第48話「振り向かず」

 ほんの数週間前までは腕まくりをして過ごすことができた。夏の余韻が長く続いていた。しかしここ数日はめっきり寒くなっている。



 高校三年生の私たちは学年も後半へと差し掛かったので、学校に行くこともそうそうなくなっている。各々が自習の時間や先生への質問の時間に使うことができ、それぞれが人生の次なるステップへの準備を始めている。部活の推薦組は自らの技術をより一層磨くべく自主トレに励むか、進学予定先の大学の部活に顔を出すかして、自己の進路を言葉通り、自身の体で切り開いている。指定校推薦組はほぼ内定を受け取っている状態とは言え、何が起こるかわからないので念の為に共通テスト向けの対策を行っている。そして私のような一般受験組はここが正念場だという意気込みで、各自が好きな場所で学習をしている。この一般受験組がメジャーな部類に含まれる。7割型がここに分類されるのではないだろうか。



 自宅こそが己にとっての極上の勉強空間だと思う者は殆ど外出せずに家に引き籠り何時間でも学習に精を出しているし、学習塾に通っているものは自習スペースこそが至極だと塾籠りをしている。もちろんわざわざ学校までやってきて教室なり図書室なりを使う猛者もいるが極少数派だ。私の場合はもっぱら自宅で学習をしている。元々がコスパ廚ということもあって移動の時間がもったいないと踏んでのことだ。たかだか高校と家を往復する時間ですらもったいない。



 そういうこともあり、ここ最近は殆どあの2人とは会えていない。指定校推薦組の鈴木赤は私と同じく自宅で過ごしているらしいが、内定については相当自身があるようで勉強はほとんどせずにネタの新作を拵え続けているのだそうだ。棗昌は競技人生をより加速させる為に日々肉体づくりに励んでいるのだと言う。オンオフが大事なのではないかという疑問をぶつけてみたことはあるが「悟空だってスーパーサイヤ人状態を維持することを修行としていたでしょ。あれと同じだよ」とのことで、何とも頼もしい限りである。



 会ってもいないのにお互いのことがわかるのも文明の利器、スマートフォンのおかげだ。私たちはセキュリティには万全を期すタイプなので10年前の大学生よろしくSkypeを駆使している。Skypeにはメッセージ投稿機能があるので、わざわざwebカメラを通じて対面をせずとも良い。そもそもあの2人が私に気を遣って勉強の邪魔をしないでいてくれているのだ。さらに私に悪いからと2人だけでどこかに出掛けることもないのだと言う。



 思い返せば大会で敗退して以降は3人で顔を合わせていない。学校にも来たり来なかったりでむしろ来ない方が多いのだから、意図せず対面するようなこともない。このまま私たちの関係も自然と消滅してしまうのだろうか。Skypeだけの繋がりとなったまま、卒業後は新しい人間関係が出来上がり、段々と疎遠になってしまうのだろうか。



 そんなことを考えるとこんな受験勉強に嫌気がさしてしまうが、後ろばかり振り返っていても何も得られるものはなく、大切なものをどんどん失ってしまう。今は前を見るべきだ。



 それにしてもあれは納得がいかない。高校生お笑いグランプリの全国大会の決勝におっさん3人組が飛び入りで参加し、果ては優勝までしてしまった件だ。詳しくはhttps://kakuyomu.jp/works/16816452218759119444/episodes/16816700427574927848を見て~って感じだが、普通じゃありえない。だけど周りは「面白けりゃいい」なんていうわけのわからない判断を下して満場一致で優勝してしまったし、そこに疑問を持つ人間だって私以外誰ひとりとしていなかった。



 悔しいけど、今は前を見るべきなんだ。

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