第45話「気にしない」

 試験が終わったばかりだと思っていたけれど、間髪入れずに今度は期末試験の足音が聞こえて来た。来週からしばらくの間はテスト期間ということで放課後になってまで学校にいることが許されなくなる。学びに来ているのにも関わらず、学びの場から追い出されるとはいかがなものだろうか。

 しかし不満ばかり吐いていても仕方がない。それに何より大会に向けた練習については梅雨明けまではお休みということになっているのでこれと言って取り組むことがないというのもまた事実だ。放課後はさっさと帰宅をしてせこせこと勉学に励むというのもまた乙だろう。大学に上がれば要所要所でまた似たような生活サイクルが待ち構えているのだろうけれど、制服を着た高校生としてこの季節を過ごすのが最後だと考えるとしんみりした気持ちになる。


 そう言えば梅雨なのにも関わらず雨が降らない。天気予報では何かと雨が降る可能性を強調して報道しているが、それはあくまでも可能性の話であり現実に地面を濡らす頻度は非常に少ない。

 それでも雨が降るかもしれないと考えるだけで気持ちが消極的になりがちだ。学校に行きたくないなんて思ってしまう日もちょくちょくある。

 

 私の場合、家から学校までは自転車で移動するのが最も効率が良い。むしろそれしか手段がないようなものだ。後は全行程を徒歩に頼るのが関の山で、その場合の移動時間は莫大なものになる。たまの徒歩通学は気分転換にもってこいだが、強制的なものだったり毎日継続して取り組むものとなるといささかその罪深さは個人で背負いきるには酷過ぎるものと化す。


 ともかくとして私たちのトリオとしての活動は皆無で、稽古については個々人が自発的かつ個人的にはやりくりをすることになっている。しかし友人としての付き合いは継続しているどころか濃いものとなっていて、会えない時間が友情を育むということを強く実感している。毎晩ZOOMでやり取りをしていると言ってしまえば前述を撤回するようで身も蓋もないのだが。

 毎日のように行う近況報告にいったいどんな意味があるのだろうと問われれば答えに窮してしまう。それでも日々伝達するべき共有事項が若い泉のように溢れ出てくるのだからこれ以上愉快なことはない。

 この出来事が人生を変えそうだとか、劇的な発展を見込めそうなイベントごとが待ち構えているなどという意識ばかりの高そうな出来事は私たちの目の前には到来する素振りすら見せないのにも関わらず、良くぞ毎晩同じメンツでZOOMをやっていて飽きないものだとつくづく感心してしまう。もしかしたら私を除く2人は酒だかお薬でもやっているのではないかと思うくらい毎晩愉快な会話を繰り広げるのだが、あの2人からしたら私も同じように映っているのかもしれない。


 「ねぇなっちゃん、今度葵ちゃんもZOOMに呼んでよ」と鈴木赤がこれ以上ないハイテンションで何の躊躇いもなく棗昌に話しかけたことはあるが、その時ばかりは彼女の顔も一瞬の陰りを見せた。そもそも一教員が女子高生の集いに顔を出すわけがないどころか、そのような微妙な場面に森見葵が参入してくると今度は棗昌自身の立場が危うくなる。私と鈴木赤という彼女らの親戚同士の関係を知っている人物しか居合わせていないので問題ないと言えばそれでおしまいなのだが、用心するに越したことはない。気の緩みがきっと彼女を退学へと追い込むだろう。彼女以外全員が教員の家系であり、学区内のどの学校にも棗昌の一族が配属されているというのは驚きに値する。


 ちなみに私にも鈴木赤にも気遣いという概念は殆どない。混み気味の電車で突発的な椅子取り合戦が発生して同一の席に同じタイミングで腰掛けようとしても決して動じたりはしない。マクドナルドで自分の順番ではないのにも関わらず受け取り口に我先にと進んでもしまっても気付いたら何食わぬ顔で引き返すことができるし、エレベーターのドアを閉めている途中で人が来ていることに直前まで気が付かずにいて閉まる寸前に外にいる人と目が合ってしまっても何の問題もない。

 鈴木赤がこの場にいたら「それはただの厚かましいやつだよ、あゆ」と突っ込んできそうだ。

 だからこそお笑いコンテストに出場しようなどと思うのだろう。

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