第49話「拡声器」

 「久しぶり!」鈴木赤がこちらに歩いてくる。相変わらず元気が人の形をしているようでどこかほっとする。

 「なんか久しぶりって感じもしないけどね」私たちは毎日オンラインでやりとりをしているので、対面こそ2ヶ月近くぶりではあったものの、そこまで長く会っていなかったという感覚はない。

 「受験勉強は順調?」鈴木赤が無垢な眼差しで尋ねてくる。彼女は指定校推薦の枠を内定しているので、余程のことをしでかさない限りは進路が揺るぐことはないと言える。彼女は受験戦争から一足先に抜け出したゆとりをフル活用して日々ネタ作りに励んでいるのだと言う。さらに少しでも教養を身に付けるべく、ネタ作りの合間に歴史の勉強をしているそうだ。

 そんなわけもあって何日かに一度私に歴史の質問をしてくる。私の受験科目には一応世界史が入っている。共通試験でしか使用しないのでマニアックな部分はわからないが、それでも鈴木赤の投げかけてくる質問は浚っておいて損がないので、きちんと予習をした上で返すことにしている。


 「何とか順調だよ。模試の結果も悪くないしね。ただまだB判定が関の山だから油断はならないかな。残り3ヶ月、全力でやってみるよ」

 「その意気だね。大学は違っても、あゆとは大学で同学年として活躍したいよ」

 「私も何か活躍しなきゃダメなのか?」鈴木赤のたくらみは良くわからない。夏の大会以外にもまだまだ私と手を組むつもりでいるというのだろうか。有難い判明、恐ろしさもある。

 「いつか私の会社の従業員になってもらおうと思っているんだ。特段何をしてもらおうとかは考えていないけどさ。マスコット的な感じでも良いし」冗談なのか本気なのかわからない口調でにぎやかに言う。

 「随分愛想も華もない人物に白羽の矢を立てるんだな」無難な返答をしておくが特 に謙遜しているつもりはない。

 「冗談は置いておくにしてもあゆは良いマスコットになるよ。いっそ広報でもやってくれないか」

 「考えておくよ」

 「でも大会以来会ってなかったし、受験勉強であゆ、結構やられちゃってるんじゃないかなって心配してたけど心配して損したよ。それくらい何も変わってないって感じ」

 「実際何も変わってなさ過ぎてまずいんじゃないかっていう心配はあるね。模試の結果だけは上向き加減になって来ているけれど、実際のところどれぐらいの力が付いているのかってことについては全く手ごたえがないんだ。模試の結果だけを闇雲に信じるって言うのもなんか違うと思うし。正確な自分の立ち位置と、最低限どれぐらい頑張れば良いかっていうのがわかると嬉しいんだけどね」

 「立ち位置がわからないっていうのは不安だよね。だけどするべきことがわかっていれば簡単なんじゃないかな。問題をたくさん解いて、間違えたり解けなかったりしたところが今の自分の弱点なんだしさ。弱点が明確な内にどんどん突き進むべきだよ」鈴木赤は思慮深げなことを言う。やはりお笑いのネタ作りという正解のない作業を日々続けているからこその達観した立ち位置からの感想なのだろうか。鈴木赤は確実に成熟しつつある。うかうかしていると仮に同じ学年になることができたとしても、いつの間にかとんでもない差が付いてしまっているような気もする。鈴木赤は将来大物になるような、そんな予感がした。

 「なんか大人っぽくなったよね」

 「私もそんな感じがしてたんだ。この学年になってまだ身長が伸びてるんだもん」

 「伸びたの?変わった感じがしないな」

 「去年と比べて1センチ伸びてたんだ」

 「それを人は誤差と呼ぶんだ」

 「その誤差もチリツモでいつかは10センチの支えとなる」

 「何年成長するつもりだ」

 「一生!」鈴木赤の受け答えはフリーダム過ぎる。

 「志だけは極々個人的な範疇で受け止めておくよ」ひとまず受け止めるフリだけしておく。


 「そういやなっちゃんは元気かな」

 「なんかしばらくあっちゃこっちゃ行かされてるらしいね。大学の練習に参加したかと思ったら、同学年内での広域版の練習会に参加したりして、もはや世界相手に戦っていく為の強化トレーニングというか、意識付けをされているというかで、そのスポーツ団体もなっちゃんを手放したくないんだろうね」これも普段のメッセージでのやり取りを通じて仕入れている情報であり、当然ながら同じ内容は鈴木赤の手元にも渡っている。

 「まぁ18も過ぎれば勝手に色気づいてスポーツどころじゃなくなっちゃう選手もいるだろうしね」鈴木赤は下品な想像をする。

 「率直過ぎるけどまぁそうだね。誰しも心のどこかでは青春を謳歌したいって思っているだろうしね」

 「改めて住む世界が違い過ぎるね」

 「羨ましいと思う?」鈴木赤にそれとなく尋ねてみる。上昇志向の強い彼女は棗昌のような全国級の人物がちやほやされる姿を見て嫉妬したりするのだろうか。

 「なんか窮屈そうだなって思う。だって自分の好きなようには練習なり何なりができないわけでしょ。こうやって色々な練習会に参加させられたり、大学の先輩の所まで挨拶に行かされたり。それもこれもなっちゃんが認められているからこその特権だとは思うけど、それ以上に自分の意志で決められないことが多すぎてかわいそうになってくるよ」

 「赤ちゃんだって有名になったらどんどん縛られるようになっていくよ」鈴木赤の将来を想像して言ってみる。

 「だからこそ私は裏方として自由にやって行きたいんだ。顔が売れると色々と不都合も生じるだろうからさ、あくまでもタレントにはスピーカーになってもらうだけで私は一切表に出ないようにしたいんだ」

 「そのスピーカーのひとつとして私を使おうとしているってこと?」鈴木赤に対していじわるな質問をぶつけてみる。

 「スピーカーと言えばスピーカーになっちゃうんだけど、あゆを起用したいのはそういうのじゃないんだよね。私の意見を漏れなく被りなく伝えてくれそうな気がするからね。それに私よりも上手くそういうことができるような気がしてるんだ」鈴木赤は何気ない感じで言う。きっと本音なのだろう。

 「なんだよ急に照れ臭い」どう反応して良いかわからなかったので、それとなくそれっぽいことを言ってみる。

 「まぁともかくこれからも仲良くしてよね」

 「こちらこそよろしくね」

 メッセージでは決して辿り着くことのない会話がここにはあった。

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