第47話「面白いは正義」

 全国大会に出場した。元々優勝する気満々でいたけれど、実際に予選を勝ち上がるとその度に私たちのステージがひとつずつ上がっていくことを実感できた。あの場にいた誰よりも面白いと評価してもらえたという事実が自信に直結した。


 1ラウンド目も2ラウンド目も、所詮は地方のお笑い大会のようなものなのでお客さんの入りはそれ程良くはなかったが、そういう人たちについて言えば「わざわざこんなコアな大会を見に来るような層」なのだから目は肥えていて当たり前だ。もちろん保護者的な人たちや教師風の大人たちは至る所に散在していたが、それでも間違いなく“通”はそれなりにいた。300人は収容できる2階建てのホールの1階席の半分程を客席として使用していたが、その内の6割程が埋まっていたので、この手の催しとしてはそれなりに成功を収めたと言っても良いのではなかろうか。


 鈴木赤の考えた脚本を私と棗昌でしっかりと演じる。ジャンルとしてはお笑いではあるけれど、そのスタイルはむしろ演劇の域に属するものではないかという疑問と熱量が稽古の初期段階から付き纏っていた。それには鈴木赤も棗昌も同意してくれた。


 「私たちのやっているものはちゃらちゃらした出し物ではなく、熱の入った芝居なんだ」鈴木赤は度々熱弁していた。

 「もしかして赤ちゃんも舞台に立ちたいんじゃないの?今からでも遅くないと思うよ」棗昌は鈴木赤を誘惑するようなことを言う。

 「出たいのは山々だけど、私は二人に演じてもらうのをこの目で見届けたいと思ったからこそでしゃばるのはやめにしたんだ。二人は最高の役者だよ」

 「赤ちゃん・・・」

 ここで棗昌がうるうるし始めるまでが定番の流れであった。

 鈴木赤が舞台に上がらないことに決めたのは「脚本で勝負したいからじゃなかったかなー」なんて思いつつ、折角の感動の場面をぶち壊しにしたくないので敢えて黙っておく。


 そんなこんなで2ラウンド目も無事に勝ち上がり、3ラウンド目の全国大会へと駒を進めた。全国大会に出場できるのは全部で10組だ。全国を複数のブロックに分け、そこから10組を決めるのだと言う。


 結論から言うと、私たちは全国大会の決勝に進出することができなかった。M-1と同様の方式で、10組で予選を争い、ポイントの高かった3組が決勝に進出できるシステムになっている。私たちは予選で4位だったのだ。そして決勝に進出したのは全て18歳よりも上の人たちであった。


 「あれ?これって高校生のお笑い大会だよね?」という疑問が生じたが、そのような疑問を抱いたのは私だけだったようだ。世の中はボーダレスになりつつある。


 決勝に進んだのは留年組みで構成された20歳コンビ、教師同士が組んだトリオ、通信制に通う40代の女性のコンビだった。

 

 留年コンビと40代の女性コンビについては高校生という身分である以上はオーバーエイジ枠(そもそもそんなものは存在しない)ではなく正規の高校生枠ではあるが、教師トリオはいかがなものだろう。

 それも1ラウンド目において、付き添いで来ていた教師たちが飛び入り参加をしてその大会で自分たちの受け持つ生徒たちを差し置いて優勝してしまったというのだからこそ、個人的には腑に落ちない。現場としては大逆的な感動に包まれて特別に優勝まで漕ぎつけたと言うが、客観的に見れば肌寒いとしか言い表しようがない。その後も2ラウンド目、全国大会予選と圧倒的な実力で快進撃を続け、挙句の果ては全国優勝まで成し遂げてしまったのだから、この大会組織への不信感は絶大なるものとなっている。しかしそれもこれも全ては私個人の意見であり、周囲の人たちは誰も疑問に抱いていないようである。


 「もはや高校生じゃないじゃん」などとこぼしてみると「あの人たちだって高校生だった頃があるわけだからね。その延長と思えば良い話じゃん。オリンピックの男子サッカーだってオーバーエイジ枠で3人のおじさんが出ていたんだから、今回の教師トリオも似たようなものじゃないかな」と鈴木赤は返す。棗昌に至っては「心が高校生ならそれはもはや高校生ってことだよ」などと意味のわからない供述をしている。


 とは言いつつも「教師トリオが一番面白かったんだから仕方がないよね」という結論に達するのもわかる。やはりお笑いにおいては面白いことが何よりの正義なのである。

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