第44話「選べる立場」
雨にも負けず風にも負けず。
風は強くないが毎日雨予報の中、自転車で通学をしている。しかし行き来する中で降られたことは今月は未だ一度もない。あれだけ雨が降り、雲行きも毎日のようにしかめっ面をしているのにも関わらず、朝と夕方の通学の時間には一滴もやられていない。
そんな慌ただしい通学を送っているので、赤ちゃんやなっちゃんとも最近は教室とZOOM以外では話せていない。もちろん本番に向けたネタの仕込みも全く進んでいない。
「結構やりこんだし、梅雨の間はお休みにしちゃおう。ネタ合わせは湿っぽさがなくなったらで良いよね」と鈴木赤が言うものだから、黙って従うしかなかったということも大い関係している。
稽古自体はかなり順調に進み、どことなく新鮮味を欠き始めていた。中間試験の終了後に空き教室を占領しては前傾姿勢で稽古に臨んでいたが、梅雨が始まる頃に飽きのようなものが私たちの頭上に漂う気配がした。
その辺りに対しての鈴木赤の察知の感度と対処方法については先見の明が備わっていたと言えよう。そういうわけで私たちはお笑いトリオでありながら、お笑いからは距離を置くことになった。
今日も雲行きが怪しいし、降られてない記録を更新する為にもまっすぐ帰るかな。
そんなことを考えながら教室を出ようとしたところで鈴木赤が声を掛けて来た。
「今日もまっすぐ帰るの? 晴女記録の連続日数を更新するつもりなのかな?」人の考えを読んでいるのか、それとも素で言っているのかは予測がつかない。それが彼女の良いところでもある。
「晴女記録は狙ってないよ。単に降られたくないだけ。もし稽古を再開するならいつでも準備はできてるよ」この言葉通り、毎日台詞の確認と言い回しの練習だけはしてきたのでいつでも稽古に戻ることができる。今の私に不足しているのは掛け合いだけだ。
「6月いっぱいはまだ良いかなって思ってる。本番までまだまだあるから、梅雨明けにもう一度びしっと決めてみて、そこから本番直前1週間までは何日かおきにメリハリをつけてやっていくつもり」妥当性については未知数だが、彼女なりの計算がある。
「そう言えばなっちゃんはまた営業なの?」
「午後から出るって言ってたね。進学については大学からのオファー枠をもらいつつ、スポーツのプロ兼タレントとしての声もかかっているだなんて信じられないよね。ちょっと前まではこのスポーツで右に出る者はいない人的な程度の認識しかなかったのに、今や雲の上の人って感じだよ」鈴木赤が珍しく人のことを羨ましそうに言う。
「雲の上は快晴だろうから雨のことを気にせず通学できて羨ましいね」
「自転車も漕ぎ放題なんだよ、きっと」鈴木赤が乗ってくる。
「今日は大学の面接なのか、事務所の面接なのかは忘れたけど、自ら選べる立場にいるっていう事実がもはやなっちゃんのすごさを証明してるよね。もしかすると大学からも事務所からもお金をもらって過ごせるんじゃないかな。そんな人が私たちのトリオにいるっていうのもなんだか申し訳ない気になっちゃうね」
「トリオとして出場するお笑いコンテストまではただの素人として扱って欲しいって言ってくれるんだから泣けちゃうよね。自分のキャリアよりも私たちの方を優先してくれたっていうのがたまらなく嬉しいよ」鈴木赤は心から嬉しそうに言う。
「でも赤ちゃんもその内プロになるわけでしょ。負けてらんないね」
「私も絶対になっちゃんくらいの有名人になってやる。少し遅れることにはなるけど、絶対に同じ土俵に立つんだ」鈴木赤は気合を入れて宣言する。
スポーツプロ兼タレントと構成作家が同列に語られることはないだろう。しかし2人ともしっかりとした進路を進んでいるようで羨ましい。私も大学に行くところまでは決まっているが、その先には何の道もない。残された高校生活で先の見通しを明るくしておかなくてはならない。
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