第41話「昭和」
「昭和のノリって狂ってると思うんだよね」棗昌が言う。
「タバコがどこでも吸い放題とか、テレビの規制も殆どなかったとかって言うね」鈴木赤が答える。
「あのノリをお笑いに使うってできないのかな。私たち含めて誰もそのノリをリアルには知らないでしょ。だから同世代には珍しがられるだろうし、年長者は懐かしんでくれるしでウィンウィンなのかなって」棗昌が珍しくお笑いについて語る。お笑いを嫌っているような雰囲気はなく、むしろお笑いをするということに対しての姿勢はかなり前向きな印象であったが、提案をする程までだとは思いもしなかった。
「そういう意見はありがたいね。確かに昭和のお笑いは参考にするべきところがあるだろうし、追求していけば何が受けるのかが見えてくるのかもしれない。それにしてもどうしたのさ、突然」流石の鈴木赤も問いただす。棗昌のお笑いに対する発言はそれ程までに珍しい。
「顧問の先生にトリオを組んで大会に出るっていうことを話したらめっちゃ食いつかれちゃってさ。色々提案されたんだ」
「顧問って葵ちゃんのこと?」棗昌の部活動の顧問である森見葵先生のことだろう。皆のお姉ちゃん的な存在の教師だが、実年齢には決して触れてはいけないことになっている。お笑いが好きだと言うイメージがなかっただけに思わず尋ねてしまう。
「そうそう、森見先生。意外とお笑いが好きみたいでさ、中間試験が終わったらネタ見せてよって」
「めっちゃダメ出しとかされそう。ネタを見せるのはちょっと躊躇しちゃうな」鈴木赤が珍しく消極的に言う。
「お笑いなんてダメ出しをされてナンボじゃない。せっかくやるんならクオリティは最大限まで上げておきたいから、私は全然良いと思うよ。ダメ出しでもなんでもガッツリ食らって私たちの栄養にしてやろうじゃんか」鈴木赤を説得するように言う。
「でもノリが昭和だからな。ダメ出しの方向性もぶっ飛んでそうなんだよね」鈴木赤は小さい声で言う。
「赤ちゃんってもしかして葵ちゃん苦手なの?」ズバリの質問をぶつけてみる。
「いや、そういうわけじゃないんだけど」鈴木赤がごにょごにょとし始める。これは何かある。しかし敢えて聞かないでおこう。泳がしてみればいつか面白い場面を見ることができるかもしれない。反応が正直なので泳がせ甲斐もある。
「赤ちゃんらしくないよ、どうしたの突然」棗昌が先ほど言われた台詞をそのまま浴びせ返す。意図があるのかどうかまではわからない。
するとそこに森見先生が現れる。
「なっちゃん、言い忘れたことがあった」元気に言う。どうやら棗昌に用があるようだ。
「森見先生、どうしたんですか?」棗昌が問う。
「特待生の書類、もういっこ書いて欲しいところがあってさ、ここなんだけど」森見先生が言う。
鈴木赤は私の背後に隠れるようにして回り込む。
「どうした、赤ちゃん」それとなく小声で尋ねる。
「あれ、赤もいるじゃん。お笑いの大会に出るんだって? ネタ提供しようか?」森見先生は嬉しそうに鈴木赤に話しかける。そこにはどこか妹にでも話しかけるような親し気な感じが伺える。
「赤ちゃんって森見先生のクラスだったことあったけ?」棗昌が不思議そうに聞く。
「どうして?」鈴木赤はどことなく自信なさげに聞き返す。
「呼び方にどことなく垣根がないような感じがする」棗昌が鋭く指摘する。
「赤は私の親戚なんだ」森見先生はこともなげに言う。
「学校では秘密にしろって言われてるでしょ」鈴木赤は唐突に声のボリュームを上げて言う。
「あっ、コレやっぱ言っちゃマズかったかも。じゃ、今のナシ」森見先生は失敗を隠そうともせず笑いながら言った。
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