第24話「表彰式」

 「なっちゃんは今頃東京か」鈴木赤が言う。

 「東京に行ったり戻ってきたりで大変だね」

 東京に寄っている側の千葉県と言えどもやはりその物理的距離は計り知れない。千葉県は田舎だと思われがちだが、県内でも大抵の用は事足りる。買い物は市内で賄えるし、少し大きい買い物をする場合でも千葉市もしくは船橋市に出れば欲しいものが手に入る。

 不況の煽りを受けて百貨店が相次いで潰れているものの、それはあくまでも富裕層向けの物件が上手く行っていないだけで、中高生でも何とか手が届く範疇の店はどこも賑わっている。何十万円もするコートや必要がないのにやたらと高額な装飾品への需要が少なくなっている一方で、同じコートでも1万円ちょっとで済むのであれば若い購買層でもギリギリ入手することができ、また高価に見えつつ実は数千円の価値しかないという小物類でも若い人たちは喜んで買う。つまり金額がやたらと張る物品を欲する層がぐっと減った分、中低価格でも機能面あるいは外見さえそこそこの性質を持っていればそれで良いという層の割合が増加することになった。もちろんいくら特定の層のパーセンテージが右肩上がりになったところで、人口が減少している分、実数も比例して下がることになる。富裕層の増加が見込めないのもこの母数の減少が少なからず影響している。

 「長い」鈴木赤が両断する。

 「止めるならもっと早く止めてくれ」鈴木赤は時と場合によるものの、他者の心の声を読むことができる。

 「私が黙るとどうなるのかと思って試してみたんだ」鈴木赤は誇らしげに話す。

 「人のことを何だと思ってるんだ」

 「私は口で喋る分、あゆは心で喋ると思ってる。出所が違うだけで、根本は同じなのかもね」

 「照れるじゃないか」心にもないことを言ってみる。

 「全然照れてる感じがないんだけど」鈴木赤は心の声を読むまでもなくツッコんでくる。

 「話は戻るけど、なっちゃんは今頃表彰されてるのかな」

 「何もお昼休みの時間に当て込まなくても良いのにね」

 「近隣から集まってくる生徒は宿に泊まる必要がないから移動時間の都合上、この時間が丁度良いらしくて、反対にお昼過ぎから始めちゃうと遠方から来ている学校の人たちがその日の内に帰れなくなっちゃんだってさ」

 「全国大会の表彰も大変だ」鈴木赤が感心した様に口にする。

 「平日に持ってくることで教師の負担が減るんだと。だけどその分、参加している生徒は授業を受けられないからきついよね」

 「そもそも競技の当日に結果が出るんだからその場で表彰式をしちゃえば良いのにね」

 「普通はそうなんだけど、この部活の界隈はちょっと特殊らしいよ。あれだけ平日にこだわっている割に決勝がゴールデンウィーク中に行われること自体変わってると思う」率直な感想を口にする。

 「ゴールデンウィークは部活的には平日と同じ扱いなんだって。表彰式の平日開催にはやたらとこだわるくせに、競技当日を世間一般でいう祝日に決行しちゃう辺り無理矢理感がすごいよね」

 「なんにせよなっちゃんが全国ナンバーワンに輝いたのは誇らしいよ」

 「私たちには何にも教えてくれなかったけどね」鈴木赤がむすっとした顔で言う。

 「でもなっちゃんの気持ちはわからなくもないな」

 「同じく。特別扱いされることでいつもの力が出せなくなるかもしれないから黙っておくっていうのはわかる。だけど、大会の当日以外は普通に遊ぶなり勉強するなりしてたよね。あれはなっちゃんなりのマイペースの保ち方っていうことなのかな」

 「意外と哲学的なのかもね。全国一になったこと以上にそっちの方が輝かしい気がする」棗昌の自己管理能力には舌を巻かざるを得ない。


 「ただいま」棗昌の声がする。

 「あれ、表彰式はどうしたの。正午から始まるとか何とか言ってなかったっけ」驚いた様子で鈴木赤が尋ねる。

 「トロフィーと賞状だけもらってさっさと帰って来た」棗昌は何でもないといった様子で話す。全国で1名しか手にすることのできない賞状が入っていると思われる筒と、彼女の身長の半分以上はあるかと思われる輝かしいトロフィーが彼女の手にある。トロフィーが東京からむき出しの状態で運ばれてきたのかというツッコミは差し控えることにする。

 「優勝者でしょ。そんなこと許されるの」ひとまず本来登場しえない話題の中心の人物が現れたことに驚く。

 「どうしても外せない授業があるんですって”主張”したら何だか知らないけどすんなり渡してくれたよ」棗昌は自らの望みが叶ったことに喜びを隠せないといった風で口にする。

 「そんなんで覆るものなんだ」鈴木赤はその道理が理解できないという風で言う。

 「っていうか先生はどうした。引率で行った以上、なっちゃんのその主張を止めたりはしなかったの」率直な疑問をぶつける。

 「説得してくれたよ」

 「流石は教師だけあってなっちゃんのことを静止しようとしたわけか」鈴木赤が少し安心したように話す。

 「私の主張に乗ってくれて一緒に”主張”してくれたんだよ」

 「「先生もどうかしてるぞ」」

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