第29話「アイデア」

 「このオチって無理やり過ぎないか」放課後の教室で台本を見ながら言う。

 「そんなに無理があるかな」鈴木赤が首を傾げ真剣な顔で言う。

 「だってお笑い王になるなんてちょっと強引過ぎるし、同世代ならまだしもそんなに広く受けるネタじゃないよ」台本がアップテンポで進んでいくのでオチに気を止めることもなかったが、改めて読み返してみてその浮き具合に気付かされる。力技で占めているのが彼女の台本の特徴だが、オチだけが妙に強引な感じがして、ここまでの台本の持つパワフルさもなければネタに対しての新鮮味もない。ましてやこの単語についてピンと来るのは一定の世代に留められるだろう。

 「赤ちゃんって他にもネタを書いているんだよね。元々あゆと2人でやっていくつもりだったみたいだし、そもそも他人に対しての台本を書くことが夢なんだよね。オチってふらつきがちになる部分ではあるけど、ちょっと不親切じゃないかな」棗昌が具体的な補足をする。鈴木赤がこの世界でやっていくと決めたのだとしたらこのようなやり取りが頻繁に行われていくのだろう。その一端を垣間見る気持ちになる。

 「ぶっちゃけ、思いつかなかったんだよね。この部分だけ。オチって適当になりがちだし雑に流しちゃうかっていう気持ちがあった。ちょっと書き直してみるよ」鈴木赤が謙虚に言う。

 「ところでさ、あくまでも参考にってことなんだけど、他の台本も見せてみてよ」思い付きではあるが切り出してみる。

 「そうだね、私も見てみたい。他の台本で行こうっていうのじゃなくて、参考までに赤ちゃんがどんな話を書くのか見せてほしいな」棗昌も乗ってくる。

 「別に良いけど、大したもんじゃないぞ」鈴木赤はそう言うと、手近にあったノートパソコンを手繰り寄せ、いくつかのキーをクリックし、手早くモニターを向け、私にノートパソコンを渡した。

 棗昌が横並びになりモニターを覗き込む。他人と同じモニターを眺めるのは非常に難しい。相手がどれだけのペースで読むのかがわからないので、ペースの掴みようがない。こんな時にペースメーカーでもあると便利なのだが、そんなものはあるわけがないので私が棗昌の様子を見ながら合わせていくしかない。

 「次のページまで後10秒です」突然、パソコンから鈴木赤の音声が流れる。

 「便利かなと思って」鈴木赤がはにかみながら口にする。

 「なんだその機能。気を遣い過ぎだろう」思わずツッコんでしまう。

 「パソコンが私の気持ちを読み取ってくれたのかと思ったよ」棗昌が言う。

 「2人で読むなら絶対にいるよね、この機能」鈴木赤が前のめりになり得意げに言う。

 「こんなシチュエーション中々ないだろう。ありがたいっちゃありがたいけど」用意周到にも程がある。

 「実は私が組んだんだ、このプログラム。1文字何秒っていう割り振りをしてその画面に書いてある文字数ごとに時間がカウントされるようにしてみたんだ」鈴木赤が謎の自慢を始める。

 「すごいけどニッチすぎるだろう」そこまで言ってから気が付く。これはもしや漫才の掛け合いに使えるのではないだろうか。台詞の指定をしてその台詞の長さを時間に換算してお知らせしてもらえるのだとしたら1人でも臨場感のある練習ができる。むしろ鈴木赤はそこまで計算していたのではないだろうか。

 「そのアイデア頂き」鈴木赤が嬉しそうに言う。

 「他人の心を読むな。そしてアイデアを盗むな」一応ツッコんでおく。

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