第40話「紳士的」

 「オフサイドのルールが易化されるらしいね」棗昌が興奮した様子で言う。

 「赤ちゃんみたいなことを言い出して突然どうした。あと易化なんていう表現は受験生しか使わないし、そもそもオフサイドって何の話だ」疑問点を全て指摘する。さも当然のように棗ワールドを展開されてもついて行くことはできない。

 「難化の逆が易化でしょ。“あの大学の問題は去年のものが難しかった分、今年は易化することが予想されるらしいね~”なんて言うじゃん」

 「そもそもその用例が受験生の会話だよ」

 「私たち、一応受験シーズンじゃん」棗昌が抵抗して言う。

 「一応ね。でも赤ちゃんも含めて3人とも一般入試は受けないんだからそんな用語を使う機会なんて早々ないよ。どこでそんな言葉を覚えたんだ」

 「クラスの皆が話してるじゃん。ご苦労様って感じだけど」棗昌が何でもない風に言う。

 「それ、人前で言わない方が良いよ。私はなっちゃんの性格を知ってるし、そもそも私も一般入試を受けないから関係ないんだけど、当事者はこっちが思ってるよりもピリピリしてるものだから刺激するようなことは避けるべきだと思う」

 「そうだよね。皆が大変な思いをしている中で私たちだけお気楽ムードでいたら気まずくなるもんね。人生を賭けた大一番に挑む人たちのことを指さして笑っちゃいけないよね」棗昌は追撃をし始める。

 「そういうところだぞ。ところでオフサイドって何だ」話を振り出しに戻す。

 「オフサイドはサッカーのルールで、平たく言うとあまりにも長いロングパスはダメっていうルールなんだ。短いパス回しだったりドリブルだったりがサッカーの醍醐味なんだけど、自由にボールを動かして良いってなるとゴールの近くに味方を立たせてそこをめがけてボールを蹴り込んだチームが勝ちってなっちゃうからそうさせないようにしるんだよ」

 「なんか複雑だね。手以外でボールを運んでゴールを奪い合うだけじゃないのか」

 「ルールが細かく決められてこそのスポーツなんだよ。ルールがきちんと決められないと突然文化になっちゃうからね」棗昌が突飛なことを言い出す。

 「それは不倫の話でしょ。あれはルール違反を正当化するための言葉だよ」

 「大きなスポーツ大会を開くとしてそこで発生するリスクを全部選手の責任にしますとか、車椅子の客は乗せられませんとか、生涯無料パスを差し上げますが使い過ぎた場合は没収しますだとか、そんな感じかな。あと※ただしイケメンに限りますとか」棗昌は良くわからない具体例を挙げ始める。

 「段々古くなっていってるし、ツッコミどころ満載だけど、まぁそういうことなんじゃないのかな。サッカーを含めて興味ないから知らないけど」

 「なんにせよ自由にやらせ過ぎると競技性がなくなっちゃうっていうことで色々と細かいルールがあるだよ。まぁその辺はサッカーをしてる本人たちが理解していれば良いだけのもので、観客として見たり遊びとしてやっている側からしたら審判や流れの通りに楽しめば良いだけなんだけどね」

 「それはスポーツサイドの怠慢じゃないかな。ルールを把握してない人は適当に流し見すれば良いって。だからラグビーは流行り損ねてるし、今メジャーなスポーツ以外が流行らないんだよ」

 「今日の赤ちゃんは随分過激派だね」棗昌が驚いたように言う。

 「スポーツは得意じゃないけど、あまり好ましく思ってないからね。規則だからどうだああだって、そんなの自由にやらせりゃ良いじゃん。公園でボールを蹴っているような子にもその辺のじじいが今のルールではどうたらとか言っていちゃもんを付けてきたりするんでしょ。そんなのもはや事案以外の何物でもないよ。有難迷惑だ」

 「プロとして成立している人たちがいるから、その辺は仕方がないよ。フェアな運用とガチガチのルールで縛るっていうことはセットみたいなもんだしね。少しでもルールの穴があるとやたらとそこを突いて競技性を失わせようとする輩がいるからね。勝つためと言ったらそれまでだけど、紳士的なスポーツなんてもはやどこにもないんだよ」棗昌が諦めたように言う。


 ここまでスポーツの議論で盛り上がっていたが、待ち合わせに鈴木赤が現れる様子がないので電話を掛けることにする。しばらくコールが鳴った後に鈴木赤が応答した。

 「ごめん、今起きた」鈴木赤は出るなり慌てた様子で話す。

 「待ち合わせはお昼の1時だったよね。今何時かわかる?」

 ガサゴソと言うノイズが携帯電話の向こう側から聞こえて来たと思った次の瞬間には遠くの方から叫び声が聞こえて来た「うわ、もう2時半だ」

 「ネタ作りも良いけど、睡眠のリズムはしっかり守っておきな。作家の敵は不健康だよ」

 「気を付けま~す。そっちが近くなったらまた連絡するから適当に遊んでて。本当にごめんね」鈴木赤が弱弱しい声で言う。

 「そっちこそを気を付けてくるんだよ。慌てなくて良いからね」

そう言って二言程交わし、通話が終了した。

 「寝坊か。まぁ仕方ないよね。私たちだっていつやらかすかわからないわけだし」

 「そうだね。ここは紳士的に許してあげよう」

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