアを渡さなければ・・・い、いや、でもーーーー




「こ、これだけは!勘弁してください!!」




「・・・そう?残念だなあ、まだそーくんとやることもやってないのに」




「・・・・・・うっ」




「ねえ?そーくん、おとなしくそのフィギュア渡さない?じゃないと本当にーーーー」




「絶対に渡さない!」




 そう叫んで俺はフィギュアを持ちながらこの部屋の扉の前にいる初音を躱してこの部屋の外に出ていち早く外に逃げようとする、が。




「いたっ!」




 初音にダウンさせられて寝技をかけられた。初音はこの嫉妬さへ無ければ本当に完璧なので運動神経や頭も、もちろんものすごくいい。でも、だからこそ厄介だ。逃げることもできないし、論理的に切り崩そうとしても頭がいいからそれもできない。


 力ずくでやるにしてもおそらく初音が本気を出せば実際俺なんていちころなんだと思う・・・




「ほーら、このまま去勢するよー?」




 寝技をかけ、俺を拘束しながら片手を使って俺のズボンを脱がそうとしている。




「ちょっと!?」




「何?嫌なら早くフィギュアを渡して?」




 ・・・フィギュアに嫉妬して好きな相手を去勢しようとするって本当におかしい・・・いや、まあ100歩譲ってリアルの女の子に嫉妬するならわかるけど、フィギュアだよ?


 いや、それを言うなら俺も去勢されるまでフィギュアを守ってるからだいぶ異常者なのかもしれない。




「ご、ごめん、これだけは・・・その代わり俺のできる範囲で何でも言うこと聞くから」




「・・・なんでも?」




「う、うん!」




 それでフィギュアを守れるのなら!!




「じゃあ、明後日の土曜日私の買い物に付き合って?」




「か、買い物?それだけでいいの?」




「うん!」




「・・・わかった、じゃあ、それでお願い」




「もう、仕方ないなあ」




 そう言って初音は拘束を解いてくれた。・・・それにしても初音が買い物に行くだけで嫉妬心を鎮めてくれるなんて・・・三ヶ月で少しは成長してくれたのかな?


 それとも別の企みがあるのか?いや、そんな考えは捨てよう。おとなしく初音の成長を喜ぼう。

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