第31話「特殊技能」

 「最近天気が崩れガチだね」棗昌が空を眺めながら言う。

 「梅雨に入ったらしいよ」天気予報が梅雨入りを宣言していたことを思い返す。

 「早く始まった分、早く終わってくれれば良いんだけどね」棗昌が悲しそうに口にする。

 「その辺りは年によって違うから何とも言えないよね。何年か前に天気を題材にした映画があったけど、あの時は曇天がかなり長く続いて1ヶ月連続して晴れ間が見えなかったなんてこともあったよね」2年前、つまり高校1年生の頃を思い返す。当時も今も変わらない。来年には大学生になる予定だが、自身に何かしらの変化は訪れているだろうか。

 「あれって梅雨だったっけ。確か映画が夏休みに入るか入らないかの時に公開されて、そこから現実でも雨がどうたらっていう話だったんじゃなかったっけ」棗昌が目を細めて言う。

 「そうか、当時は秋の雨が長く続いたんだ。例年秋は雨が降りガチで下手をすると梅雨よりもずっと雨の日が多かったけど、その時も秋の雨が長かったんだ」2年前が蘇ってきた。自転車が使えないからと歩きで高校行く日々が続いたが、徒歩での通学があまりにもしんどかったので思い切ってカッパを羽織って自転車で移動することにしたのだ。考えることは他の生徒も自然と似たようなものになるらしく、私以外の多くの生徒も最初こそ徒歩通学の割合が高かったが、次第に防水着を着用して自転車で通学するようになっていったのだ。

 「あの時は皆カッパで来るものだから教室の後ろや廊下にカッパが干されてていつも以上に湿っぽかったよね」棗昌が懐かしそうに言う。

 「乾かす場所も良い立地とそうでもない立地があるから場所の争奪戦になったりして、人によっては雨が降っているのにベランダに干さざるを得なかったり、教室や廊下が水びだしになるからってカッパが禁止になりかけたけど、そうすると通学ができなくなる生徒が出てくるっていうんで禁止にはできなかったんだよね」当時の思い出が段々と蘇ってくる。あれは夏休み明けだったので間違いなく秋の話であった。

 「何にしても早く終わってくれると良いね。これじゃあ洗濯物もちゃんと乾いてくれないよ。まだ寒いから半袖に踏み切るのも怖くて長袖を着ているけど、長袖は乾きにくいからね」棗昌が主婦みたいなことを言う。

 「なっちゃんって自分で洗濯しているの」

 「そうだよ。うちはお父さんもお母さんも早く出ていっちゃうんだけど、あまりにも早く洗濯機を回すと近所迷惑になっちゃうから私が朝洗濯機を回して干してから出かけてくるんだ」棗昌は平然と言う。

 「洗濯機を回して干してで1時間くらいかかるんじゃない。朝から大変だね。私なんかギリギリに起きて遅刻寸前っていうところで家を飛び出しているよ」

 「あゆこそ以外だね。毎朝ゆとりをもって動いていそうだけど」棗昌が言う。なんだこの褒め合い。

 「遅くなっちゃった。ごめんごめん」鈴木赤が走ってやってくる。

 「海から這い上がって来たのか」棗昌が驚いた顔で鈴木赤の頭を見る。

 「あぁ、これね。気を抜くとこうなっちゃうんだよ」鈴木赤は平然と口にする。

 「雨が降るとたまにこうなるよね」鈴木赤の頭に手を触れながら言う。

 鈴木赤は海藻を頭に張り付けたかのような髪になることが極まれにある。特に梅雨の時期や秋雨の時期は何日かに一度はこうなる。朝髪をセットしてくるそうだが、不定期に髪がうねり出すのだという。多くの場合は体育の授業中に雨が降ってきてそこでやられてしまうそうなのだが、毎回起こるというわけでもなく室内の座学しかない日でも気が付くと髪の毛が海藻のようになっていることもあるので、状況に左右されるということでもないそうだ。

 「今日はお手入れをしっかりしてきたつもりなんだけどね。負けちゃったか」

 「負けすぎでしょ。さっきまでは普通だったのになんでそうなるの」棗昌が思わずツッコむ。

 「わかんないんだよね。ただ私にも対抗策はあるよ」鈴木赤は自信満々で言う。

 「どういうことだ」棗昌は不思議さと驚きを持ち合わせた表情で尋ねる。

 「このクリームを塗ると一気に直るんだ」鈴木赤はそう言いながらポケットからニベアのチューブを取り出して髪に塗り付ける。するとたちまち鈴木赤の髪はいつものしなやかさを取り戻す。

 「ニベアすげぇ」棗昌は驚く。

 「実はニベアじゃないんだな」ニヤニヤしながら何も知らない棗昌に話しかける。

 「あゆ、何か知っているのか」棗昌が尋ねてくる。

 「知っているも何も3年間同じクラスなんだからね。これは赤ちゃんの特殊技能と言っても過言ではないね」

 「これはニベアのチューブの外側を利用しているだけで、中身は私特製のクリームなんだ。製造方法は企業秘密だけどね」鈴木赤がニヒルな笑いを浮かべて言う。

 「製造方法とか企業秘密とか何なんだ、すごすぎるだろう。ってかこれで商売できるじゃん。どんな癖毛でもこれ1本で何とかなるんじゃないのか」棗昌は興奮して言う。

 「残念なことに、これは私の海藻ヘアにしか利かないんだよ。他の子に試してみたけどさっぱりだった」鈴木赤は残念そうに話す。

 「良くわからないけどそれはそれですげぇ」棗昌の驚きは頂点に達する。

 「赤ちゃんにはアマチュアお笑い師の側面だけでなく、発明家の側面もあるんだよ」横から補足説明をする。

 「赤様、パネェ」

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