第38話「出番」
「17年間ベンチだった選手にも遂に出番が来たらしいよ」鈴木赤が興奮気味に言う。
「毎度のことだけど、どうした唐突に」毎度のことながら棗昌が尋ねる。
「あれでしょ、セミが羽化したとかどうとか」それらしい回答をしてみる。
「なんで先に言っちゃうんだよ。そうだよ、アメリカで17年ゼミが羽化するんだってさ」鈴木赤は残念そうに口にする。
「17年も土の中に引き籠っていたらしいね。でも光の当たらない所に何年も居続けるってどんな気持ちなんだろうね」素朴な疑問を投げかける。
「確かに気になるね。狭くて暗い所でずっと過ごし続けるって相当きつそうだよ」棗昌が不安そうに言う。
「むしろ快適なんじゃないかな。だって赤ん坊みたいなものなんでしょ。暗くて狭いなんておなかの中にいるみたいなんだし、一度も外に出ていないわけだから逆にそれが普通なんじゃないかな」鈴木赤が羨ましそうに言う。
「良く考えてみればそうかもね。光が見えて自由に動ける私たちからしたらそんな環境は過酷に思えるけど、それしか知らないんならその方が幸せなのかもしれないね」鈴木赤の意見に同意する。
「世界は思ったより狭いって言うけど、狭ければ狭い程きっと心地良いのかもね。広い世界を知っている奴ほど狭い世界しか知らない人のことを下に見がちだけど、どっちが幸せかはわからないよね」棗昌も同意する。
「それでも私はこうやって自分の目で世界を見て、あっちこっち足を使って回れる方が気持ち良いと信じてるけどな」鈴木赤が突然持論を展開する。
「なんだ人を高いところまで登らせておいて突然はしごを外すなんて。卑怯だぞ」棗昌が不満を言う。
「まぁそれはそれだよね。セミはセミで、私たちは私たちだよね。自由にあれこれできた方が良いよね」便乗してみる。
「あゆまで。そりゃないよ」棗昌は嘆きながらも続ける。「でもどうして17年なんていう中途半端なタイミングで土から出てきちゃうんだろうね」
「素数なのが良いんだってさ。他にも13年ゼミっていうのがいるらしくて、そういう他の倍数と被りにくいタイミングで出てくるとエサを求める倍率が減るんだって」鈴木赤が解説する。
「なんだ、セミ博士にでもなるのか」棗昌が茶化す。
「さっきネットニュースで見て来たばかりだ。しかも2日くらい前の記事だ」鈴木赤が明らかに余計な補足説明をする。
「数兆匹が羽化するらしいね」追いかける形で補足説明をする。
「赤ちゃんまで」棗昌が敵意をむき出しにして視線を寄せてくる。
「私もネットニュースで見た」
「ネットニュース、認知され過ぎか」棗昌は四面楚歌の状況に追い込まれた。
「なっちゃんがニュースを見てないだけじゃないのかな」鈴木赤が燃料を注ぐ。
「えと」棗昌が怯む
「えと?」鈴木赤が心理的に迫る。
「えと、イニエスタが契約を延長した」
「「古いし渋い」」
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