富山慕情

@toyamakutabe

第1話 トイレの神様

 「もう、三日も…来てない…」

 銀次は溜め息まじりに呟いた。そして恐る恐る手を下腹部へと運び、そこにふくらみのあるのを認めた。

「…間違えない。ここには、オレとドッピの……」




数十分遅れ、ドッピは待ち合わせ場所のファミレス「フィアフル」へとやって来た。見るからにふてぶてしい顔だ。

「なんだよ、話って?俺今日忙しいから手早くな」

「うん。…あのね」

「何や」

「私の大腸に、あなたの子供がいるの」

暫くの沈黙があった後、彼は口を開いた。

「で?だからどうしろと?」

予想外の返事に、銀次は呆然とした。目の前が真っ暗になった。

「どうしろ、ってあなたと私の子供じゃないがけ?そんな無責任な言い方ちゃ…」

「俺は知らん。なんのせ今日は忙しいから」と彼はそそくさと席をたち出口へ向かった。

……銀次はもう声を発する気力さえなくなってしまっていた。涙が溢れて止まらなかったーーー。

こうしてドッピは銀次の宿した子を見捨てた。置き去りにしていったのだ。ファミレスで彼が注文したグリルセットの伝票とともに。



 銀次は決心した。何があってもこの子を産み、育てるのだと。

「私はこの子を幸せにしてみせる。そのためだったら何だってするって誓うわ!」

 鰤起こしの雷がとどろく「フィアフル」の駐車場で、ずぶ濡れになりながら彼は叫んだ。



 出産場所は戸山大学医学部のトイレと決めた。向かうとそこは設備が整っていて、利用者が少なく、閑散としていた。

 二番目の個室に入った。ここからが勝負だ。彼と彼の子との。



 彼はふんばった。ふんばった。たった一人で、力んだ。悲鳴に似た呻き声が戸山キャンパスにこだまするーーー。 窓の外では、咆哮に驚いた烏の群れが近くの木々の梢から我先にと争い発ち、トイレの入り口付近では、訝しげに何人かの学生や教授が内部の様子を伺うも、異臭に耐えられず鼻をつまみながらそそくさと退散していった。



 二時間ほど経ったろうか。

 「………あッ…………」 

 力が抜けたと同時に、便器の中に新たな命が産み落とされた。光り輝く新たな生命の輝き。輝く日の如く……。大きく、健康的だ。ニオイは父親譲りだが。

  母(?)体のほうは憔悴しきっていた。彼の心中は満ち足りていたが、それでも疲労には打ち勝てないのだった。


「待っててね、うんちゃん★」


彼はそう言いのこし、一度その場を離れ、外の空気を吸いに行った。


 入れ違いに、ひとりの少年が入って来た。見るからに聡明そうな学生だ。

彼が腹を押さえながら個室に入るやいなや、絶叫が辺りにこだました……


「くくくくく、くっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、おぇぇぇぇぇ」





 半時程の後にや、かの銀次氏、厠に帰り来たれり。個室に入りて、便器に寄りて内を見るに、かの子、消えうせにけり。手を洗へる一少年に尋ぬるに曰く、「この世の物と思はれぬ香ぞ便器が内からしたれば、忍ぶる能はず、とくと流せり。」


……………

「わたしのうんちゃゃゃゃゃゃゃん」




 作者は此処で筆を擱く事にする。実は銀次氏が我が糞に会いたい要求から、下水管を辿って下水処理場まで行くことを書こうと思った。彼は其処に行って見た。ところが、その処理場には余りにも多くの糞があって見分けがつかず、彼はびっくりした。ーーーとこう云う風に書こうと思った。然しそう書く事はかなり汚すぎる気がして来た。それ故作者は前の所で擱筆する事にした。

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