第43話「科学の力」
登校時、珍しく鈴木赤と出くわす。
いつもより早く家を出た。高校生活の残り1年も既にワンシーズンを消化してしまった。登校日数だけ見るとこの通学路を利用する回数はまだまだありそうだが、特に後期は受験などで敢えて登校する必要もないということなので実際の数はそこまで多くはない。そんなことを考えてみたら少し早めに学校に行くというのもアリな気がして、思わずこんな時間に通学路を進むなどしている。
電車を使用する場合を考えると高校までは電車で15分、駅から徒歩で15分、それに自宅から最寄りの駅まで移動するのとわずかばかりの電車の待機時間を足してやると大体40~50分程度かかる計算になる。つまり自宅と高校の往復だけで1日に1時間半近くを費やしている。
一方で全ての工程を自転車に置き換えると30分ちょっとで済んでしまう。家を出てから教室にたどり着くまで40分もあれば十分だ。急げば通学時間は往復で1時間に収めることができる。
交通費のことも考慮すると自転車に軍配が上がるように思われるが、雨の日なんかは少し辛い。帰りはまだしも行きに水滴にさらされ続けるのは酷な話だ。それでもカッパを着こんで出かけるのだが。
そんな今日は珍しく電車での通学を選ぶことにした。せっかく早めに出たのだし、たまには普段使わないルートを通ってみるのも良いと思い、自転車を使わない交通手段を選んだ。
すると学校の最寄り駅で鈴木赤に出くわした。
「あれ、あゆって電車だっけ」鈴木赤が意外そうな顔をして尋ねる。
「今日は気分転換に違う移動手段を使おうと思ってさ」
「いつも普通に早かったと思うけど、今日はどんだけ早起きをしたのさ」
「4時起きだよ」
「おじいちゃんじゃん。ラジオ体操でもしてそう」鈴木赤が遠い世界のことの様に言う。
「外からラジオ体操の音は聞こえてくるけど、流石に4時からはやってないよ。いつも6時半からだね」近くに公園があるので、窓を閉めていてもラジオの音くらいははっきりちと聞こえてくる。時折窓の外に目をやるとおじいちゃんが2、3人、たまにおばあちゃんが1人か2人程集まって来ては思い思いの振り付けでラジオ体操に取り組んでいる。ラジオの音がなければ新しい信仰に目覚めた特殊な団体のようにも取ることができる。
「ラジオ体操って私たちが小さいころからあるけど、その時からなんか古臭い音声だって思わなかった? しかもラジオ自体昔の人のものって感じがするし」鈴木赤は言うが、まだその声からは肯定も否定も読み取ることはできない。
「ラジオって独特の古さがあるよね。FMなんかだと少ししゅっとした音になるけど、AMはガサガサ言ってる中で声が枯れた人が下世話な話をしてるっていうイメージがあるな。きっとそれが売りなんだろうけどさ」率直な感想を言う。
「広告の売り上げも未だに高いっていうしね。なんだかんだで視聴者数は結構いるんだよ。今はネットを使えば全国のラジオも聴けるしね。古巣の情報を耳にしたかったら地元のラジオ局の番組を流せば良いんだから随分手軽な時代になったよ。かがくのちからってすげー!」鈴木赤が唐突にパロりだす。
「それは研究所の前にいるモブのおっちゃんじゃん」思わずツッコむ。
「それにしてもあゆは早起きして何してるのさ」
「起きなきゃいけない時間まで布団に入ったままにしてるよ。4時から6時過ぎまでは眠らずにただ横になってるだけ。瞑想の時間って感じかな。体を倒してるだけで睡眠に近い効果があるって言うしね」
「なんかうさんくさい自己啓発者みたいな生活を送ってるんだね」鈴木赤が引き気味に言う。
「日の光が入ってくると自然と起きちゃうんだよ。だからシャッターを締め切って真っ暗にしておくともうちょっと遅くまで寝てられるんだけどね。何日か続けてたら生活リズムが狂いそうな気がして怖くなって止めちゃった」
「超健康優良児じゃん。逆に羨ましいな。私なんてどんだけ眠ってもギリギリまで寝ちゃうし、寝坊なんかも結構してるよ」鈴木赤が意外なことを言う。大体これくらいの時間には通学しているし、たまにギリギリのタイミングで教室に入ってくることはあるが、息を切らし駆け込んでまで現れることはない。
「でもいつも間に合ってるよね。遅刻なんてしたことないんじゃない?」
「そこは自慢の足があるからね。ギリギリまでダッシュして、校門の辺りから歩き始めると丁度息が収まるし汗も引いていくんだよね」鈴木赤が得意そうに言う。
「なんだその羨ましい体質は」化け物か。
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